墓場調査
――不死王。
死者を支配する、墓場の王。
そんな不死王が、以前から墓場に出没しているらしい。
噂によると、不死王は悪魔の頭蓋骨みたいな頭をしていて、死者たちを従えているそうだ。
さらには、墓場にいる迷い込んだ生者を、冥府に誘い込むとかなんとか……。
その噂がどこまで正しいのかわからないけど、墓場で失踪事件が頻発しているのは確かだった。
呪いの装備絡みの事件である可能性も、否定はできない。
そんなこんなで、僕たち下っ端調査員に仕事が回ってきたというわけだ。
週1の朝礼に出ながら、昨日聞いた情報を頭の中で整理していると。
「ちょっと。ぼおっとしてると、また目つけられるよ」
「あ、すいません」
リッカ先輩に小突かれ、僕は慌てて背筋を伸ばす。
指揮台のほうを見ると、チェスターがいらいらしたように怒鳴っていた。
なんだか焦っているような印象だ。
「いいか、野良犬ども! 明日は慰霊祭だ! 中央から審問官が視察に来る日だ! いつも以上に気を引きしめて仕事しろ!」
指令台に立った男が、唾を吐き散らしながら演説する。
それから、しばらくチェスターの愚痴タイムが続き。
「――以上だ。とっとと仕事に移れ」
1時間ほど経った頃、ようやく解散になった。
調査員たちが、審問官にからまれないようにと、そそくさと広場から離れていく。
「じゃ、あたしたちも行こ?」
「そうですね」
と、歩きだす。
「今日はまた、欠員多かったですね」
「あー……不死王のせいだね。ここのところ、だいぶ不死王にやられてるみたいだし」
リッカ先輩が少し沈んだように肩をすぼめる。僕よりも長く調査員をしてるし、欠員の中には知り合いも多いんだろう。
それにしても、不死王か……。
ちょうど、これから調査する対象じゃないか。
なんだか、だいぶやばそうな案件を割り当てられたみたいだな……。
「調査員以外も被害やばいらしいよ。墓場に近づいた人がどんどん失踪してるって」
「無差別ですか」
「……大丈夫かな」
「え?」
「や、昔からの知り合いが墓場で働いててさ。お世話になってる人だから、ちょっと心配で」
「あー……それは大変ですね」
かけるべき言葉が見つからなくて、とりあえず言葉を濁す。
「あーあ。慰霊祭の前だってのに、どうしてこんな仕事を……」
「そうですね……僕たちには、ちょっと荷が重いですよね」
僕はそう言いつつも、少しだけ不死王に興味を持ち始めていた。
数多くの調査員を欠員にした〝呪い持ち〟。
おそらく、不死王は……強力な呪いの装備を持っているだろう。
*
僕たちは不死王の調査のため、さっそく墓場を探索し始めた。
しかし、進めども進めども……見える景色は、荒野と十字架だけ。
あまりに単調すぎる景色の連続に、方角や距離の感覚が麻痺していく。
それだけならまだしも、墓場は臭い。開きっぱなしの墓穴もあり、辺りには濃い死臭が立ち込めている。ただいるだけで、気が滅入ってくる場所だ。
しかも、この辺りの砂には生石灰や塩が混じっているせいで、目や鼻がむずむずするし、喉もいがらっぽくなる。
「ぺっ! わっ、口入った……もう!」
リッカ先輩が砂混じりの唾を吐く。
「にしても、ここらの砂はしょっぱいね」
「塩害が起きた場所ですしね」
「塩害?」
「昔、この辺りは畑だったんですよ」
「畑? この死んだ土地が?」
「逆です。畑を作ったから死んだんです」
この辺りの地面には、塩がちらほらと積もっている。
これは魔除けやアンデッド化対策のために、あとから撒かれたものではない。
乾燥地でいきすぎた灌漑を行うと、こうして地面から塩がわき、土地が死ぬことがよくあるのだ。
まるで自然を冒涜したことに対する――神罰のように。
だからレイヴンヤードは、神聖国の中でも“神に見捨てられた地”とされている。
「で、その後、レイヴンヤードは死んだ土地の有効活用のために、墓場の誘致をして資金集めをするようになったというわけですね」
大都市で出た死体は、土地不足・悪臭・疫病などの問題から、土地の余った田舎に埋葬するのが普通だ。
レイヴンヤードはそこにビジネスチャンスを見出した。
その結果、この広大な墓場ができたというわけだ。
この地に呪装墓域があるのも、同じような理由だろう。
「やけにくわしいね。たしか、この国の人間じゃないって言ってたけど」
「ちょっと調べたので」
まあ、全部スイからの入れ知恵だけど。
彼女は褒めてもらおうとしてか、本で学んだ知識をよく話して聞かせてくるのだ。あまり興味がなかったけど、いろいろとくわしくなってしまった。
「神に見捨てられた地、か」
「だから、こんな次から次へと呪災が起こるんですかね」
「かもねー」
リッカ先輩があくび混じりに言う。
「まあ、前はそうでもなかったんだけどね。調査しても、野良猫やカラスの悪戯ばっかだったし」
「そうなんですか?」
だとすると、最近になって状況が変わったのか?
