リッカ先輩とばったり
「……き、奇遇だね」
祭りを回っていると、リッカ先輩とばったり会った。
仕事中じゃないからか、いつもより守備力の低そうなラフな格好だ。
「…………」
僕は気づかなったように目をそらして、そっとUターンする。
が、すぐに捕まった。
「なんで逃げるの!?」
「あ、いや。なんか本能的に」
祭りのときに知り合いを見かけると、こっそり逃げたくなるよね。
「……悪かったね、あたしで」
「べつに悪いわけでは」
なんだか、リッカ先輩がぎこちなかった。しきりに髪を気にした様子で、目を合わせてくれない。少しむすっとしてるようにも見える。機嫌を損ねてしまっただろうか。
「あー、カレシだ!」
リッカ先輩の周りにいた子供たちが、僕を指さしてくる。
「え、彼氏?」
フードファイト中だったはずのシルルが、耳ざとく反応した。
「あ、あの、彼氏とは? そこのとこくわしく」
「ねーねとカレシは結婚するんだよ!」
「……!? ……!?」
シルルが雷に打たれたように立ち尽くす。
「いや、事実無根だからね」
「…………」
一応、弁解しておくが固まったまま動かない。
まあいいや。しばらく放っておくか。
「それより、リッカ先輩も来てたんですね」
「まあ、子供たちが行きたいって言うし……」
なるほど。休日を返上して、子供たちの面倒を。
「えらいですねー、リッカ先輩は」
「やめっ、頭撫でるなー! 髪がぐしゃぐしゃになるでしょ!」
「えっ」
リッカ先輩が髪型を気にしてる……?
「な、なに、その顔! あたしが髪を気にしてたら悪い!?」
「いえ、悪いだなんて。ちょっと今年一番の仰天ニュースだっただけです」
「そこまで驚くことじゃないでしょ! もう、子供扱いして……」
リッカ先輩が顔をそむけて、せかせかと前髪を直しだす。
とくに髪型が変わったようには見えなかったが。
と、そこで。
「あるじー、おまけしてもらった!」「……ミッションコンプリートです」
今度こそスイとラムが帰ってきた。自分たちだけで買い物できたのがうれしいのか、ぴょんぴょん跳ねながら戦利品を見せてくる。褒められたい年頃か。
「にゅふふ」「……ん」
頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細める。
「えっと、ノアは……家族連れ?」
「え、家族?」
たしかに、僕たちは傍から見るとそんな感じかもしれない。
スイとラムの存在が、ファミリー感をうまく演出している。
年齢的には、仲のいい兄弟姉妹という感じに見えるのかな。
「でも……妹って、わけでもなさそうだけど」
「スイとラムのことですか? それなら……」
と、関係性を説明しようとして、言葉がつまる。
困った。なんて言えばいいのだろうか。
装備とは言えないし、かといって旅仲間ってのも変か。
「ラムはあるじの“しもべ”だよ!」「……主従関係です」
「えっ!?」
リッカ先輩が、ぎょっとしたように僕を見てくる。
「ノア……こんな小さい子を……」
「ご、誤解です! これはそういう遊びで」
「えっ、遊びなの……?」「……スイたちは玩具扱いですか?」
「違うんだ。そうじゃない」
スイとラムに悲しげな顔をされて、まごついてしまう。
まずい、誤解とも言いにくい空気になってしまった。
ここで下手にごまかすと犯罪者扱いされそうだし……。
「こ、この子たちは、僕の部下なんです。真剣に主従関係を結んでいます」
「へ、へぇ……そう、なんだ」
結局、犯罪者を見るような目をされてしまった。
「そ、それより、お祭り……リッカ先輩も一緒に回りませんか?」
「え、ノアたちと?」
「はい。せっかくですし」
「や、悪いけど……子供たちの面倒見ないといけないし」
あー、たしかにそうか。リッカ先輩が来るなら、子供たちもついて来る。
こちらとしても、大所帯で祭りを回るのは避けたい。
「そうですか。残念です」
「残念って……」
「リッカ先輩と回れたら楽しいだろうな、って思ったので」
「ふ、ふ~ん……そうなんだ……」
でも、本当に残念だ。この街の人だからこそ知ってる〝慰霊祭の穴場スポット〟とか教えてもらえるかもと期待したんだけど。
「じゃ、あたしたちはそろそろ行くから……」
「ん?」
リッカ先輩が手を振ったとき、ふと気づいた。
「あ、指輪。つけててくれたんですね」
「えっ! あ、まあ……」
プレゼントを気に入ってもらえたのは、素直にうれしいんだけど。
なぜかリッカ先輩が、あたふたする。
「そ、それじゃあ、行くから! もう行くから!」
「あ、はい」
リッカ先輩はなぜか慌てたように退散していった。
「むぅぅ……」
そして気づけば、シルルが膨れていた。
「……ずいぶんと、仲がよさそうですね」
「ん? まあ、一緒に仕事してるからね」
「私もまだ、指輪もらってないのに……」
「え、欲しいなら買うけど」
「そういうのじゃないです」
なら、どういうのだ。
「もしかして、もうお腹を下し合う仲なんですか……?」
「それは違う」
まだ、生水を飲ませようとしたときの誤解が解けてないようだった。