おそらく……疑われている
ふと、一つの装備に、目が留まった。
地面に突き立つ、燃え盛るような真紅の十字架。
呪いというイメージからかけ離れた、神聖さをまとう十字架だ。
見ているだけで、理性を熱で溶かされそうになるほど魅惑的な装備。
つい、目が引き寄せられてしまう。
……こんな美しい装備が、本当に処分されていいのか?
そんな思いが、ふつふつと湧いてきて――。
「――気になりますか、その呪いの装備が?」
「……っ!」
はっと我に返る。気づけば、ロレイスさんが僕の顔を覗き込んでいた。
どうやら、十字架をじっと見つめすぎていたらしい。
気にならない、とはごまかせないか。
「いえ、少し……綺麗だなと思って」
「そうですか」
ロレイスさんは頷き、すっと半歩下がる。
これはセーフと判断していいのか?
ロレイスさんの顔をうかがうが、なにを考えているのかわからない。ただ無機質な瞳が、全てを見透かすように僕に向けられている。
「……なんか用?」
横にいたリッカ先輩が、不審げに尋ねる。
ロレイスさんは僕たちのほうを、じっと見つめながら。
「――略奪者」
いきなり、そう口に出した。
どっ、と心臓が跳ねる。しかし、なんとか動揺を表情には出さずに済んだ。
ロレイスさんは一呼吸置いてから、言葉を続ける。
「どう思いますか、略奪者について」
まぎらわしいな……と、一瞬思ったが、ロレイスさんの顔を見て、違うとわかった。
わざとだ。カマをかけて、こちらの様子を観察しているのだ。
「どうして、急にそんな話を?」
「ただの世間話です」
ノータイムで返答される。あらかじめ、用意されていたような言葉。
「それで、どう思いますか?」
僕たちに鋭く視線を走らせる。まるで刃を首筋に突きつけるように。
おそらく……疑われている。
僕たちのどちらかが略奪者じゃないかと。
どうして疑われた? もっと、行動を控えるべきだったか?
いや、今はそれより質問に答えないと。
ただ、なんて答えればいい? なんて答えるのが正解だ?
くそっ、こんなストレスフルな世間話があってたまるか……。
「あたしは大ファンだよ。みんなを守ってくれる最強のヒーローだし」
リッカ先輩があっさりと答える。
たぶん、どういう状況か気づいていないんだろう。
あいかわらず、略奪者に対する期待が重いな、と思いつつも。
そののんきな声のおかげで、少しだけ思考を落ち着ける余裕ができた。
「ノアさんは?」
「僕は……」
略奪者をヒーローだとは思わない。なんとなく、嘘でもそう言うのは抵抗がある。
「よくわかりません」
結局、出した答えはそれだった。
「わからない?」
「はぁ、どうして?」
やっぱり、納得はしてもらえないか。
「あの、僕たち一般人からすると、助かってるのは確か……だと思います。でも」
「でも?」
「それが本当にいいことなのかどうかは、わからないです」
「ふむ」
ロレイスさんが腕を組む。
「私は、いいことだと思いますよ」
「え……?」
意外な評価だった。審問官としては、仕事の邪魔をされて迷惑しているかと思ったが。
「略奪者の目的がなんであれ、呪いの装備の被害を減らせるのなら願ってもないことですから。とくに正義が機能不全を起こしているのならば、略奪者は必要悪……いえ、略奪者こそが正義だとも言えるでしょう」
「正義?」
「ええ」
熱がこもっているような口調だった。いつも氷みたいなロレイスさんには似合わない声。
思わぬ反応に、少し動揺してしまう。
「ふむ」
それからしばらく、ロレイスさんが含みのありそうな沈黙を作り。
「疑うわけではありませんが、念のため荷物検査をしても?」
「に、荷物検査?」
「えー、恥ずいんだけど」
「いいから、荷物をわたしてください」
まずい……油断してた。
僕の荷物の中には、見られちゃいけないものが多すぎる。
「それじゃ、これ」
「ふむ」
ロレイスさんが、まずはリッカ先輩のウエストポーチを調べだす。
「なんか、まずいものでも入ってる?」
「はい」
「えっ!?」
「これはなんですか?」
ロレイスさんは、ウエストポーチから雑誌を取り出した。
女性誌らしい。ぼろぼろになってるあたり、拾い物だろうか。
「職務に関係ないものは持ち歩かないように」
「あ、ちょっ! 出さいないで! やめっ!」
