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家族サービス

「明日は、お休みなんですか!」


 宿に帰り、夕食の席で明日の話をすると。

 シルルが、ぱぁっと笑顔を弾けさせた。うきうきと年相応の少女らしくはしゃぎだす。


「では、明日は1日、一緒にいられるということですね!」


「そうだね」


「やった!」


 ずいぶん、うれしそうだ。

 そういえば、シルルはほとんど1日中、内職で部屋にこもってるんだっけ。そりゃ、寂しいはずだ。

 せっかくの休みだし、シルルにいつも通り過ごさせるのも忍びない。

 やっぱり、“家族サービス”とやらを実践してみるべきか。


「そうだ、シルル。明日は予定とか……」


「ありません」


「あれ、内職は……」


「ありません」


「そ、そっか」


 即答すぎて、ちょっと怖かった。


「まあいいや。それじゃあ、一緒に森でも行かない?」


「森デートですか!?」


 ガタッ、と立ち上がるシルル。


「……? まあ、いろいろと今後のためになることをしようと思ってね」


「今後のためになること!?」


「うん。シルルはもう家族みたいなものだしね」


「家族!?」


「だから、シルルの知らないことを、いろいろと教えようかなと」


「いろいろと!?」


「そ、そうだけど」


「わかりました! さっそく準備しますね!」


「え、行くのは明日だけど」


「じっとしてられなくて」


 夕食そっちのけで、荷物をまとめだすシルル。

 やけにテンション高いな。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くやるべきだったか。

 家族サービス。いいことを聞いたかもしれない。


『……いいの、あれ?』


 ジュジュがさりげなくシルルの夕飯を奪いつつ、呆れ顔をする。


「いいのって、なにが?」


『わからないならいいわ……ふわぁ』


 ジュジュが背中をぽりぽりかきながら、かごで作ったミニチュアベッドに入っていった。

 夕食をお腹に入れて眠くなったのだろうか。うらやましいぐらいフリーダムな生活スタイルだ。


「ノロア様! 準備完了です!」


「あ、早いね」


「こんなこともあろうかと、以前から準備してたんです!」


「君はエスパーかな?」


 ついさっきなんだけどな、家族サービスしようと思ったの。

 僕の行動なんて数手先までお見通しだ、という意思表示だろうか。

 まあ、乗り気になってくれたならいいか。

 ……嫌がられるよりは、ね。


   *



「――というわけで、天幕テントはこの2つの張り方をまずは覚えること。川の近くは鉄砲水が怖いから避けること。あとは、できるだけ魔物避けの鉄粉と、獣・虫避けのニンニク酢を周りにまくようにすること……」


