迷子
演劇などを見ているうちに、あっという間に夕方になっていた。
ランタンに火が灯されているのを見て、ふいに辺りが暗くなっていたことに気づく。
「もうすぐ祭りも終わりか」
屋台の片付けも始まり、通りの人気もまばらになっていた。
なんだか、力の抜けるような物足りなさがある。
「まあ、歩き疲れたし休憩するか」
「そ、そうですね……」
シルルはお腹を抱えていた。昼間のフードファイトがだいぶ身に応えているようだ。
『くっ、ここの屋台も完売だわ』
「ぶーぶー」「……ぶーぶー」
一方、ジュジュたちはまだまだ疲れ知らずといった感じだった。
とりあえず、僕たちは人の少ないほうへと向かうことにした。
『あっ、あそこ! アイス売ってる!』
「アイスってなに?」「……冷たいお菓子です。食べると幸せになります」
「へぇ、アイスクリームの屋台なんて出てたんだ」
都会のほうじゃないと食べられない氷菓子だ。作るのにDランク以上の氷魔法装備が必要であるため、アイス職人の数も限られている。今日のために、わざわざ都会から出張してきたんだろう。
そのわりに、値段もリーズナブルだ。祭りの熱気で火照った体を冷ますのに、ちょうどいい。
「おばさん、アイス五個ください。味は……これと、これと、これを」
「あいよ」
「それと、50個テイクアウトで」
「……は?」
「50個テイクアウトで」
「いや、聞こえてたけど……食べられるのかい、そんなに買って」
「もちろん」
どうせ他に客もいないし、せっかくだから買えるだけ買っておきたい。暴食鞄の中に入れておけば、いつでもひんやりしたアイスを食べられるわけだし。
「まあ、お金もらえるならいいんだけど……」
おばさんはあくび混じりに氷魔導書のページをめくり、ホイップクリームを凍らせていく。
「ととと、はい……まずは5つね」
おばさんがアイスの入ったカップを手渡してくる。
ひんやりと汗をかいた金属カップ。持っているだけでも気持ちがいい。
「まずは、さくらんぼ味2つにミートソース味。そっちのおチビちゃんたちは、アーモンドミルク味とバター味ね」
『来た来たっ! これを待ってたわ!』
「ふぉぉぉっ!」「……冷たいですっ」
『みんなで、ちょっとずつ交換しましょ!』
「そうだね。そのほうがいろんな味を楽しめるし」
『あ、ノロアのミートソース味はいらない』
「…………」
「ジュジュ姉のやつ欲しい!」「……一口ください」
『ふふん、あんたたちのお子ちゃま舌で、わたくしのアダルティな味覚についてこれるかしら!』
「むぅ、ラム大人だもん!」「……スイはもっと大人ですっ」
「ところで、ミートソース味もどうかな?」
「いらない」「……いらないです」
「…………」
「ノロア様、私の一口食べますか? 口つけてしまいましたが……」
「あ、うん。僕のミートソ」
「遠慮します」
……なんでだ。ミートソースのなにが悪いんだよ。
「はい、出来上がり。これで50個分ね」
「ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。まいどあり」
テイクアウト分のアイスは、ボウルサイズでもらい、物陰で暴食鞄に収納しておいた。
それから、ゆっくりと日陰でアイスを食べる。
夕方になって気温が下がってきたせいで、ちょっと頭がきんとするけど、そういうのも悪くはない気分だった。
そんなふうに、しみじみしていると。
「……ちょっといいかな、君」
「ん?」
くいくい、と服の袖を引かれた。
顔を横に向けると、女の子がいた。
紫髪のツインテール。育ちがいいのか、高級そうな余所行きのマントをまとっている。
ぺろぺろと棒付きキャンディを舐めながら、女の子はもごもごしゃべる。
「少し聞きたいことがあるのだが、時間をいただいてもいいだろうか?」
見た目のわりに、ずいぶんと大人びた口調をする子だ。
『あんたも、アイス食べるぅ? ――むぎゅ』
