装備したら、死
「――“リッカ先輩の居場所”を示せ」
ロレイスさんと対峙しながら、僕は羅針眼に指示を出した。
リッカ先輩がいるのは、呪装墓域の方向だ。
たしかに、呪装墓域は審問官の管轄下にある。
人質を隠すのにはうってつけの場所だろう。
今すぐにでもリッカ先輩を助けにいきたい。
しかし、ほとんど状況がわからない今、下手に動くのはまずい。
チェスターのし掛けているという罠についても気になる。
大丈夫、せっかく人質に取った相手を、意味もなく殺すことはないはず。
まずは冷静に、ロレイスさんから情報を引き出すべきか……。
そんなことを考えていたとき、だった。
突然――世界が、赤く染まった。
「……は?」
遅れて、空から凄まじい爆音が鳴り響く。
地上に降り注ぐ、熱風と火の粉。
思わず、空を見上げると――燃えている。
空が、燃えていた。
炎が膜のように空一面を覆っている。
この世の終わりのみたいな空だ。
世界が赤く揺らめき、地上はまたたく間に騒ぎになる。
そして、薄膜のような炎の中心――ちょうど、頭上の空から。
ずずずず……と巨大な火球が渦を巻きながら、顔を覗かせた。
街を覆い尽くしてもお釣りが来るほどの巨体。
巨大隕石、という言葉がイメージに近いかもしれない。
そんな火球が、ゆっくりとだが落ちてきている。
まるで街を――食らい尽くそうとするように。
「いったい、なにが……」
ロレイスさんのほうを見ると、彼女も目を見開いたまま硬直していた。
「……嘘……」
いつもの鉄面皮のような無表情が剥がれ、今までに見たことがないほど動揺を露わにしている。
この空の炎上は、彼女の予定にはなかった出来事らしい。
「……火葬十字」
やがて、ロレイスさんがぽつりと呟いた。
「それは?」
「大規模殲滅用の、呪いの装備です。一度発動すると……巨大な火球が、周囲一帯を消し飛ばすそうです」
「……っ! じゃあ、これは……」
「おそらく、呪災です」
「これを、呪いの装備が引き起こしたと……?」
「はい。これほどの規模だというのは想定外ですが……」
たしかに、これをたった一つの装備がこの光景を作っているとしたら、あまりにも非現実的すぎる。
まるで、神話の大災害かなにかのようだ。
「いったい、誰が装備を……」
「状況から推測するに……リッカ・ヴァレットだと思います」
「え……」
「現在、火葬十字の近くにいるのは、チェスター・ヴィルとリッカ・ヴァレットの2名だけのはず。しかし、チェスターが誤って呪いの装備に触れるとは考えにくい……」
「でも、なんでリッカ先輩が………」
いや……今は理由なんて考えていても仕方ない。
こうしている間にも、火球は少しずつ下へ落ちてきている。
今、考えるべきなのは別のことだ。
「……火葬十字の代償はなんですか?」
「それは……」
ロレイスさんが言いよどむ。
なぜだか、ひどく嫌な予感がした。
こんな大規模な呪災を引き起こすには、いったいどれほどの代償が必要なのか……。
やがて、ロレイスさんが震える声で告げる。
「……死です」
「死……」
装備したら、死。
だとすれば、その装備は……僕には、奪えない。
かといって、空の炎をどうにかできるわけもない。
あんな神話の大災害みたいな現象を前にしたら。
人間はあまりにも……ちっぽけすぎる。
人間には勝てるはずのない相手だ。
「幸い、記録が正しければ……火球が落ちてくるまでに30分はかかるはずです。その間に、私たちだけでも……逃げることは……」
気丈に話していたロレイスさんが、そこで言葉をつまらせた。
「ロレイスさん?」
「……私たち、だけ……? ……違う……こんなことのために、私は……」
その場に崩れ落ちる。
肩にのしかかる重みに耐えきれないというように。
ロレイスさんは、もともと正義感の強い人だった。
僕を攻撃してきたのも、街を守ろうとしてのことだ。
彼女が今、どんな気持ちでいるのか、僕には想像することもできない。
そんなこと、今はどうでもいい。
絶望なんてしている場合じゃない。
まだ、希望はあるのだから。
「ロレイスさん、今度は止めないでくださいね」
「え……?」
ロレイスさんが呆然としたように、僕を見上げてくる。
「あなたは……いったい、なにを?」
「僕は――」
そんなのは、最初から決まっていた。
「――あの火球を止めてきます」
呪いの装備の暴走を止め、火球を消す。それが最善だ。
そのために、まずは……リッカ先輩を助けにいこう。
左目に意識を向ける。
先ほど、リッカ先輩の居場所を知るために使った羅針眼。
その針は、まだ一点を指している。
リッカ先輩の居場所を示している。
ならば、リッカ先輩は――まだ生きているはずだ。