SランクダンジョンとSランクモンスター
ギーツの町から北に歩いていくと、すぐにダンジョンの前に到着した。土塁に囲まれた広場の中心には、地下へと続く洞穴がぽっかりと口を開けている。そこがダンジョンの入り口で間違いない。
すでに日が暮れているため、辺りに冒険者の姿はなかった。魔物のいるダンジョンで寝泊まりするわけにもいかないだろうし、市門が閉まる前には帰るのだろう。周囲に人がいると血舐メ丸を使えないし、人がいないに越したことはない。
『じゃ、さっさとダンジョン攻略しましょ。夜ふかしはお肌の天敵だし』
「う、うん……」
前回のダンジョン探索がトラウマになっているせいで、やっぱりまだ不安はある。たしかに攻撃力は格段に上がったけど、耐久面はそのままだし。魔物の攻撃を食らえば簡単に死んでしまう。
でも、前回と違うのは一人じゃないということだ。こんなジュジュでも誰もいないよりは頼もしかった。
「お、おじゃましまーす……」
『なに、ダンジョンに挨拶してるの? 寝起きドッキリでもしたいの?』
「そういうわけじゃないけど……」
気を取り直して、ダンジョン入り口の階段を降りていく。
ダンジョンの通路は薄暗かったが、前が見えないというほどではない。壁には点々と魔素ランプが灯されている。ダンジョンの管理者が、ここで資源を採りやすくするために設置したものだろう。灯りを持つのに片手を使えばまともに戦闘ができないし、途中で灯りが消えればそれだけで罠も魔物も見えなくなってしまう。
「……そういえば、ダンジョンの中で血舐メ丸振っても大丈夫かな?」
ダンジョンの壁は古代の特殊素材で作られているらしく、壊れたところを見たことがない。しかし、血舐メ丸ほどの攻撃力がある武器を使えば、崩落する危険性もありそうだ。
『それは大丈夫だわ』
「え、なんで?」
『このダンジョンの壁はSSSランク装備でできてるもの』
「壁がSSSランク装備?」
ちょっとピンと来ない。
『ま、正確には石がだけどね。石からSSSランク装備を作って、それを組み合わせて積めば、永遠に壊れない壁ができるの。古代では重要な施設にその装備石が使われてたわ』
「いや、SSSランク装備を作るって、いったいどうすれば……?」
簡単に言うけど、そもそも通常装備の最高ランクはAだ。呪いの装備でもなければ、SSSランクなんていかないはず。
『それは……まあ、いいでしょ。あんまテンション上がる話でもないわ』
ジュジュが露骨に話をはぐらかす。
『それより、ノロア! さっそく魔物のお出ましよ!』
「う……」
通路の先から無数の大蜘蛛が、ぞぞぞぞぞ……と這い出てきた。
数暗闇の中で、赤々と光っている複眼。毛むくじゃらの八本足。鋭利な爪や牙……。
キラースパイダーの大群だ。
キラースパイダーは一匹一匹がCランクであり、スケルトンなど目じゃないぐらい強い。さらには、粘糸による拘束や毒攻撃といったやっかいな攻撃をしてくる。そのうえ、キラースパイダーの群れはかなり統率されており、高度な戦術でBランク冒険者ですら追いつめるといわれ……つまり、めっちゃ怖い。
少なくとも、見ていて心が和むような光景ではない。まずはもうちょっとハートフルな魔物とほんわか戦闘をしたかったけど、キラースパイダーはもう目の前だ。
『さあ、ノロア! やっておしまい!』
「う、うん……!」
肩から指示してくるジュジュ。
僕はそれに従い、血舐メ丸をすらりと抜いた。幸い、周囲に人がいる気配はない。一本道だから魔物を見失う恐れもないだろう。ジュジュの言うことが正しければ、ダンジョンの壁も血舐メ丸の衝撃波に耐えられるはず。
視界が赤く染まりゆくなか、僕は思いっきり刀を振り抜く。
「はぁっ!」
装備によって攻撃力が1万以上もプラスされた肉体は、自分でも視認できない速さで刀を振った。その速度は音さえも置き去りにし、空気の塊を切り裂く。刀身から発生した強烈な衝撃波が、通路のはるか先まで駆け抜け――。
――ぱんっ!
