呪装墓域《カース・サイト》
地平の彼方まで立ち並ぶ、十字架の群れ。
冥府への入り口みたいに、ぽっかりと口を開けた墓穴。
死者の香りに誘われたのか、ひらひらと舞っている紅い蝶。
そんな景色の中で……僕とリッカ先輩はひたすら荷車を引いていた。
「なんで、あたしがこんな馬車馬みたいに……」
リッカ先輩がグロッキーな顔をしながら、愚痴をこぼす。
「まあ、この辺りは、馬車だと通れないみたいですしね」
辺りには、十字架がごちゃごちゃに生えてるし。
この墓場を作った人には、もっと交通の便というものを考えてもらいたかった。
かろうじて十字架の合間を縫うように隙間道も、狭いうえに複雑にうねっているし、地面がでこぼこで車輪が何度もはまる。
それに荷物も荷物だから、余計に神経を使わないといけない。
荷車の上、分厚い布で覆われている荷物。
それが呪いの装備であることは、仕事前に聞いていた。
なにかの拍子に体に触れるだけでアウト。
そんな危険物を運ばされているのは、僕たちが使い捨て要員だからだろう。
僕たちの後方では、監督の審問官が目を光らせている。
なにかあれば、すぐに首を刎ねるぞ……とばかりに。
「でも、どこに運んでるんですかね? こんなたくさんの呪いの装備」
「呪装墓域。この先にあるの」
「呪装墓域! まさか、あの伝説の!?」
「……で、伝説?」
「いやー、そっか呪装墓域か! 一度、行ってみたかったんですよね!」
「べつに観光名所でもないけど……」
呪装墓域といえば、呪いの装備の処分場のことだ。
呪いの装備はどの国でも、厳重に管理された呪装墓域に集められてから、破壊されるなり封印されるなりする。
呪装墓域にある呪いの装備のそのほとんどが処分済みとはいえ、たくさんの呪いの装備と触れ合えるテーマパークみたいなものだ。
「楽しみだなぁ! よし、俄然やる気出てきたぞ!」
「そ、そう」
リッカ先輩はちょっと引きつつも。
「あ、噂をすれば見えてきたみたいだよ」
あごで、くいっと前方を示す。
「あ……」
そこにあるのは――広大な墓場だった。
ただそれだけなら、これまで嫌というほど見てきた景色と大差ないが。
しかし、地面に刺さっているものが違う。
装備……いや、かつて装備だったものというべきか。
荒野の中、十字架の代わりに錆びついた剣や槍が墓標のように突き立ち、その隙間にはひび割れた兜や鎧が屍をさらしている。
――呪装墓域。
装備の墓場。
なるほど、たしかにそう呼びたくなる景色だ。
呪いの装備のテーマパーク、だと思ったんだけど……なんだろうか。
朽ちた装備たちは死んだように沈黙していて、どこか薄気味悪い。これだけ装備が並んでいるというのに惹かれない。それどころか、漠然とした不安みたいなものが、もやもやと胸の中によどむ。
「ふぅ、やっと着いた」
「ご苦労様です」
「ん……って、うわっ!?」
背後から突然、ぬっと現れたのはロレイスさん。
今日も審問官の制服をぴしりと隙なく着こなし、涼しげな目元からは人事評価するような視線が送られてくる。ただ、あいかわらず怪我が絶えないらしく、見るたびに包帯が増えている気がする。
「し……心臓に悪い登場、やめて……」
「普通に声をかけただけですが」
さも当然のように言う。
「それより、その荷はこちらへ」
「ん……」「わかりました」
ロレイスさんが先導して歩きだす。
そういえば、彼女が歩いているところは初めてみたかもしれない。
一定の歩幅、一定の歩調……歩く姿まで事務的な人だ。
僕らは荷車を引きながら、ロレイスさんについていく。
指定された場所に荷を降ろせば、この仕事は完了だ。
「じゃ、とっとと終わらせるか」
「…………」
「ノア?」
「え? あ、はい」
ぼぉっとしていたせいで、つい返事が遅れてしまった。
「なに? なんかあるの?」
「いえ……ただ、すごい数だなって」
目の前にあるのは、呪いの装備の山。
そこら中にある朽ちたものではなく、まだ処分されていないものだ。
そのほとんど全てが低ランクのものだけど、僕にとっては宝の山みたいなもの。
ただ、聞いていた情報よりも、呪いの装備の数が多すぎる気がする。
「ま、国中の呪いの装備が集まってるしね」
「国中……でも、この国って、呪いの装備はもうあらかた処分されてるんじゃ」
「あー、そだねー」
リッカ先輩が、ちらりと呪いの装備の山を眺める。
「ま、多いっていえばそうかな。前にも見たことあるけど、ここまでじゃなかったし」
「ですよね」
どうして、こんなに呪いの装備が?
ダンジョンが多い国ってわけでもないから、今さら呪いの装備がたくさん出てくるなんて考えにくい。とすると、国外から流れてきてるのか……?
「ま、どうでもいいでしょ。そんなの」
リッカ先輩はあまり興味なさそうに、荷降ろしを始める。
まあ、むしろ呪いの装備に興味があるほうが特殊なわけだが。
それより、僕も怠けてはいられない。
荷車に積んだ呪いの装備を、処分場所に移していく。
荷台を傾けて、じゃらじゃらと呪いの装備の山の中へ。
簡単な作業ではあるが、細心の注意が必要だ。万が一、呪いの装備に触れてしまえば、すぐに監督の審問官――ロレイスさんに首を刎ねられる。
体力よりも、精神をすり減らす作業だった。
それでも、なんとか作業を終える。
「……ああ」
なんというか、空虚な気分だ。
この手で呪いの装備の処分に関わったのだと思うと……つらい。
できれば、奪いたい。
だけど、ここは審問官の監視がとくに厳しい地だ。奪うのならば慎重にやらないと、審問官との全面戦争になりかねない。
なにか方法はないかな……なんて考えながら、何気なく呪いの装備の山を眺めていると。
「……?」
ふと、一つの装備に、目が留まった。
地面に突き立つ、燃え盛るような真紅の十字架。
呪いというイメージからかけ離れた、神聖さをまとう十字架だ。
見ているだけで、理性を熱で溶かされそうになるほど魅惑的な装備。
つい、目が引き寄せられてしまう。
……こんな美しい装備が、本当に処分されていいのか?
そんな思いが、ふつふつと湧いてきて――。
「――気になりますか、その呪いの装備が?」
「……っ!」
はっと我に返る。
気づけば、ロレイスさんに顔を覗き込まれていた。
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