聖王フーコ
大聖城の中を進んでいく。
聖王がいるのは最上階。
階段塔に入り、ひたすら純白の螺旋階段を上がっていく。
大聖城は外観だけでなく、内装も綺麗だった。
華美というわけではないが、清廉で洗練されている。大聖堂としての機能もあるからだろうか、ひやりとするほど荘厳さを感じさせる空間だった。
「では、我々はここで」
しばらく階段を上ったところで、金髪の青年審問官が立ち止まる。
どうやら城内も階層ごとに結界が張られているらしく、彼の権限レベルでは、この先に進めないらしい。
「……ミルナス長官、どうかお気をつけて。この男は危険です」
「セインくん、彼は悪人ではないよ。それに、陛下のお客人に対して、その態度は感心しないな」
「ですが……いえ、申し訳ありません」
セインと呼ばれた青年が、しゅん、とうなだれる。
『ねぇ、今どんな気持ち? ねぇ、どんな気持ち? ポップコーン食べるぅ?』
「やめてさしあげて」
「ぐ、ぐぎぎ……」
セインさんは青筋をびきびきと立てながら、僕らを見送った。見送るというか、完全に睨みつけられていたが。
それからほどなくして、最上階の廊下に出る。
氷盤を思わせるような純白の廊下だ。
「聖王陛下は、ゲームを好むと言ったね」
かつかつと廊下を進みながら、ふいにミィモさんが言う。
「ゲームというより、結果が不確定であることを好む、というほうが正確ではあるのかな。彼女は生きることに飽きているんだ。部屋から出られない身の上でありながら、あまりにも長い年月を生きてきたからね」
『つまり、引きこもりゲーマーってわけね』
「しっ」
「天性ともいえる先見の明を持っていたことも、彼女にとっては不幸だった。彼女にとっては、この世界の全てが予定調和的に……退屈に感じられてしまうらしい」
「はぁ」
「しかし、そんな陛下が……君にだけは特別な興味を持っているんだ」
「僕に?」
「そのせいで、君にはいらぬ苦労をかけさせてしまったようだけど……というより、これからもっとかけるだろうけど……どうか、彼女を嫌いにならないでほしい」
ミィモさんが1つの扉の前で立ち止まる。
見上げんばかりの純白の扉だ。
ミィモさんがノックしようと手を伸ばしかけると。
「――その必要はないわ?」
部屋の中から、少女の声。
そして、扉が内側から開け放たれた。
扉の向こうにあったのは――純白の空間だった。
床も、天井も、壁も……白い。
そして、鏡のように磨き込まれている。
部屋には人形の騎士たちが整列し、その中心に――。
――車椅子の少女がいた。
玉座のようにゆったりと車椅子に腰かけた少女。
彼女がただ者ではないことは、一目でわかった。
純白の髪に、純白の王冠、純白のドレス、虹色に揺らめく瞳……。
そういったパーツ一つ一つが異様であったが、なにより目を引くのは。
彼女の背後にたたずむ、巨大な人形だ。
女神像を思わせる人形。その指先からは糸がいくつも伸び、車椅子の少女の体へとつながれている。まるで人形師と操り人形が立場を逆転したかのような構図だった。
「……可愛い」
思わず、そんな感想が口からこぼれ出る。
この少女は、全身に高ランク装備をまとっている。
巨大人形も、服も、王冠も、車椅子も、義眼も……全てが装備。
まるで作り物の人形だ。
もしも、少女の本体までもが装備だったら、僕は今ここで求婚していただろう。
そうか……これが、聖王なのか……。
「入ったら?」
動かない僕に、聖王が小首を傾げながら呟く。
僕は我に返り、慌てて部屋に入った。
ミィモさんが部屋の外から扉を閉め、僕は聖王と1対1で対面する。
相手は一国の王。それも世界的な大国の王であり、世界的宗教のトップでもある。そんな相手に対する礼儀作法とかは知らないので、思わず挙動不信になってしまう。
とりあえず、土下座とかしたほうがいいんだろうか……なんて考えたりもしたが。
『あんたが、うちのノロアに嫌がらせの手紙を送ったやつね! とりあえず、ごちそうを出しなさい! 話はそれからよ!』
この不敬の化身みたいな人形を連れてる時点で、礼儀作法とか以前の問題な気がしてきた。
聖王はジュジュのことなど完全無視で、ぼんやりと僕を見つめてくる。
「会いたかったわ、ノロア・レータ?」
「え? あ、はい」
なんとも、不思議な口調だった。
暗闇の中、手探りで言葉を選んでいるような印象。
尋ねられているのか、試されているのか、それとも単に自信がないだけなのかわからないが。
少し思考を乱される。
「あなたは……」