しばらくレイヴンヤードに滞在してわかったけど、この街に出回っている呪いの装備の数は……さすがに多すぎる。異常と言ってもいいほどに。
それに、調査を命じられた場所に、呪いの装備があることもかなり多かった。まるで、そこに呪いの装備があるとわかったうえで、調査を命じられているような的中率だった。
まあ、呪いの装備がたくさん手に入るのは、僕としてはラッキーなんだけど……。
「と、不死王の目撃情報あったの、この辺りか?」
リッカ先輩が景色と地図を見比べる。
「ん……なんか、臭いですね」
「臭い?」
「なんか、死臭が」
「死臭……そんなのする?」
リッカ先輩がきょとんとする。とくに、なにも感じてないらしい。
死臭に覆われているレイヴンヤードで生まれ育ったせいで、嗅覚が麻痺しているのか。
こんなに強烈な匂いなのに……うらやましい。
「う、っぷ……」
口を押さえ、喉元にせり上がってきた胃液を飲み下す。
なんとも表現の難しい刺激臭だ。下水のような饐えた匂いの中に、どろりとした奇妙な甘い匂いが混じっている。魚と卵とチーズを腐らせた匂い、というのが近いだろうか。
これは……人間が腐るときの匂いだ。
鼻の奥に匂いがこびりつき、胃を痙攣させ、強烈な吐き気をもよおす。
だいぶ死臭に慣れてきたのに、これだ。
本来は相当な匂いのはず。
「う、埋めてない死体でもあるんですかね」
「ありえるなー。墓穴なんかは、けっこう開けっ放し……だ、し……」
リッカ先輩の声が、途切れる。その顔が心なしか青ざめていた。
「どうかしましたか? トイレ?」
「ち、違う」
「じゃあ、いったい」
「あ、あれ……」
リッカ先輩が一点を指差す。
そこには、人がいた。
それも、1人や2人ではない。
数十人……いや、もっとたくさんの人が、整列して歩いている。
「……え」
けっして油断していたわけではない。なのに、見るまで気づけなかった。
まるで気配がなかった。墓場の陰からにじみ出てきた影絵かなにかのように。
集会でもやっているのかと思ったが、様子がおかしい。
男も、女も、子供も、大人も……みんな、裸だった。
布切れ一枚まとっておらず……ぶくぶくと膨れ上がった体を剥き出しにしている。青白い肌には、赤紫色の血管と水ぶくれ。あごが外れているように口がぽっかりと開き、そこから舌をでろりと垂らしていた。
明らかに……全員、死んでいた。
そして、なにより異様なのは……その死体たちが、死体を運んでいることだ。まだ、ぽたぽたと血を流している新しい死体が、髪をつかまれて引きずられている。
どこへ運び込もうとしているのかは知らないが……。
――不死王は、生者を冥府へと誘う。
ふと、そんな噂を思い出した。
「お、おばばばばばばっ!?」
リッカ先輩が奇声を上げて、僕に抱きついてくる。
その声が引き金になったのか。
歩いていた死体たちが、ぴたりと足を止めて。
――ごろり。
と、首だけを回して、一斉にこちらを向いた。
数十もの白濁した瞳が、僕たちの姿をとらえる。
そして、ふたたび止まる。
直立したまま、ぴくりとも動かない。
整列した死体たちが、瞬きもせずに、じぃぃ……と僕らを見つめ続ける。
そして、なにを思ったのか。
――ひた。
死体の一人が、ゆらりと歩きだした。
ぽちゃ、と膨れたお腹から水音がする。
それを皮切りに。
――ひた、ひた、ひた、ひた、ひた……。
死体の群れが、こちらに向けて歩きだした。
僕たちを、じぃっと見つめたまま……。