 レイヴンヤードから少し離れた森にて。

 僕が天幕の張り方をレクチャーしていると、シルルがおずおずと挙手した。


「あのー、ノロア様?」


「なにかな」


「なんだか、冒険者講座みたいになってませんか?」


「まさにそのために来たんだよ」


「えっ」


「えっ」


 シルルがきょとんとする。

 おかしいな。いまいち、伝わってなかったのか。


「念のため言うけど、今からするのは冒険の指南だよ」


「そん、な……」


 シルルのためになること。

 そう考えたとき、僕にできるのは冒険の指南ぐらいしか思い浮かばなかった。

 一応、シルルも冒険者になっていたし、冒険のノウハウを教えれば、今後のためになるだろうと。まあ、冒険者関係なく、普通の旅でも使える知識だしね。


 ついこの間までGランクだったといっても、僕は冒険について10年近くの経験がある。これでも一応、ベテランなのだ。

 だから、僕にだって冒険のコツぐらいは教えることができる。


 そう丁寧に説明すると、シルルはなぜだか涙目になった。


「うぅ、またノロア様にいじめられました……」


「いじめてないよ」


 そんなスパルタ教育はしてないんだけどな。僕は褒めて伸ばす主義だし。


「まあ、疲れたなら休憩にするか。だいぶ歩いたしね」


「え? まだ大丈夫ですが……」


「休憩のコツは、バテる前に取ることだよ」


 バテてからだと、かえって体力の回復に時間がかかるし、いざというときに動けなくなる。

 それに、最初からあまり無理をさせたくはない。とくに初心者は、まだ自分のパフォーマンスを把握できてないから、無理して怪我しやすいのだ。


 というわけで、作ったばかりの天幕で休むことにする。

 冒険者たる者、休むときも全力だ。

 周囲を警戒しつつ、いつでも動けるように膝は立てておく。


「え、えっと……」


 一方、シルルはといえば、慣れないアウトドア体験に緊張しているのか、そわそわと髪をいじったりしていた。落ち着かないように何度も座り方を変えて、それから。


「……んっ」


 意を決したように目を閉じ、こつんと肩をぶつけてきた。


「……~~っ」


 シルルの顔が熱を持ったように、ぽっと赤くなる。


「あ、あぅ……ノロア様、これは」


「大丈夫。言わなくてもわかってるから」


「えっ! その……」


「密着することで、体温を下げないようにしてるんだよね」


「…………」


 たしかに、シルルの考えは正しい。

 休憩中とはいえ、体を冷やさないことは大切だ。

 体が冷えると、それだけで予想以上に動きが鈍くなってしまう。

 冒険者の基本ではあるが、まだ教えてないことにも気づくとは。なかなか見込みがあるな。


「あ、あの……」


 と、シルルがちらちらと僕のほうを見上げてくる。


「……二人きり、ですね?」


「え、ジュジュと双子もいるよ? みんな、飽きて寝てるけど」


「…………」


「あ、そうだ。水筒、空になってたよね。ちょっと水くんでくるよ」


 僕は気がきく男なのだ。

 近くの川へ向かい、なるべく流れの早い部分で、鍋に水を入れる。

 それから、炭をくるんだ布でゴミをし取り、水筒へ。


「川の水って、飲めるんですか?」


「うん。慣れないうちは、嘔吐・下痢・発熱・血便などの諸症状が出ると思うけどね」


「へ?」


 シルルの動きが、ぴたりと止まった。


「嘔吐、下痢、血便……」


「あ、大丈夫だよ。回復薬あるから」


「それは、私の知ってる大丈夫とは違います……」


 まあ、抵抗があるのは仕方ないか。だけど、これも訓練の内だ。心を鬼にしよう。


「シルル。冒険者にとって、装備の次に大切なのは、なにかわかるかな?」


「真実の愛でしょうか」


「うん、違う」


 かすりもしなかった。


「正解は、“冒険できる”ということだ」


「冒険できる?」


「簡単に言うと、サバイバル能力だね。どんな環境でも食料や水を調達して生きられる、ってのが大切なんだ」


 魔物を倒すには、ダンジョンや森の中を何日間もさまようこともある。冒険者の専門はあくまで戦うことだけど、戦うまで生きていられなければ意味がない。たとえ生きていても、腹を下しながらでは魔物は倒せない。


「つまり、生水への耐性が必須なんだ」


「……えー」


 水というのは、見るだけでは綺麗かどうか判断できないものだ。

 動物が飲んでれば安心、この魚や虫がいれば綺麗……みたいな判断基準は、全て気休めでしかない。

 澄んでいるからといって油断できないし、そもそも腹を下すかどうかは個人差もある。獣の糞や死体で汚染されれば、今まで飲めていた水で腹を下すこともある。

 かといって、いちいち煮沸してる余裕はない。

 浄水装備というものもあるけど、だいたいは貴族向けだし……最低限、流れのある川の水ぐらいは飲めないとやっていけない。

 そのため、生水耐性をつける訓練は、冒険者になるための登竜門みたいなものなのだ。


「ノロア様、一つだけ教えてください」


 やがて、シルルが意を決したような面持ちで尋ねてくる。


「――お腹を下している女の子は、好きですか?」


「は?」


「お腹を下している女の子を見ると、わくわくするとか……ありませんか?」


 あれ……僕、スカトロマニア疑惑かけられてる?


「べつに、そんなアブノーマルな趣味はないけど」


「で、では、これから好きになる予定とかは……」


「あってたまるか」


 結局、普通に煮沸することにした。

生水耐性うんぬんについては、ファンタジー世界だからこそ通用するネタなので、真似しないでください。


ちなみに余談ですが、初期の頃の案では、ノロアは名前そのままに女性キャラでした。まあ、ヨーロッパの「あ行」で終わる名前って女性名が多いイメージありますしね。そのときの容姿や性格の一部はジュジュに引き継がれていますが、現在のノロアにも女性時代の名残がちらほらあったりします。異性にまったく興味を示さないのも、今後の伏線であると同時に、そのときの名残でもあります。


あと一話、休日回やります。

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