音喰イ貝《サイレント・シェル》
呪いの装備の調査員になってから、2週間ほど経った。
調査員になったメインの目的は情報収集だったけど、呪いの装備の情報もどんどん入ってくるため、収集のほうも捗るようになってきた。
「――くくく……この“怪盗サイレンス”を捕まえられる者などあべしっ!?」
夜の街にて、こそ泥を瞬殺して、呪いの装備を奪う。
・音喰イ貝
……音を食べる巻貝。栓を抜くと、貝の周囲に音を封じ込める防音結界を張る。装備者の耳を食べようとする。
ランク:S
種別:アクセサリー
効果:封音殻(半径3m以内の防音結界を張る)
代償:開栓時、装備者の耳を食おうとする。
――装備奪取、完了。
「お、久々のSランク」
今回手に入れたのは、巻貝の貝殻みたいなアクセサリーだった。貝の口の部分には牙がびっしり生えていて、轡のようにコルクの栓を噛ませてある。
ペット枠の装備かな。すごいラブリー。
『で、どんな効果よ?』
ジュジュが腰鞄から、うずうずしたように出てくる。
「なんか、防音結界ってのを作れるんだって」
『防音結界? おならしても、周りに聞こえなくなる的なやつ?」
「君、人形なのに、おならするんだ」
「わ、わたくしはしないわ! 仮にするとしても、ラベンダーの香りとかするし!」
「べつに、君のおなら事情に興味はないけど……まあ、効果については、だいたいそんな感じかな」
足元で伸びている怪盗サイレンスとかいう男は、物音をいっさい立てずに盗みを働いていたらしい。
とすると、これは隠密行動用の装備といったところか。
試しに栓を抜いてみると、貝がうねうねと暴れだした。装備の説明文にあるように、僕の耳を食べようとしているんだろうか。
思ったよりも力が強く、貝が手から飛び出す。
「うわっ」
矢のように、僕の耳へと一直線に飛ぶ。
とっさに、スライムシールドの仮面を変形して耳を覆った。
ほぼ同時に、がちっ! と、貝とスライムシールドがぶつかる。
「危な……」
音喰イ貝は、しばらくスライムシールドに齧りついていたが……やがて、あきらめたらしい。
ぽてり、と僕の手の中に落ちて、口惜しそうに牙を鳴らす。
まあ、なかなかじゃじゃ馬な装備だけど、耳さえ防御していれば問題はなさそうだ。
「防音結界のほうは……発動してるのかな?」
よく見ると、周囲にうっすらと透明な膜のようなものができた気がする。
『ジュジュ様、わっしょい!』
いきなりジュジュが叫びだした。錯乱したのかな。
『よし、声が響かないわね。これなら、いつでもどこでもカラオケし放題だわ』
「させないけどね」
まあでも、久しぶりに実用性のある装備と当たったな。
寄生宮以来じゃないだろうか。
これがあれば、ジュジュがしゃべりだすたびにリッカ先輩の耳をふさがなくても済みそうだ。最近は耳をふさぐたびに、すごい悲しげな顔をされるようになってきたし……精神的につらかった。
「……ノアー! どこー?」
と、噂をすれば、リッカ先輩の気配が。
ぱたぱたと特徴的な足音が、僕のいる裏路地のほうへ近づいてくる。
僕は急いで、身に着けていた変装セット&怪盗サイレンスを、暴食鞄に収納した。
「先輩、こっちです」
「あ、いた!」
リッカ先輩がひょっこり姿を現す。
「そっちに怪盗いた?」
「いえ、いなかったですね。逃げられたみたいです」
「えー! せっかくの“当たり”だったのに!」
リッカ先輩が悔しげに地団駄を踏む。
どうも調査員として成果を出すと、審問官に昇進するチャンスがもらえるようで、リッカ先輩はそれ目当てで調査員になったらしい。
そのため、先輩はかなり仕事には熱心だった……幽霊関係は除いて。
「もう! ノアも、ちょっとはやる気出してよ! そんな、ぬぼーっとした顔してないで!」
「これが真顔です。すいません」
「とにかく、なんとしてでも捕まえるからね! 怪盗……サイエンスを!」
「理系っぽい怪盗ですね」
なんか、『これが科学の力だっ!』とか言いそう。ちょっと、かっこいい。
それからしばらく、リッカ先輩と街を駆けずり回った。
当然、収穫はゼロだった。
*
「あーあ……また略奪者に先越されたかぁ」
ロレイスさんに調査の報告をしたあと。
リッカ先輩がふてくされたように道端の小石を蹴っていた。
僕たちが報告する頃には、怪盗サイレンスが捕まっていたらしい。こっそり衛兵の詰め所前に置いてきたけど、思ったよりも早く、審問官に回収されたようだ。
「もう、ノアがサボるのが悪いんだからね。よくトイレ行くわ、急に裏声で叫びだすわ……」
「は、ははは……すいません」
「へらへらしないの。まったく、ノアはいつもいつも……」
リッカ先輩のお説教が始まる。