「の、ノア! お、おばっ! おばばばばばっ!」
「いや、たぶんグールですよ」
屍肉食いのアンデッドだ。
その正体は、なんらかの魔物や精霊に寄生された死体だという。寄生主に栄養を与えるために、墓を荒らして屍肉を食うのだとか。
生者を狩って食べることもあるから、駆除が推奨されている魔物だ。
「なるほど。不死王の噂の正体は、グールの大量発生だった、といったところですかね」
「れ、冷静だね……」
「アンデッドは見慣れてますから」
ちょうど故郷にアンデッド系のダンジョンがあったし。それに、グールもランクの高い魔物ではない。戦闘力もスケルトンに毛が生えた程度だ。
とはいえ、この強烈な腐敗臭だけは慣れないけど。
「ん、でも……やけに状態がいいのが気になりますね」
「状態がいい? あれで?」
「グールって、だいたい黒っぽくて、しぼんでるんですよ」
人の死体は腐敗が進むにつれて、青→赤→黒……と色が変わるものだが、このグールたちは肌がまだ青い。おそらく死後5日も経っていないのだろう。一般的なグールと比べて、グール化が早すぎる気がする。
それに埋葬時には腐臭対策に生石灰をかけられるから、肌が火傷状に爛れているはずなのだが、そのような痕跡もない。
そもそも、共食いするグールが、群れなんて作れるのか?
なにか引っかかるが……考えてる場合じゃないか。
「……王、のた……めに」
グールたちが、顎をかくかく鳴らしながら歩み寄ってくる。
……王? 王って言ったか?
いや、それより。
「リッカ先輩、逃げましょう」
「で、でも……こんな数のグール、もし街に行ったら……」
「僕たちの目的は、あくまで調査ですよ。先輩が教えてくれたことでしょう?」
情報を持ち帰ることが最優先だ。それ以外のことは、全て他人の仕事。
グールを倒すのは問題ないが……リッカ先輩のほうを、ちらりと見る。
ここで戦うわけにはいかない。
ここは、いったん逃げるしかない。
しかし。
「……王」「……ために」「……王」「……ぉ、王の」「王……」
いつの間にか、背後から別のグールたちが現れていた。
いや、背後だけじゃない……気づけば囲まれていた。
数十体もいるわりに、やけに統制の取れた動きだ。
「……ずいぶんと慣れてるみたいですね。こういう状況に」
それだけ、たくさん狩ってきたんだろう……生きた人間を。
グールたちは墓場の十字架を引っこ抜き、槍のように構えてくる。
どうやら、僕たちを見逃してくれる様子はない。
「さ、下がって、ノア」
リッカ先輩がナイフを構えて、僕の前に立った。
……が、完全にへっぴり腰だった。
後輩の前でいいところを見せようとしているんだろうけど。
「あの、リッカ先輩ってグール倒せますか?」
「ふっ、当然。先輩だからね」
不敵に笑ってるつもりらしいけど、声はにょろにょろしていた。今にも泣きだしそうだった。
グールに十字架の矛先を向けられると、リッカ先輩はびくりと後ずさる。
「……の、ノアぁぁ……グールって、弱点どこぉ……?」
「あ、やっぱダメなやつですね」
わかっていたけども。
そんなことをしていると、ふいに。
グールの一人がかくかくと顎を鳴らしながら、リッカ先輩を指さした。
「……リッカ」
「え?」
「……リッカ……」「……リッ、リ」「……カ」「……リッカ」「……リ」
「な、なに?」
なぜか、グールたちがリッカ先輩を知っているようだった。
グールたちがリッカ先輩を凝視し、そして。
「……“材料”」
その言葉とともに――リッカ先輩に飛びかかってきた。