と、破裂音が一つ。
その音とともに、飛びかけていた意識が強引に引き戻された。
「え……」
気づけば、キラースパイダーの大群が一瞬で消滅していた。粉々にしたとかいうレベルではなく、消滅だ。もはやキラースパイダーがここにいた痕跡は見当たらない。魔導ランプも消え去り、暗がりに沈んだ通路だけが残されている。
あまりのことに、思わず呆けてしまう。
『なに、ぼけっとしてるの? さっさと先に進みましょ』
「あ、ああ。うん」
ジュジュにうながされ、僕は慌てて刀を鞘に収めた。
……やっぱり、この力には慣れない。
スケルトンにすら圧倒されっぱなしだったGランク冒険者が、武器を一振りさせただけで何十というCランクモンスターを消し去ったのだ。
興奮とかよりも、まだ戸惑いのほうが強かった。
魔物や罠を警戒しながら、僕らはさらに先に進んでいく。
未踏破のSランクダンジョンというだけあり、出てくる魔物はかなり強かった。先行する冒険者もいないため魔物の数も多い。複数のAランク冒険者でもいなければ、相当な苦戦を強いられただろう。僕のようなGランク冒険者には、ただ荷物持ちをすることすら厳しい難易度だった。
しかし、僕のダンジョン探索はさくさく進んだ。
なぜかって、血舐メ丸が強すぎるのだ。
通路を進む → 曲がる → 刀を抜く → 進む……(以下ループ)
これだけで、どんどん先に進める。もはやダンジョン探索のイメージが根底から揺さぶられる体験だった。ちょっとしたピクニック感覚だ。強い冒険者はこんな気持ちでダンジョン攻略をしていたんだろうか。
魔物を倒しまくったおかげで、レベルも一気に30まで上がった。HPや守備力も増えて、精神的にも多少は余裕が出てきた。唯一の心配事は、魔導ランプ壊しまくってることぐらいだけど……うん、これは後で弁償しないとやばい。
そうこうしているうちに、通路の先に巨大な扉が現れた。
実物を見たことがなかった僕でも、それがなんなのか察しはつく。
「あれ、もうボス部屋……?」
あまりにもさくさく進みすぎたせいで、実感がわかない。
まずは様子見のつもりで来たから急いでたわけでもないし、宝箱を探して通路も全部回ったりしたのに……。
『それだけ、あんたが強いってことよ』
「そう、だね」
さすがに、これだけ魔物と戦えば嫌でもわかる。
――僕は、強くなった。
装備によって強さが決まる世界で、SSSランクの装備を手に入れたのだ。たとえ僕自身が弱くても、装備が強ければ強くなれる。自分を信じることは難しくても、装備を信じることはできる。
『あんたは剣の技術もそこそこあるし、魔物や罠の知識だってある。それに加えて、今は強力な装備もある。向かうところ敵なしよ』
「う、うん」
ジュジュに褒められると少しこそばゆい。この人形は言いたいことをずけずけ言う代わりに、褒めるときもストレートに褒めてくる。褒められ慣れていない僕には、少し毒だった。
『それより、ボスが呪いの装備を落とせばいいんだけど』
「うん、そうだね……」
そもそも、このダンジョンには攻略するために来たのではない。
このダンジョン探索の目的は、呪いの装備だ。
しかし、ここまでの探索で呪いの装備の収穫はゼロ。これでボスまで呪いの装備を落とさなかったら、なんのためにダンジョンに来たのかわからなくなる。魔物も全て肉片すら残さず消滅させちゃったし、魔物の素材で金儲けすることもできない。
『ま、これだけ難易度が高いダンジョンなら、呪いの装備が落ちる確率も高いわ』
「……? どうして?」
『そりゃ、呪いの装備のほうがランクが高いからじゃない。ほら、普通の装備はAランク止まりだけど、呪いの装備はAランク以上があるでしょ?』
「そういえばそうだね。どうしてだろ」
