死者の王国
「……暴力は好まないのだがね。美しくない」
葬儀屋はやれやれと肩をすくめて、懐から頭蓋骨を取り出した。
悪魔を思わせる、異形の頭蓋骨。
おどろおどろしくありながら、王冠のような高貴さがある。
「呪いの装備……!」
「もう少しで、エリザは完成するんだ。私のもとへ戻ってくるんだ。だから――」
葬儀屋が頭蓋骨を、仮面のように頭に着けた。
「――邪魔をするな、略奪者」
葬儀屋の声質が一変する。
血の通わない、冷ややかな……冥府の底から響いてくるような声。
その声が、頭の中にじわりじわりと黒い染みのように侵食してくる。
「死這イ冠をもって、死者どもに命じる――」
葬儀屋が、両腕を大きく広げて。
そして、言った。
「――踊れ」
手鐘の一音のような、静かな一声だった。
声はすぐに、闇に吸い込まれて消えてしまう。
一瞬……静寂。
なにも起こらない。
不発か……? と、油断しかけた瞬間だった。
突然――墓場が、破裂した。
「……っ」
地面がぼこぼこと沸騰するように膨らみ、一斉に土飛沫が上がる。
死臭が増大するとともに、地面からは――白骨化した手。
墓穴から、人骨がわらわらと這い上がってくる。
見れば、祭壇の上にいた紅い肉塊も……もぞもぞと、むずがるように動きだし。
おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ……と産声のような叫び声を上げ始める。
ありえない光景だった。
蘇ったのだ、死者たちが。
「……死者、蘇生……」
死者の宴のような異常な光景に、思わず気圧される。
呪いの装備の力がいかにでたらめとはいえ、これは常軌を逸している。
動きだした死者の数も、100や200なんてものじゃない。
おびただしい数の死者が、ぞろぞろとひしめき合っている。
死者を支配する装備……まさに、神をも冒涜する力だ。
「これが私の力だよ、略奪者」
葬儀屋が静かに告げる。
「死者を蘇らせて……神にでもなったつもり?」
「いや、神などにはならんさ」
葬儀屋は、くつくつくつ、と低く笑った。
「――私は、王だ」
葬儀屋のその声で――無秩序にうごめいていた死者たちが、一斉に動きだした。
十字架を引っこ抜き、槍のように構える。
葬儀屋と“恋人”を守るように整列し、僕へ十字架の矛先を向ける。
その姿は、まさに騎士。
まるで、ここは死者の王国だった。
「ここは、私とエリザの国だ。永遠に美しく、滅びることのない、私たちの王国……」
陶酔したような声。鼓膜をぞわぞわと撫でるようで、気持ちが悪い。
『落ち着きなさいよ、ノロア。あんなの見た目だけのB級ホラーじゃない』
「見た目というか……一番きついのは、匂いだけどね」
『なら、わたくしの匂いでも嗅いどく? イチゴの匂いするわよ?』
「いいよ。なんか君、カビ臭そうだし」
『はぁ!?』
ジュジュがムキーッと暴れだす。
鬱陶しいことこの上ないが、そのおかげで少しだけ冷静さが戻ってきた。
「たしかに……見かけ倒し、か」
見た目のインパクトに惑わされてしまったが。
こんなのは、まやかしだ。冷静に見れば、すぐにわかる。
死者たちは命令通り、ただ自動的に動いているだけ。これでは操り人形と同じだ。
「あなたは、自分が王だと言ったね」
「それがどうした」
「でも、あなたがしてるのは死者の支配なんかじゃないよ」
これは、死者の体を使った人形劇。
「こんなのは、ただのお芝居だ」
「……芝居だと」
葬儀屋の声が、一気に険しくなる。
「あなたの“恋人”もそうだ」
「…………」
「それは、あなたの恋人じゃない。エリザさんじゃない」
「……黙れ」
「あなたはエリザさんの死体を玩具にして、人形遊びをしてるだけだ」
「黙れと言っている!」
葬儀屋が吼えた。
「エリザは生き返るのだ! 私にはその力があるのだ!」
語気は強いが、自分に言い聞かせているようでもあった。
葬儀屋は怯えるように耳をふさいで、肩を震わせている。
おそらくは心のどこかで感じていたのだろう。
自分が抱きかかえているものが、恋人ではないことは。
「忘れてなるものか……! 忘れてたまるか……!」
“恋人”を強く掻き抱きながら、葬儀屋はぎりっと歯を軋らせる。
「――その咎人を、殺せ!」
絶叫のような命令。
同時に、十字架を構えた死者たちが、どどどどどど……と押し寄せてきた。
まるで戦場のような光景だ。
しかし、結局は見かけ倒し。
死者たちは魔物化しているわけでもなく、装備を持っているわけでもない。
彼らにはもう、力はない。