リッカ先輩は顔を真っ赤にしながら、ぴょんぴょんと雑誌を奪おうとする。
しかし、身長差は残酷だった。
「それ、仕事に必要なものなの! だからしまって!」
「ふむ……『モテカワ装備構成で魅力値バクアゲ♪』『真夏に備えろ! 素早さ特化式・時短ダイエット☆』『装備の引き算、それが私の新公式』……」
「音読しないで!?」
「モテカワ装備構成と仕事の関連性を、ぜひとも、ご教示いただきたいものですね」
「う、あ……その……」
「まったく。そもそも、あなたはですね……審問官になりたいと口では言うわりに、審問官の下で働いているという自覚が……」
くどくどくど……と、ロレイスさんの説教が続いた。
しばらくして、真っ白な灰になったリッカ先輩が残された。えげつない……。
ロレイスさんは満足げに頷くと、今度はこちらに狙いを定める。
「そちらの鞄も見せてもらっても?」
「……はい」
僕は表情を変えずに腰鞄をわたした。
ロレイスさんが、ひったくるように中を検めて。
「これは?」
その表情がぴくりと固まる。
腰鞄に手を入れ、そして出したのは――ジュジュだった。
うん……やっぱり気になるよね。
ちょうどジュジュは昼寝から覚めていたらしいが、珍しく空気を読んでじっとしている。
ただ、ジュジュは長時間じっとしているのが苦手だ。
嫌な汗がだらだら出てくる。
「人形?」
「はい、ただの人形です」
きりっと答える。動揺したら負けだ。
「……職務中に、なぜ?」
「趣味なので」
「うわ……そんな趣味悪い人形、持ち歩いてんの?」
ジュジュがぴくりと動く。
まずい、ジュジュが悪口に反応した。
「リアルすぎて気持ち悪……」
ぴくぴく!
「ていうか、食べかすとかついてて汚くない……?」
ぴくぴくぴく!
「ん……意外とずっしりしてますね、この人形」
びくんびくんびくん!
ジュジュが荒ぶっている!
「な、なんか、ぴくぴくしてませんか?」
「そういう人形なんですよ! 生きのいい魚みたいで可愛いでしょう!?」
「そうですか……?」
“可愛い”という言葉が効いたのか、ジュジュの振動が止まった。
ただ、なんかニマニマしてる。こっちの気も知らないで……。
ロレイスさんは、まだジュジュが気になるようで。
「あれ、なんか口の周りにタレがついてますね。それも新しい……」
「そ、それは……! さっき、ご飯をあげたので!」
「人形に、ご飯を……?」
信じられないものを見たような顔をされる。
素でうろたえてるよ、ロレイスさん。
「……嘘は、ついてないようですね」
「……はい」
自分の言葉ながら、嘘であってほしかった。
「ノア、どうして人形に、そんな……」
「故郷では普通なんです」
「前から思ってたけど、どんな故郷なの……?」
ごめん、故郷……。
「では、次はそちらの鞄も見せてもらっても?」
ロレイスさんが指したのは、暴食鞄だった。
これは一発でアウトだ。
牙とかついてるのを見られたら、すぐに呪いの装備だとバレてしまう。
わたすことはできない。ならば……。
僕は意を決して、鞄に手を入れた。
そして、それを出す。
「ま、また人形ですか」
ビッグサイズの水色の人形――スライムシールドのスイを変形させたものだ。
続いて、もう1つ、水色の人形を出す。こっちはラムだ。
「2つも同じものを……?」
「同じじゃありません。この子たちは双子なんです」
「……そう、ですか」
ロレイスさんが、ぎょっとしたように後ずさる。
「まだ見ます?」
「い、いえ、けっこうです。その鞄の大きさなら、他にはたいしたものも入ってないでしょうし」
ヤバいやつと関わっちゃったよ、という思いが、表情にありありと出ていた。
「と、ともかく……職務に関係ないものは持ち歩かないように」
「はいっ!」
「なぜ、うれしそうなんですか……」
「あ、つい! ロレイスさんに怒られるのがうれしくて!」
「…………」
ともかく、なんとかごまかせたらしい。
……勝った。
その代わりに、なにか大切なものを失った気もするけど。
「で、用はそれだけなの?」
「いえ、もう一つだけ。あなたたちは、明日の予定はなかったですよね」
「えっ、調査の仕事でもくれるの?」
「はい」
ロレイスさんは告げる。
「――あなたたちには、不死王の調査をしてもらいます」