「ん、今どこからか声が……」
「僕の裏声ダヨ! アイス大好きッ! あはははははッ!」
「……正気か?」
子供に正気を疑われた。
「そ、それより、聞きたいことって?」
「ああ、道を教えてほしいのだが。大聖堂までの……」
子供が、道を尋ねてくる……なるほど。
「迷子かな?」
「断じて違う」
女の子が、ふぅ……と人生に疲れたような溜息を漏らした。
「人に会いに来たのだが、この街の構造が複雑すぎて……少し道に迷ってしまっただけだ」
「それを世間では迷子っていうんだよ」
「むぅ」
なぜだか不本意そうだ。ただ、困ってるのは確かなのだろう。
「放ってはおけないですね」
「そうだね……」
もうすぐ暗くなる。祭りで人気が多いとはいえ、子供一人で出歩かせないほうがいいだろう。
「たしか、大聖堂までの道を知りたいんだっけ」
「ああ」
この街の地理にはそれほどくわしくないとはいえ、目立つ建物だから覚えていた。
「こっちだ、ついて来て」
僕は女の子の手を引く。
「む」
女の子は驚いたように、しげしげとつながれた手を眺める。
「温かい」
「そうかな?」
「手をつなぐのなんて久しぶりだ」
「へぇ?」
「しかし、これはいいな。これならはぐれずに済む。とても合理的。素晴らしい発明だ」
べた褒めだった。手をつないだだけで大げさな。
「私もつなぎましょうか?」
「断固拒否する」
「がーん!?」
「片手は開けておきたい。お菓子が食べられなくなる」
よくわからないけど、こだわりがあるようだ。
僕は女の子の手を引いて、歩きだす。暗くなっていくのに比例するように、通りを往来する人もまばらになってきていた。道には充分スペースがあり、手をつないだままでも歩きやすい。
「この街は、今日が初めてでね」
女の子が興味深そうに、きょろきょろしながら口を開く。
「だが、聞いていた以上に活気があるな」
「ちょっと前まで暗かったけどね」
「そうなのかい?」
「最近は、呪災が多かったからね。今はそれが解決して、みんな安心してるんじゃないかな」
「それは重畳。平和がなによりだ」
女の子は悟ったようなことを言いながら、満足げに頷く。
「ところで、さっきから“略奪者”という言葉をよく聞くけど……それは、なんだい?」
「そ、それは……」
「みんなのヒーローだよ!」「……そんなところです」
「呪いの装備で悪いことをする人をやっつけるんです」
「ふむ、それは面白い。ぜひとも会ってみたいものだ」
目がきらきらする。やはり子供なのか、こういう話題には食いつくらしい。
それから、しばらく歩き……聖堂の近くまで来たときだった。
「ん……?」
雑踏の中、ある人物に目が留まった。
祭りの景色に似つかわしくない、異様な人物だ。
陰気な黒いマントで体を覆い、深くかぶっているフードで顔は見えない。
そして、なにより異様なのは。
その人物の周囲に、やけにたくさんの紅い蝶が舞っていること……。
「……っ」
そこで、気づく。
羅針眼の針が、その人物を指していることに。
今、羅針眼にセットしている探し物は――“蟲使い”。
昨夜、羅針眼を使って蟲使いを探そうとして、結局そのままになっていたやつだ。
その針が今、目の前の人物を指している。
それが意味することは、一つ。
やつは――蟲使いだ。
この街に呪いの装備を流し、そして蝶を使って街を監視していた存在。
「…………」
蟲使いは、僕が気づいたことを察したのか。
にやりと口元を酷薄につり上げてから、裏路地へ姿を消す。
まるで、ついて来い、とでも言わんばかりに。
なにが目的だ……? 罠にしては、あからさますぎるし……。
蟲使いの真意はわからないけど。
見逃すことはできないか。
「……シルル、この子を頼む」
つないでいた女の子の手を、シルルにたくす。
「え、ノロア様は」
「……用事ができた」
それだけ言い残し、僕は裏路地に向かって駆けだした。