『まともに相手する必要はないわね』
「そうだね」
僕は剣を構えると――死者の群れへと突っ込んだ。
軽く見積もっても、1000対1。
数では圧倒的に負けている。軍隊相手に単騎で突撃するような状況。
しかし、それだけだ。1000人だろうが2000人だろうが、僕の装備を止めることはできない。
突き出される十字架を次々と切り落とし、剣風で死者を吹き飛ばす。
そうしてできた間隙を縫うように――前へ。
死者たちを置き去りにし、駆ける。
やがて死者の第一陣をくぐり抜けると。
前方に、葬儀屋を護衛する死者たち。
隙間なく、びっしりと布陣しているが……それほど厚みはない。
これぐらいの距離なら、飛べる。
僕は手にしたスライムソードを地面に突き立てた。
そして、一気に変形させる。
ぐんっ――! と伸びる刀身。
その勢いで、僕の体が宙に打ち上げられた。
死者の群れを飛び越えて――さらに前へ。
「……なっ」
葬儀屋の驚愕したような声。
僕は空中で体勢を整え、剣の長さを元に戻し――振りかぶる。
そのままの勢いで、葬儀屋へ飛びかかり――。
「や、やめろ……っ!」
葬儀屋が叫んだのと、剣が振り下ろされるのは同時だった。
上空から地上への、縦に一直線の斬撃。
葬儀屋がとっさに避けるが、僕の狙いは初めからそちらではない。
夜空を裂くような青い剣光を残しながら、その斬撃は――。
――“恋人”の体を、貫いた。
「あ……」
葬儀屋が“恋人”へと手を伸ばす。
しかし、その手が触れるより先に、“恋人”は、真っ二つに分かれた。
腐汁を散らしながら、ゆっくりと倒れる。
「エリザ……」
葬儀屋は、“恋人”のもとへ駆け寄った。
僕の存在など忘れたかのように、戦闘を放棄して。
「――起きろ……起きてくれ……」
命令しても、“恋人”はぴくりとも動かない。
「おかしい……エリザが起きてくれない……いつもみたいに、笑ってくれない」
彼は“恋人”だった塊を、必死にかき集めようとする。
溶けかけた腐肉は、どろどろと指の間からこぼれてしまう。
「ああ……作り直さないと……エリザが、死んでしまう」
葬儀屋は、“恋人”だったものを胸に抱いた。
しかし、やがて彼はその腐肉を地面に落とした。
おそらく気づいたのだろう。死者はもう生き返らない、ということに。
結局、葬儀屋が呪災を起こしていたのは……死者をあきらめきれなかったからだ。
だからこそ、僕は“恋人”を壊した。
彼女に二度目の死を与え、呪いの装備を使っても動かせない状態にすれば、あきらめるしかなくなるから。
「エリザ……」
葬儀屋は沈んだように、その場に崩れ落ちた。
まだ、彼は戦うこともできたはずだが……もう、そんな気力はないらしい。
彼の周囲に布陣していた死者たちも、ぼとぼとと地面に倒れていく。
決着は、あっさりとついた。
「……殺してくれ」
葬儀屋はうなだれた。まるで自ら、首を差し出すように。
「エリザがいないのならば、生きる理由もない」
「……僕は、あなたを殺さない」
「そうか、つくづく残酷だな、君は」
くつくつくつ、と葬儀屋が低く笑う。
「それより、一つ聞きたいことがある」
「……なんだ」
「どこで、その呪いの装備を手に入れた?」
それが、どうしても気になった。
この街は、あまりにも呪いの装備が多すぎる。
それも最近になって、いきなり急増したとの話だ。
誰かが故意に、街に流しているとしか思えない。
僕は呪いの装備が好きだし、呪いの装備も誰かを幸せにするためにあると思うけど。
呪いの装備で誰かが不幸になってしまうのなら、それはダメだ。
「……この、死這イ冠のことか?」
葬儀屋が、自らの頭を覆っている異形の頭蓋骨を指す。
僕が無言で頷くと。
「それ、は――ッ!?」
葬儀屋が言葉を続けようとしたときだった。
その口から――げぼっ、と。
紅いものが噴き出した。
吐血したかと思ったが、違う。
――紅い蝶だ。
「な……!」
蝶は1匹や2匹ではなかった。葬儀屋の口から無尽蔵にあふれ出てくる。
ぞぞぞぞぞぞ……と、葬儀屋は蝶を吐き続ける。
いつしか、彼の全身が食い破られるように裂けて、一斉に紅い蝶が飛び立った。
まるで、全身から血を吹き出しているかのように。
葬儀屋の体が蝶に食われて、消えていく……。
「……あぁ」
葬儀屋は自分の体を見下ろすと、なぜだか穏やかに微笑んだ。
「…………エリ、ザ……ずっと、一緒に……」
どさり、と。
“恋人”の上に、重なるように倒れる。
そして……動かない。
葬儀屋はもう死んでいた。
紅い蝶がその上を、ひらひらと舞い踊る。まるで、二人を嘲笑うように……。