尋ねたいことが多すぎて、言葉がまとまらない。
それを見越したように、彼女は先んじて答える。
「わたしは、聖王のフーコ? 後ろのお人形は、お友達のオネットよ?」
背後にいる巨大人形を指し示す。
微動だにもしない女神像。フレンドリーさは皆無に見えるが。
「お友達ですか……」
「あなたとジュジュと同じような関係?」
「いえ、僕はジュジュの飼い主みたいなものですが」
『ノロアは、わたくしのペットみたいなものよ?』
「仲良し?」
「違います」
ジュジュの類友だとか思われたくはない。僕は真人間だ。
「それより、僕に手紙を出したのはフーコさんって話でしたが」
「そうとも言える?」
煮え切らない。
「手紙には、『“彼女”を知っている』『僕が死ぬ』などと書かれていました。あなたは……僕のなにを知っているんですか?」
この1つの問いのために、今まで動いてきたのだ。
もちろん、ただで教えてはくれないだろう。そんなボランティア精神があるなら、手紙に答えが書かれていたはずだ。
わざわざ、僕をここまで呼んだということは、他に目的があるということ。
そして、その考えは正しいのか。
「あなたの考えてることが正解かも?」
と、フーコさんは言う。
「では、僕を呼び出した目的だけでも教えてもらえませんか?」
「なんだと思う?」
「……僕の力を利用したい、といったところですか?」
「30点?」
「微妙な点数ですね……」
「10点満点よ?」
「正解すぎて限界突破しちゃいましたか」
激甘採点だった。
『あー、もう! まどろっこしい話し方ね! このままだと、わたくしの怒りが有頂天に達するわよ!』
「達すればいいと思うわ?」
『むきーっ! もう、あんたとは一生、口きいてやらないんだから!』
ジュジュがグレた。
フーコさんはそれを華麗にスルーして続ける。
「それで、あなたは呪災解決するの得意でしょ?」
「え? まあ、どちらかといえば」
普通に人よりは得意だと思う。場数は踏んでるし。
「じゃあ、聖都の呪災を解決してほしいわ?」
「聖都の呪災?」
「最近、聖都で異変が起きてるわ? わたしたちだけじゃ、解決できない規模よ? 放っておくと、聖都がやばいかも?」
「はぁ」
全然やばそうには感じない。
売れない占い師みたいな、ふわっふわな言葉だ。
「えっと、つまり……僕を呼び出した目的は、聖都の呪災を解決してもらうため、ってことですか?」
「そうとも言える?」
「…………」
あいかわらず、煮え切らない。
そういえば、ミィモさんが『聖王は不確定なものを好む』と言っていたな。もしかしたら、口調1つ取っても、そういった性格が現れているのかもしれない。
「解決してくれたら、あなたの欲しい情報を教えてあげるわ? あなたについてのことでも、“彼女”についてのことでも?」
「もし、協力しなかったら?」
「あなたが、なんか死ぬわ?」
「そんな適当な感じに殺さないでください」
「じゃあ、あなた地獄に落ちるわよ?」
「占い師が好きそうなフレーズですね」
溜息を1つ。
なんだか、うまく担がれてるような気がしなくもない。
僕を呼び出した目的だって、きっと裏があるだろう。
『……ノロア、こんな胡散臭いやつの言うことなんて聞く必要はないわ』
ジュジュが僕の服を引っ張ってくる。
たしかに、『安全に、慎重に、失敗しないように』の精神でいくのなら、ここはいったん様子見するべきなのかもしれないが。
なにはともあれ、1つだけ聞かなければいけないことがある。
「フーコさん」
「……?」
「その呪災を引き起こしている呪いの装備は…………可愛いですか?」
「たぶんSSSランクよ?」
「受けます」
即決する。
まあ、呪災の解決を手伝うぐらいいいだろう。
悪事に加担するわけでもないし、呪いの装備も欲しかった情報も手に入る。
とくに依頼を断る理由は、見つからなかった。
ただし、全て言いなりになるわけではない。
「ただ、依頼を受けるにあたって、条件が2つあるんですが――」
「……へぇ?」
フーコさんが面白そうな顔をする。
「わたしに条件を出したのは、あなたが初めてかも? いいわ、聞いてあげる?」
「ありがとうございます。では、1つ目ですが――」
ここまで読んでいただきありがとうございました!
中途半端な感じですが、これにて1章終わりです!
次章からはノロアが審問官に入隊(?)します!
もしお時間があれば、最新話のページ下部よりポイント評価をしていただけると励みになります!
ちなみに「!」がたくさんついてますが、とくにテンションは高くありません!