表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/113

火葬十字《ステイク・ロス》

「ん、ぅ……」


 リッカが目を開けると、そこは――墓場だった。

 といっても、十字架があるわけではない。

 荒涼とした大地に刺さっているのは、おびただしい数の装備だ。地平の彼方まで、延々と墓標のように朽ちた装備が立ち並ぶ。

 まるで、装備の墓場。

 赤い夕光ゆうかげのせいで、廃棄された装備たちが血を流しているようにも見えた。


「ここは……」


 誰にともなく呟いた言葉だったが。

 それに答える者が現れた。


「――呪装墓域カース・サイトだ」


 乾いた足音とともに、リッカの視界に男の姿が入ってきた。

 黒い軍服のような制服。誇示するように飾りつけられた勲章。

 見間違えようもない。


「あんたは……」


 ――チェスター・ヴィル。

 レイヴンヤードの審問官を取りまとめる男だ。

 夕日の逆光のせいか、その顔はどす黒く染まっているように見えた。


「知っているとは思うが、ここは審問官の管轄下にある立ち入り禁止区域でな。だから、ここで俺がなにをしても、誰にも見られることはないし、罪にはならんのだよ」


「なにを言って……」


 リッカはとっさに身構えようとして――。

 しかし、体が動かなかった。

 その代わりというように……じゃらり、と鎖が動く音がする。

 それでリッカは気づいた。

 自分の両腕が鎖で拘束されていることに。

 その鎖は背後にある真紅の十字架――磔台につながれている。


「な、なにこれ……」


 とっさに拘束から逃れようとするが、鎖はびくともしない。


「無駄だ」


 チェスターは鼻で嘲笑う。


「それはBランク拘束装備。貴様ごときには、どうすることもできん」


「拘束装備……」


 それは本来、凶悪な罪人や魔物に使うものだ。

 ただの一般人に対して使うものではない。


「いったい、なにが目的……?」


 チェスターは罠にかかった獲物を見下ろすように、にやりと薄い唇を歪めた。


「貴様には、略奪者ファントムを殺すための協力をしてもらうぞ」


「……略奪者ファントムを、殺す?」


 意味がわからないし、できるとも思えない。

 しかし、チェスターは微塵も疑いがないというように頷く。


「ああ、俺にはそれができる」


「そんなの、どうやって……」


「呪いの装備を使う」


「え……」


 リッカはきょとんとする。

 呪いの装備を狩るはずの審問官が、呪いの装備を使う。

 すぐには、ぴんと来ない。


「他人に無理やり呪いの装備をつけるのが、俺の専売特許みたいなものでな。そうすることで、俺はあらゆる望みを叶えてきた。どんな力があろうとも、呪いの装備の代償には勝てないからな」


 チェスターの視線を、リッカの背後へと向ける。

 そこにあるのは、磔台のような鮮血色の十字架だった。


「それは、火葬十字ステイク・ロスという呪いの装備でな。その代償は――」


 チェスターは簡潔に告げる。


「――死、だ」


 死。

 装備しただけで、死ぬ。

 それを聞いた途端、リッカの頭の中で、“略奪者ファントムの死”が急に現実感を帯びてきた。

 もしも、チェスターの言葉が本当なら……たとえ、略奪者ファントムだとしても、殺すことができるかもしれない。


略奪者ファントムをこの磔台へと送る。そのために……貴様に協力してもらう」


「協力?」


略奪者ファントムは、貴様がお気に入りだからな。貴様の言うことなら聞くだろうさ」


 たしかに、聞くかもしれない。

 略奪者ファントム……いや、ノアなら。


「だ、誰がそんなことを」


「するさ、貴様は俺に似ている」


「はぁ? そんなわけ……」


「俺も、貴様と同じ孤児院の出だ」


「え……」


「……この糞溜めの中、生きることすらもままならなかった。誰かの気まぐれに支配される生活だった。だが……そんなのは、うんざりだった。力が――強さが欲しいと願った。だから、必死にあがいて、もがいて、ここまでのし上がったのだ」


 チェスターは胸に光っている勲章を見せつける。


「貴様も同じだろう? 俺には貴様の考えていることがよくわかる。力が欲しいよな? 強さが欲しいよな? 審問官としての地位が欲しいと常日頃から言っていたしな」


「そ、それは」


「審問官にしてやってもいいぞ」


「え……」


「俺にはその権限が――力が、ある」


 ずっと望んでいて、しかし手が届かなかった願い。

 それが今、拍子抜けするぐらいあっさりと手元にやってきた。

 力のある者の気まぐれによって。


「他人など踏み台にすればいい。己の望むがままに生きろ。それが強さだ」


 チェスターがリッカに手を差し伸べる。


「俺に協力しろ。そうすれば、本当の強さをくれてやろう」


「……本当の強さ」


 リッカは、差し伸べられた手を見る。

 チェスターに協力すれば、力が手に入るだろう。

 それは、ずっと求めていたものだ。孤児院の家族も、きっと喜ぶ。リッカが助けられる子供も増えるかもしれない。

 だから、この手を拒む理由はない。

 そう、拒む理由なんて……。


 ――リッカ先輩は、もう強いですよ。


 ふいに、そんな言葉が脳裏をよぎった。

 誰よりも強い少年の言葉だった。

 装備も、地位も、お金も、なにもない自分を――強い、と言ってくれた。

 だから。


「……ああ、そうだね」


 リッカがうつむく。

 それを同意と受け取ったのか。

 チェスターが我が意を得たりとばかりに笑った。


「――交渉成立、だな」


「いや」


 ぱしっ、と。

 周囲に乾いた音が響く。

 リッカがチェスターの手を蹴り飛ばした音だった。


「答えは……死んでもお断り、だよ」


 にやりと笑いながら、リッカは後ずさる。

 背後にあるのは、真紅の十字架。

 触れれば死ぬ、呪いの装備。


「……! 貴様、なにを……!」


 チェスターが焦ったように叫ぶが――もう遅かった。



   *



「――“リッカ先輩の居場所”を示せ」


 ロレイスさんと対峙しながら、僕は羅針眼に指示を出した。

 リッカ先輩がいるのは、呪装墓域の方向だ。

 たしかに、呪装墓域は審問官の管轄下にある。

 人質を隠すのにはうってつけの場所だろう。


 今すぐにでもリッカ先輩を助けにいきたい。

 しかし、ほとんど状況がわからない今、下手に動くのはまずい。

 チェスターのし掛けているという罠についても気になる。

 大丈夫、せっかく人質に取った相手を、意味もなく殺すことはないはず。

 まずは冷静に、ロレイスさんから情報を引き出すべきか……。

 そんなことを考えていたとき、だった。


「……は?」



 突然――世界が、赤く染まった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『世界最強の魔女』8/7、漫画9巻発売!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

漫画ページはこちら↓
i595023i595023

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『ラスボス、やめてみた』7/7、漫画7巻発売!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

漫画ページはこちら↓
i595023

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『時魔術士』漫画3巻発売!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

漫画ページはこちら↓
i595023

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『レベルアップ』漫画5巻発売!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

漫画ページはこちら↓
i595023

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
『装備枠ゼロの最強剣士』漫画7巻発売!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

漫画ページはこちら↓
i595023
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