「どうして……」
この紅い蝶は、葬儀屋の力ではない。
だとすると、これは。
『口封じ、ね』
「……うん」
葬儀屋に呪いの装備をわたした人物――いや、黒幕とでも言うべきか。
その黒幕が自分の正体をつかませないために、“蝶”を仕込んだのだろう。
自分の正体をつかませないために。
試しに1匹、蝶を捕まえてみると。
「え……」
ぴちゃっ、と弾けた。蝶が形を失い、ただの液体になる。
「……血だ」
血でできた蝶――血蝶。
どういう仕組みで動いてるかは、わからないけど。
一つだけわかることがあるとすれば、この蝶に見覚えがあるということだ。
「この蝶……ずっと、街にいたやつだ」
レイヴンヤードで、よく見かけていた蝶。
街の風景に溶け込み、いつも僕らの頭上を飛んでいた。
もし、この紅い蝶が使い魔だとしたら。
考えると背筋が寒くなった。しかし、考えずにはいられない。
「僕らはずっと……監視されていたのか」
今までも……そして、今この瞬間も。
・死這イ冠【呪】
……死者の王の証。死体を支配することができるが、生き返らせることはできない。
ランク:SSS
種別:アクセサリー
効果:死令(死体を命令通りに操る)
代償:死体の数×命令時間×4、余命を消費する。
*
今夜は前夜祭。
レイヴンヤードは、慰霊祭ムード一色となっていた。
浮かれたような喧騒が、夜中、響きわたっている。
「くだらん……」
チェスターは司令室で勲章を磨きながら、ふんっと鼻を鳴らす。
下品で、知性の欠片もない祭りだ。こんな糞溜めみたいな街には、ふさわしいのかもしれないが。
もっとも……今年の慰霊祭は、チェスターにとっても重要であった。
「司令官」
「ロレイスか」
気づけば、ロレイスが立っていた。
あいかわらず、生真面目そうに直立不動のまま敬礼をする女だ。
ただ、このところ慰霊祭の準備で酷使しすぎたか、消耗の色が濃い。しかし、彼女は疲労を微塵にも感じさせず、いつものように淡々と報告書を読み上げる。
「ミルナス様は、明日レイヴンヤード入りするようです」
「ふんっ。ようやく、あの女狐が来るのか」
――君は、まだ子供だね。本当の強さを知らない。
ふと、そんなミルナスの言葉が、チェスターの脳裏によぎる。
忘れもしない、5年前。
そんなミルナスの言葉とともに、チェスターはこのレイヴンヤードという糞溜めに落とされた。
装備枠に恵まれ、出世街道を歩んでいたチェスターにとって、それは事実上の左遷であった。チェスターの名誉は地に落ち、彼をおこぼれを狙っていた仲間も消えた。
しかし、チェスターはそこで折れなかった。
準備を重ね、力をつけ、着実に実績を上げた。そのために手段は選ばなかった。
力を得るために、呪いの装備にも手を染めた。
実績を上げるために、呪いの装備を街に流した。
呪装墓域――呪いの装備の処分場があるこのレイヴンヤードは、呪いの装備を手に入れるにはうってつけだった。『呪いの装備を処分する』との名目を使えば、呪いの装備を密輸するのも容易かった。
全ては、ふたたび栄光の舞台に戻るため……。
「……あと少しなのだ」
このところは略奪者に邪魔されて実績を上げられなかったが、その略奪者さえ狩ってしまえば、チェスターの実績は審問会でトップになる。
実績トップともなれば、ミルナスも認めざるをえないはずだ。
チェスター・ヴィルという男の強さを。
彼を左遷させたことの誤りを。
あとの懸念材料は、略奪者がどう動くかだが……。
「なんとか、間に合ったな」
そちらも、もう問題はない。“不死王”に仕掛けていた罠はうまく機能した。
すでに、略奪者の正体はつかめている。
チェスターは“目”を持っているのだ。この街を俯瞰する、特別な“目”を。
正体さえわかれば、処分するのは容易い。
市民のヒーローだか、なんだか知らないが。
呪いの装備を取りしまるのが、審問官の仕事だ。
「……“略奪者の首を、中央への土産にしよう」
チェスターが立ち上がり、執務室の外へと向かう。
彼に追従するように、紅い蝶が舞う。
「――さあ、楽しい祭りの始まりだ」
これにて、4章終了です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
お時間があれば、ポイント評価をしていただけると励みになります。
それと一応、名前の解説を。
リゲイン・ヘリア = リゲイリア(レガリア、王の証) + リゲイン(復帰、回復) + エインヘリア(死せる戦士たち)
死這い = 死者が這う + 支配 + 芝居