『もともと呪いの装備は、強力な装備として使われてたのよ。代償がある分、普通の装備より格段に強いしね。代償も呪いの装備をうまく組み合わせれば、打ち消したりもできるし』
「なるほど……」
たしかに、使われてないものが大量にあるというのもおかしな話だ。かつて使われていたからこそ、たくさん残っているんだろう。
『ま、一番多い使われ方は、奴隷に持たせて爆弾代わりにすることだったけどね。もし奴隷が死んでも、敵が装備を触るたびに爆発してくれるし。呪いの装備が強制装備させられるのは、その名残でもあるわ』
「そう、だったんだ」
僕は何気なく腰にさげた血舐メ丸を見た。たしかに血舐メ丸を持たされた金ピカ男の姿を見た感じ、『爆弾』というのは言い得て妙なのかもしれない。無理やり触れさせて敵地にでも送りこめば、甚大な被害が出そうだ。
『で、そんな呪いの装備に対抗するために作られた装備の一つが、このわたくしよ。つまり、わたくしはそこらの呪いの装備よりも100万倍えらいの。ここ、すごーく重要』
「……まあ、なにはともあれ、今はボス戦に集中しないとね」
『あれ? わたくし、シカトされてる?」
ジュジュはここのボスが呪いの装備を落とすかもしれないとは言ったが、そもそもボスを倒せる保証なんてないのだ。いくら血舐メ丸があったって、動きが速い敵なら攻撃を当てられなくて死ぬかもしれないし。Sランクダンジョンのボスを甘く見ることはできない。
僕は改めて気を引きしめ、ボス部屋の石扉に手をかけた。
ゴゴゴゴゴ……と重々しく軋みながら開いていく扉。その奥に見えたのは、小さな森のような空間と、その中心に鎮座する巨大な蜘蛛の姿だった。おびただしい数の膿色の卵にゆったりと腰かけた女王のごとき蜘蛛。
――クイーンスパイダー。
それが、この蜘蛛の名だ。
Sランクダンジョンのボスではあるが、本当にSランクの災害指定の魔物が来るとは。Aランク冒険者が束になって、ようやく勝てるかどうかという魔物だ。倒せばそれだけで英雄譚が生まれてしまう。
……こんな相手に勝てるんだろうか。
不安ばかりが胸の内にわいてくるが、戦うしかない。すでにクイーンスパイダーもこちらの存在に気づいている。
――キシャアアアアアアアアッ!
クイーンスパイダーが吠え、戦闘態勢に移行した。八本の足をどっしりと地につけて、なにやら攻撃の準備をしているのがわかる。
「う……うおおおおっ!」
耐久力がない手前、先手だけは譲るわけにはいかない。
僕は己を奮い立たせながら、血舐メ丸を鞘から一息に抜いた。
抜刀の衝撃波がクイーンスパイダーを襲い――。
「……あ」
クイーンスパイダー、死んじゃった。
衝撃波であっさり体がばらばらになり、体液を撒き散らしながら壁に叩きつけられたクイーンスパイダーさん。完全に押し潰されたのか壁画みたいになっている。消滅しなかっただけ他の魔物とは違うのかもしれないが……もう、ぴくりとも動かない。
「……」
にわかに静寂が降りた。
しばらく立ち尽くしていたが、これ以上なにかが起こる様子もない。ここから復活して襲いかかってくるとか、まだ変身を三回残しているとか、そういう展開もないらしい。
うん……英雄譚、生まれちゃった。
ノロア・レータ 冒険者 Lv39
HP 114
MP 43
攻撃力 37(抜刀時、4万3137)
守備力 40
素早さ 52
魔力 52
運 0
装備枠=9999
・武器
右手:血舐メ丸【呪】(攻撃力+4万3100)
・防具
なし
・アクセサリー
1:■■■■【呪】(装備枠=9999)
2:呪々人形【呪】(運=0)
総合日間ランキング9位獲得!
たくさんのブクマと評価ありがとうございます! 圧倒的感謝です! これからもご期待に添えるよう精進しますので、今後ともよろしくお願いします!