新たな旅立ち
慰霊祭から一夜明け。
レイヴンヤードの呪災騒ぎも無事に収束した。
降り注ぐ火の粉のせいで火事も起きたようだけど、火球の消滅とともに全て鎮火したらしい。
一応、僕が今回の功労者であるわけだけど。
それを知っている人は、この街にはほとんどいない。
「ノロア様ー。荷物、全部食べさせましたよー」
「ぐるぅ」
宿で荷物を整理していたシルルが告げてきた。
暴食鞄は荷物をいっぱい食べられてご満悦なのか、気持ちよさそうにゲップしている。すごいラブリー。
「じゃあ、出発するか」
僕はベッドから立ち上がる。
もう、このレイヴンヤードでの用は済んだ。
ちょうど潮時だろう。
僕には他にもやることがある。いつまでも、この街にいるわけにもいかない。
だから、僕たちは宿を後にした。
街はちょうど、慰霊祭の後始末に追われているようだった。
いろいろあったけど市民の顔は明るい。
この調子なら略奪者なんていなくても大丈夫なはずだ。
「うぅ……最後の最後で、お祭りが台無しに……」
シルルが撤去されていく屋台を眺めながら、口惜しそうな顔をする。
『……屋台制覇が』
「花火見たかったー」「……不完全燃焼です」
ジュジュや双子にとっても、どこか消化不良感が残っているらしい。
「まあ、祭りなんて、またどっかでやってるよ……と」
適当に励ましているうちに、市門に到着した。
祭りのあとだからか、外に出る人たちの列ができている。しばらく並びそうだ。
「あー、この街もこれでお別れか」
『ええ、清々するわね』
「うーん……僕はちょっと名残惜しいかな」
こうやって、改めて街を眺めてみると……案外、後ろ髪を引かれるものがある。最初はこんな街とは早くおさらばしたいと思ってたけど、意外と愛着がわくものらしい。
ここでの日々は、長かったようで短かった。
一つ心残りがあるとすれば……どたばたしてて、リッカ先輩たちに挨拶できなかったことか。
一応、手紙で挨拶はしておいたけど。
「――ノア!」
その呼び声で、僕は思わず苦笑する。
まあ、リッカ先輩が黙って別れさせてくれるはずもないか。
振り返ると、リッカ先輩がぶすっとしたように立っていた。
その側にはロレイスさんもいる。
2人とも、僕の見送りに来てくれたのか。
僕が黙っていなくなっても、誰にも気づかれない説があったけど。
なんだかんだで見送ってくれる人はいたらしい。
「……この街を助けていただき、ありがとうございました」
ロレイスさんが頭を下げてくる。
「それに、私の呪いの装備のことも……」
「いえ、こちらとしても、見逃してもらうわけですしね」
ロレイスさんが持っていた呪いの装備――血生蟲は、僕が引き受けることにした。
その代わり、僕が“呪い持ち”であることを隠すという条件で。
まあ、僕としては、どっちもご褒美みたいなものだけど。
ロレイスさんにとっては、長年の悩みを解決してもらったみたいなものらしく。
「……感謝を」
ロレイスさんが、また深々と頭を下げる。
「こんな私に、これほどの恩義を……一生かけても償いきれません」
「い、いえ……その分、この街をよくしてくれれば」
「……わかりました」
ロレイスさんが頷く。
この街の支配者だったチェスターは、呪災を引き起こした罪で、聖都から視察に来ていた審問官に捕まったらしい。ロレイスさんによると、二度と日の目を見ることはないだろう、とのことだった。
そうして、チェスターの代わりに司令官になったのが、副官のロレイスさんだ。生真面目で、不器用なところはあるけど、この街のことをよく考えている彼女のことだ。司令官としても、うまくやっていけるだろう。
そうして、自然と会話が途切れたところで。
「……行くの?」
今度はリッカ先輩が、つっけんどんな調子で尋ねてきた。
「寂しいですか?」
「べつに、そんなことないし。清々するし」
「うんうん」
「だから、頭撫でるなー! ……もう、子供じゃないんだから」
と言いつつも、今日は抵抗されない。されるがままだ。
「なんで……街、出てくの」
「街の外でやることがあるので」
「この街にいるより、大切なの?」
「はい、僕にとっては」
「そっか……」
リッカ先輩がうつむき、ぷつんと会話が途切れる。
僕が略奪者ということがバレたせいで、なんとなく距離感がつかめない。
そうこうしているうちに、列が動く。
もうすぐ僕たちが出発する番だ。
リッカ先輩と話せるのも、そろそろ終わりか……そう思っていると。
「あ……ありがとう!」
突然、リッカ先輩が声を張り上げた。
周囲の人が、一斉にリッカ先輩のほうを見る。
彼女は少しだけ恥ずかしそうにうつむいたけど。
それでも、すぐに顔を上げて。
「助けてくれて、ありがとう……!」
顔を真っ赤にして、必死に叫び続ける。
こういうのは苦手なくせに。
「……どういたしまして」
僕は親指を立てて、微笑んだ。
リッカ先輩も、ぐっと親指を立てて笑顔を見せる。
そうだ、僕たちの関係はこれでいい。
『少し、すっきりしたみたいね』
「そうだね」
『まったく、挨拶ぐらいしたいならすればいいのに。あんたは変に遠慮とかするから悪いのよ』
「う……身にしみる」
なにはともあれ、最後にリッカ先輩と話せたのはよかった。心の荷を降ろせた気分だ。
これで、僕も心置きなく――次の旅へと出発できる。
「さあ、行こう」
そうして僕は、レイヴンヤードを後にしたのだった。
*
一方、その頃。
一人の少女が、呪装墓域にいた。
棒付きキャンディー片手に、紫髪のツインテールをぴょんぴょんと揺らしている姿は、ピクニックに来た子供のようにしか見えない。
しかし、彼女は今、職務中だった。
その証拠に、彼女はだぼだぼの審問官の制服に腕を通し、その胸には審問官の〝長〟を表す職章が輝かせている。
――神聖国最強の審問官。
それが、このミィモ・ミルナスという少女だった。
「しかし……まさか、こうなるとはね」
ミィモの眼前にある、真紅の十字架。
それが、根本から綺麗に切断されていた。
火葬十字はSSSランク装備だ。
原則として、装備は上のランクの武器でしか破壊できない。
しかし、〝略奪者〟なる者は、その不可能をやってのけたわけだ。
「まったく、規格外もいいところだね。人間というより、呪災そのものだよ」
さらに報告によれば、略奪者には〝呪いの装備を奪う力〟もあるというから、めちゃくちゃだ。
――呪いの装備を、奪う。
それは神が創り上げた世界の理を、根幹からねじ曲げる所業だ。
そんなことは不可能なはずだし、可能であっていいはずがない。
その力は、あまりにも――危険すぎる。
「なるほど、ドールマスター様が興味を持つはずだね」
がりっと飴を噛み砕きながら、少女は無邪気に笑う。
空に浮かぶ、白い竜を眺めながら。
「……再会を楽しみに待っているよ、略奪者くん」
・血生蟲【呪】
……人の心臓に寄生する蟲。血中に卵を大量に産みつける。血が体外に出たとき、その卵から蟲型の使い魔を孵すことができる。
ランク:S
種別:アクセサリー
効果:蟲生成(血から蟲を生み出す)
代償:常時、血を吸われ続ける。蟲生成時、その数や質に応じた分だけ血が必要。
これにて墓庭編終了です!
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