ヒーロー
リッカは十字架に磔にされていた。
火葬十字に触れた瞬間、リッカは十字架に手足を拘束されたのだ。
そして、気づけば――この惨状だ。
世界が燃えて始めてから、どれだけの時間が経っただろうか。
……熱い。痛い。苦しい。
地上の炎が、じわじわとリッカの足元へと迫ってくる。熱気がもうもうとリッカの頭を侵食し、思考能力を奪っていく。まるで火刑に処されているようだ。
ゆっくりと罪人をなぶり殺す、残酷な処刑。
とっとと気を失ってしまったほうが、楽に死ねるだろう。
そんな思いが、リッカの頭の中で膨れ上がる。
この十字架から逃れる手段はない。この地上の炎から抜け出す手段もない。
死ぬことは、避けられない。
それでもリッカが意識をつなぎとめていたのは……希望があったからだ。
きっと、助けが来ると信じていたからだ。
「……まだ……っ」
ぎりっ、と奥歯を噛みしめる。
まだ、生きることをあきらめない。あきらめたくない。
リッカが死んで困る人がいる。悲しむ人がいる。
その人たちの顔が浮かぶたびに、死んでもたまるか、とリッカは思った。
リッカは拳を握りしめ、そこにある指輪の感触を確かめる。
装備すると光るだけの、安物の指輪。
その感触を錨代わりに、意識をつなぎ止める。
しかし、そろそろ限界が来たのだろうか。
リッカの意識が急速に、かすれていく。
リッカの頭が、かくんと下がる。体に力が入らない。
このまま死ぬのだろうか、そう思ったとき。
ふと、風を感じた。
――炎が、弾け飛んだ。
「あぁ……」
やっぱり――来てくれた。
意識を失う直前、リッカはその姿をたしかに見た。
仮面はしてなかったけど、すぐにわかる。
リッカにとっては世界一かっこいい……最強のヒーロー……。
*
目の前には、真紅の十字架。
その十字架に、リッカ先輩が磔にされていた。
意識は失ってるけど、まだかすかに肩が上下している。
まだ生きている。まだ生きていてくれた。
『ギリセーフって感じね』
「うん……間に、合った」
ここまで早くリッカ先輩のもとへたどり着けたのは、奇跡的だった。
炎の中、一粒の光が見えたのだ。
リッカ先輩にあげた指輪の光が……。
装備すると光るだけの指輪。
しかし、まるで持ち主を守ろうとするかのように、炎にも負けずに輝いてくれていた。
僕はその光に導かれるように、ここまでたどり着くことができた。
『じゃあ、とっとと済ませましょ?』
「……そうだね」
ここまで来たら、やることは一つ。
大切な人を助けるためにも、この空の炎を止めるためにも。
僕は、この火葬十字を――――奪わない。
「……ごめん」
世界の終わりみたいな炎の中、僕は血舐メ丸を柄に手をかけた。
目を閉じて、抜刀。
そして――十字架を、斬る。
一瞬、周囲の空気が止まった。
わずかな静寂。
血舐メ丸を納刀して、目を開くと。
リッカ先輩が十字架から解き放たれていた。
ふわり、と浮かぶように落ちてくる小さな体。
それを、僕は優しく受け止める。
次の瞬間、まるで風でも吹いたかのように。
さぁぁぁ……と炎が波打ち、かき消えた。
あれほど苦戦した炎だというのに、崩壊は一瞬。
空の火球も、綺麗に消え去り――。
――ぱっ、と夜空が広がる。
「あ……」
なにかを思ったわけでもなかったが、思わず声が出る。
きらきらと舞い散る火の粉に、銀砂を散りばめたような満天の星。
幻想的な光景だった。
「……綺麗だ」
『ま、ちょっとしたご褒美ね』
「そうだね……」
安堵のためか、全身から一気に力が抜ける。
炎の中を駆けたのは、少し無茶しすぎたか。
……さすがに疲れた。
目を閉じると、意識が落ちていくのがわかる。
『……お疲れ様』
ジュジュがなにかを言った気がした。
子守唄のような、心地よく鼓膜をそよがす声。
僕はたぶん、なにか返事をしたんだろうけど。
記憶は……そこまでで途切れていた。
・火葬十字
……都市を火葬するための火刑柱。生贄を捧げると、空から巨大な火球を降らせる。
ランク:SSS
種別:武器(杖)
効果:魔力+4000
大火葬(空から巨大な火球を降らせる)
代償:効果発動時、HP以外の全能力=0
効果終了時、HP=0
ここまで読んでいただきありがとうございました!
終盤駆け足気味になってしまいましたが、あと1話で墓庭編終了です。
それと、今回はシリアス展開が少し多かったですが、今後はもう少しコメディ多めしていく予定です。
ちなみに、火葬十字の名前について。
ステイク・ロス = ステイ(留まる) + クロス(十字架) + ステイク(火刑柱、火刑) + ロス(喪失)
まあ……途中で設定変えたこともあって、こじつけっぽいのも混じってしまいましたが。
ちなみに、武器種が“杖”なのは、『ステイク』と『スティック(杖)』の字面が似てたから。