調査報告
幽霊屋敷を調査した、次の日。
僕とリッカ先輩は、審問官の事務所に来ていた。
幽霊屋敷の調査報告のためだ。
「――つまり、幽霊屋敷は消えていたということですね?」
ロレイスさんは静かに言うと、査定するような目でこちらを見てきた。
なにかを試されているような気分になり、思わず左腕を隠す。
「そう! まさにそう! さっき行ったら、跡形もなく消えてたの! イリュージョン!」
一方、なにも知らないリッカ先輩は、顔を上気させながらまくし立てていた。思わぬスクープを報告できたためか、だいぶ興奮しているらしい。
「……いったい、幽霊屋敷はどこへ消えたんでしょうね」
「やっぱ、略奪者だって! 略奪者が颯爽と持ち去ったんだよ!」
いきなり出てきた単語に、思わずむせそうになる。
「屋敷を持ち去ったんですか。とても力持ちなのですね、略奪者というのは」
「略奪者なら、屋敷ぐらい指先一つで持ち上げられるし!」
え、なに、その略奪者へのリスペクト……?
「あの、さすがに屋敷はきついんじゃ」
「ノアは略奪者を見たことないから、わからないんだよ!」
「まあ、見たことはないですね」
セルフでは。
「しかし……略奪者ですか」
ロレイスさんは呟いてから、しばらく僕たちを眺めたあと。
「いいでしょう」
と、頷く。
「報告はわかりました。今日のところは、これで切り上げていいですよ」
その言葉を聞いて、僕はこっそりと息を吐いた。
これで、調査員としての仕事は、無事完了だ。
なんとか……切り抜けることができたらしい。
*
事務所から出ると、すでに時刻は昼過ぎだった。
昼下がりのレイヴンヤード市内は、活気に満ちていた。
売り子の呼び声、走りまわる子供たち、パレードのような金持ちの葬儀の列……。
近いうちに大きな祭りがあるからか、早くもその準備に明け暮れている市民も多い。通りの上には赤い提灯が吊るされ、その周囲では紅い蝶がふらふらと風に遊んでいる。
平和な光景だ。
装備狩りがいなくなったからか、以前よりも人の往来が増えている気がする。僕が思っている以上に、略奪者には影響力があるのかもしれない。
「……本当によかったの?」
ふいに、声をかけられた。
近くに人はいない。ジュジュも今はお昼寝タイムだ。
とすると、声の主は一人だけ。
僕は服の袖をまくり、左腕につけられた“腕輪”に目を落とす。
「よかったのって、なにが?」
「わたしのこと」
「ククのこと?」
「ん」
姿は見えないけれど、腕輪の中でククが頷くのがわかった。
「わたしを持ってるの見つかったら、まずいんでしょ。さっきも気にしてた」
腕輪から、また声がする。
ククの髪を思わせる、なめらかな緑色の腕輪。
この腕輪は、今朝まで幽霊屋敷だったものだ。それをククのダンジョン操作の力で、コンパクトな腕輪形にしてもらった。“外に出たら死ぬ”という代償も、こうして体の一部が入ってさえいれば回避できる。
これが、寄生宮の代償の抜け道だ。
これなら、寄生宮の外に出ないまま、寄生宮の外を出歩くことができる。
もっとも、呪いをまた一つ背負い込んでしまったことには変わりない。
審問官に見つかりでもしたら、即アウトだ。
「まあ、まずいのは確かだね」
「やっぱり」
「でも、後悔はしてないよ」
「え……」
「携帯式のマイホームも手に入ったからね。装備な家とか、まさに男の夢だし」
「ん」
ちょっと、むくれたような『ん』だった。
ククの表情は見えないが、少しだけ感情表現が豊かになった気がする。
状況が変わったことで、わずかにでも吹っ切れたものがあるのかもしれない。
「つーん」
「えっと……ククさん?」
「つーんつーん」
とはいえ、これはどうしたものか。なにか、気に障ることでも言ったかな?
装備心というものは、あいかわらず複雑怪奇でつかめない。
なにか話題を変えたほうがよさそうだけど……。
「あ、そうだ」
ふと、思い出す。
そういえば、ごたごたしてて言い忘れていたことがあった。
たいした言葉でもないけど、ちゃんと伝えておこう。
「ちょっと遅れたけど」
と、僕は腕輪を撫でながら言う。
「これから、よろしくね……クク」
「ん」
もう一度、ククは小さな声を出す。
今度の『ん』は、心なしか弾んでいるように聞こえた気がした。
これにて、墓庭編の2章終了です!
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