今日は、いつもに増してお説教が長い。ずいぶんと、おかんむりのようだ。
僕はへこへこと平謝りしながら、先輩の半歩後ろを歩く。
「にしてもさー」
お説教が終わった合図か、リッカ先輩の声のトーンが少し変わる。
「略奪者って……最近、なーんか、あたしらが調査してるやつばっか狙うよね」
「偶然ですよ」
「うーん、なーんか複雑」
「複雑って?」
「略奪者だと、成果取られても怒れないっていうか。ほら、あたしって略奪者ファンじゃん?」
「初耳ですが」
いや、たしかに以前、略奪者をやたら持ち上げてたけど。
リッカ先輩は指をもじもじさせながら言う。
「略奪者ってさ、なんか……あれじゃない? かっこよくない?」
「かっこいい、ですか?」
「う、うん……ほら、すごい強いしさ。悪い“呪い持ち”に勇敢に立ち向かって、たくさんの人を守ってる、っていうの? そういうの、すごいなぁって思うし……あたしも、あんなふうに強くなりたいなぁって……」
恋する乙女の顔だった。
「一度、会ってみたいなー」
「そうですねー」
適当に流す。略奪者トークに花を咲かせたくはないし。
とりあえず、頭を撫でて話題をそらす。
「ちょっ、なんで頭撫でるの!?」
「面白いからです」
「先輩を玩具にするなー!」
リッカ先輩に怒られ、平謝りする。
そこで、自然と会話が途切れて。
「あっ……あたし、こっちだから」
リッカ先輩が分かれ道で立ち止まった。
「そういや、言い忘れてたけど、明日は仕事休みだからね」
「休み? それって都市伝説じゃ……」
たしかに、求人票には『年間休日120日!』『残業月20時間!』とか書いてあったけども。
「ま、最近は仕事多すぎだったしね。いつもはこんなものなの」
リッカ先輩が、んん~っと小さな体をいっぱいに伸ばす。
休日前の解放感を、全力で表現するように。
「……伸びしても、ちっちゃいなぁ」
「はい?」
「ごめんなさい、なんでもないです」
「次言ったら、頭突くから」
「あごにクリーンヒットしそうですね」
わりとダメージ食らいそう。
「さて……明日は、久々に家族サービスでもするかなぁ」
「家族サービス? なんですか、それ」
「え、なにって聞かれても困るけど……家族のためになることをする、みたいな?」
「なるほど」
ためになること、か。
家族がいなかったから馴染みがなかったけど、そういう文化もあるんだな。
なんて感心していると。
「そういや、ノア……前から気になってたんだけど、その腕輪なに?」
「え?」
気づけば、リッカ先輩の視線が、僕の左腕に注がれていた。
正確には、左腕にある腕輪――寄生宮に。
「ずいぶん高そうな腕輪だよね。買ったの、それ?」
「あ、いや、これは……幽霊屋敷に泊まった記念に、持って帰ってきたやつです」
「はぅわ!? なに持って帰ってんの!?」
リッカ先輩が、ぎょっと飛び退く。
「の、呪われたりしてないよね? その腕輪……」
――くすくすくすくす……。
「なんか今、笑い声した!?」
「え……」
「したよね!? 絶対に!」
――くすくすくすくす……。
「ほらぁ! またぁ!」
「……僕には聞こえないですね」
「なんでよ!?」
リッカ先輩がちょっと涙目になる。
「あたしがおかしいの……?」
「そうに違いないですね」
「断言された!?」
「きっと疲れてるんですよ。明日は1日、しっかり休んでください」
「……そうする」
リッカ先輩が青ざめながら、ふらふらと帰っていく。
なんだか、悪いことをしたな。腕輪をこつんと指で叩く。
「こら、クク。あんまり先輩をからかわないようにね」
「からかわれるほうが悪い。悔い改めるべき」
「いじめっ子理論かな」
それはそうとして。明日はどうやって過ごそうか。
まさか休みになるとは思わなかったから、なにをするかとか考えてない。休みの日は、前日までにしっかりスケジュールを立てておかないと気が済まないタチなのだ。
久しぶりに武具屋回りでもするか? それとも図書館で勉強? 日課の剣の訓練を増量させるのもありだな。あとは呪いの装備の利用法開拓とか……。
そんな考えを巡らせていたとき。
ふと、リッカ先輩の言っていた“家族サービス”という言葉を思い出した。
家族サービス。家族のためになること。
まあ、家族ではないけど……シルルや装備たちには、いろいろと苦労もかけてるしな。
たまには、“ためになること”をしてあげるべきか。
ポイント評価ありがとうございます!
ちなみに音喰イ貝については、耳の中にある蝸牛という器官(あのカタツムリの殻っぽい部分)が巻き貝に似てるという理由で貝にしたんですが。
『蟲師』で似たような蟲がすでに出てましたね……。
というか、知らないだけで同じようなネタはたくさんありそう……。