屋敷キャン△
冒険講座からしばらくして、少し開けた川辺に来ていた。
自然に土手ができているあたり、よく川が氾濫しているのだろう。
辺りに邪魔な木はなく、広さ的には申し分ない。
「よし、この辺りならちょうどいいかな」
僕は左腕を前に突き出した。袖をまくって、緑の腕輪を空気に触れさせる。
朝露に濡れた若葉のように、しっとりと緑色に輝く腕輪。
「クク」
「がってんしょうち」
なんだか力の抜ける返事をいただいた。
それと同時に――腕輪が、弾ける。
ぶわっ、と破裂したような勢いで膨らむ腕輪。
瞬く間に、こぢんまりとした屋敷が形作られ――。
気がつけば、僕は屋敷の玄関で、扉を押し開けているような格好になっていた。
キャンプもかねて寄生宮の実験をしてみたんだけど、うまくいったようだ。
これなら、いつでもどこでも屋敷を自由に出し入れできる。
まあ、自由といっても、そこそこ広い平地がないといけないけど。
「お、お屋敷が……いきなり……?」
シルルが目をまん丸にしたまま固まる。
さすがに、初見で驚くなというほうが無理か。あまりにも現実離れした光景だし。
「これが、例の幽霊屋敷だよ」
「幽霊屋敷?」
『ま、今は幽霊屋敷感はゼロね』
「雰囲気のいいお屋敷という感じです」
「場所が場所だしね」
墓場にあったからこそ、おどろおどろしい雰囲気だった、というのはあるのだろう。日当たりのいい川辺にのほほんと建っていても、幽霊とか出そうにないし。
それに……外観自体もちょっと変わってるのか?
「でも、本当にお屋敷を持ち運べるんですね……」
いまだにシルルは、自分の目が信じられないといった様子だ。それなりに呪いの装備に触れてきたとはいえ、まだその非常識さには慣れていないのだろう。
一方、以前に入ったことのあるジュジュや双子はといえば。
『わたくしが遊びに来たわ!』
「クク~、遊ぼ~!」「……前回のリベンジです」
さっそく屋敷に突入していた。
僕とシルルも、装備たちに続いて中に入る。
「ひ、ひゃわわ……すごいお屋敷……」
シルルが口をわななかせるが、驚いたのは僕も同じだ。
寄生宮の中は、前にも増して綺麗になっていた。
毒々しいまでの派手やかさは鳴りを潜め、今ではすっきりとした品のいい空間に。
以前は薄暗かった屋敷内も、今はカーテンが開け放たれ、明るい陽光で満たされている。
この空間にククの心理が反映されているのなら……きっと、いい変化なのだろう。
「……また別の女、連れ込んでる」
と、噂をすれば、床からご登場だ。
ククの神出鬼没なところは、あいかわらずらしい。
昼はまだ寝ている時間なのか、パジャマのような部屋着は少し乱れていて、その緑色の髪には寝癖が少々。
「ごめん、起こしちゃったかな」
「ん……絶対に赦さない。悔い改めるべき」
「そんなに?」
「さあ?」
こてん、と首を傾げる。
あいかわらずマイペースというか、飄々としてるというか。
幽霊(?)だけに、つかみどころがない。
ククはとろんとした薄紫色の目を、ぐしぐしこすってから。
「む」
今度はいきなり、シルルを、じぃぃ~~……と見つめだした。
「あ、あの、なんでしょうか?」
シルルが、かちこちと尋ねる。
どうも、初対面の幽霊(?)相手に緊張してるらしい。
「やっほ」
「え、あの……やっほ、です」
「わたしはクク」
「わ、私はシルルーラです」
「友情の握手」
「は、はい」
「――残像よ」
「っ!?」
さっそく遊ばれていた。
「で、今日はなにしに?」
放心しているシルルをスルーして、さっさと話題を変える。
「遊びに!」「……来ましたっ」
スイとラムが元気よく言う。
『爬虫類ハブって女子会しましょ! トランプと賭けコインなら持ってきたわ!』
ジュジュも答えるが、持ち物があきらかに男子会のそれだ。
「ただ遊びに来ただけ……?」
ククは、やや戸惑い気味。
「違うよ!」「……お泊りです」
『パジャマパーティーもするわよ! 参加費は、あとでもらうわ!』
「お泊り? パジャマパーティー?」
正答を求めるように、僕のほうを見る。いきなりだったから戸惑わせてしまったか。
「うん。せっかくだから、この屋敷に一泊させてもらおうと思ってね」
ククも仲間になったことだし、みんなで休暇を過ごそうと思ったのだ。
これも、一種の“家族サービス”みたいなものかな。
「べつに、目的がないと来ちゃダメ、ってわけでもないでしょ?」
「でも……」
「なにか、まずかったかな?」
「……ご予約のないお客様は、ちょっと」
「いつから予約制になったんだ」
「さあ? ダンジョンだけに、その謎は迷宮入り……なんちゃって……ぷっ」
『あひゃひゃひゃひゃ! うひーっ! 息できない! げほっ! うぇっ!』
「うん、全然面白くないから」
ダメだ。つい、彼女のペースに振り回されてしまう。
というか、ジュジュがうるさくて話ができない。
「それで……」
と、ククが何事もなかったかのような澄まし顔で続ける。
「本当に……今日も、遊んでくれるの?」
「うん」
「若いうちから遊んでばかりいたら、将来ろくな大人にならないのに?」
「いや、そう言われてもね」
「ふーん」
ククは納得したように頷く。
「なるほど、暇人か……」
「そういうわけじゃない」
「それは嘘。ノロアの全身から暇人の波動を感じる。ほとばしってる」
「ほとばしってないから」
「ノロアから“暇”を抜いたら、なにが残るの?」
「まるまる全部だよ」
「それはどうだろうか」
「さっきから、僕を怒らせたいのかな」
「さあ?」
こてん、と首を傾げられる。
「でも、そんなに遊びたいなら……仕方ないから、遊んであげてもいい」
「……わーい」
結局、こちらが折れることにした。
ククの顔が一瞬だけ、うれしそうに緩み……笑ったように見えた。
が、恥じるように、すぐにポーカーフェイスの奥に隠してしまう。
「で、なにして遊ぶ?」
『女子会といったら、やっぱ酒とギャンブルよ!』
そんな女子会は嫌だ。いや、女子会に幻想を抱いてるわけじゃないけども。
「鬼ごっこ!」「……読書会」
「わたしは、なんでも……」
「僕もべつに」
「そういうの一番困る。悔い改めるべき」
「そう言われてもね」
「仕方ないから、わたしが決める……」
結局、この日は、寝るまでククたちと遊んで過ごした。
こういうのを家族サービスというのか、よくわからないけど。
まあ、悪くない休日だったと思う。
閑話みたいなものでしたが、これにて3章終了です!
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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