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彼女を――捕まえた

 鬼ごっこのタイムリミットが迫る中、僕は()()へ向かっていた。

 ()()に行けば、ククが出てくるとわかっていたから。

 ククの妨害があったものの、鬼ごっこ終了間際には、なんとか()()へたどり着き。

 そして、その僕の目論見は当たった。


「……待って」


 背後から、ククの声。今までのような余裕のある無気力声ではない。

 やっぱり出てきたか。

 思えば、初めて彼女が姿を表したのも――()()()()だった。


「……で、出てくの?」


 ククの声がふらつくように、不安げに揺れる。

 それほど恐れていたのだろう。僕がこの屋敷から出ていってしまうのを。


「出たら、死んじゃう」


「大丈夫、死なないで出る方法があるんだ」


「え……」


「だから――もう、遊びの時間は終わりだよ」


「……っ」


 ククが、息を呑む。

 なんてことはない……僕はただ、鬼ごっこを終わらせようとしただけだ。

 鬼ごっことは、捕まることを楽しむ遊び。

 けっして一人ではできない。一緒に遊んでくれる人がいなければ成立しない。

 僕と永遠に遊ぶことを望んだククが、僕が外に出るのを止めようとしないはずがなかった。

 言ってみれば……僕は、僕を人質に取ったのだ。


『ま、鬼が勝手に帰ろうとしたら、そりゃ焦るわよね……』


「あるじ……ずるい」「……幻滅です」


『さいってー』


 なんか、仲間たちの視線が痛いけど……まあいい。

 たとえ卑怯だろうと、ここに閉じ込められるわけにはいかないのだ。

 外には、僕を待っている人だっている。

 シルルとか……レイシャさんとか? うん……あとは、あんまいないかな。

 あれ? 僕の交友関係、狭すぎ……?


「わたしとの遊び、楽しくなかった?」


「そういうわけじゃないよ」


 楽しかったかは自分でもよくわからないけど、不思議と懐かしい気分にはなれた。もしかしたら鬼ごっこは、無条件に人を童心に帰らせるのかもしれない。


「それなら……ずっと、ここで遊んでいればいい」


 ククの声はだんだんと、すがるような切迫したものになっていく。


「ここには、なんでもある。楽しいものも、美味しいものも、きらきらしたものも……欲しいものは全部手に入る……」


「それは嘘だ」


「え……」


「なんでもあるなら、僕を引き留める必要はないよね」


 なにもかもが満たされているのなら、外から入ってきた異分子なんかにすがる必要はないのだ。

 ここにはないから、ククは欲しがっているのだ。

 一緒に遊んでくれる――仲間を。


 思い出してみれば、ククはずっと寂しがっていた。

 だから、偶然入ってきた僕たちを歓迎し、不器用にもてなそうとした。

 だけど。


「悪いけど、僕は外に出るよ」


「ま……待って……行かないで……」


 ククの声に、初めて強い感情が現れた。


「嫌……嫌ぁ……」


 不安、恐怖、焦り……そんな彼女の心理を反映したのだろうか。

 突然、屋敷が――ぐにゃり、とねじ曲がった。

 空間がぐるぐると回転し、扉や絵画が宙を飛び交い、壁という壁から階段や柱がうねうねと生えてくる。

 屋敷の中身を、ぐちゃぐちゃにかき混ぜているような光景。

 燭台の炎は消え、辺りは暗闇に沈む。

 窓から注がれる、かすかな夜光の中、ククの紫水晶のような瞳だけが月光のように輝いていた。


「嫌……嫌なの……」


 屋敷そのものが、僕の行く手を阻もうとしてくる。


「待って……一人は、嫌……嫌なの……もう嫌なの……耐えられないの……!」


 ククがこちらに手を伸ばしてくる。

 この寄生宮は、少なくとも墓場ができる前からあるという。彼女の自我がいつ芽生えたのかわからないが、それでも気の遠くなるほど長い年月を、一人で過ごしてきたんだろう。

 そんな彼女の気持ちがわかる、と言えるほど傲慢ではないけど。

 一つだけ、言いたいことはあった。


「あのねぇ……」


 思わず、溜息をつく。


「僕がいつ、君を一人にするって言った?」


「え……」


 ククが戸惑ったように、動きを止める。

 そう……最初から、彼女を一人にするという選択肢なんてないのだ。

 そもそも、彼女はもう僕の装備みたいなもの。離れようにも離れられるわけがない。


「まったく。人の話は、最後まで聞いてくれないかな」


「でも、遊びの時間は終わりって」


「明日もあさっても、遊べばいいだけの話だよ」


「でも、出てくって」


「うん、そうだね。だから……」


 僕は頷いてから、ククの手を取った。


 彼女を――捕まえた。


「あ……」


「一緒に行こう」


 すでに、玄関の扉を遮るものはなくなっていた。

 扉を、押す。

 重厚な両開きの扉が、ゆっくりと軋みながら開いていく。

 隙間から白い光が膨らむように入り……そして、ぱっと弾けた。


 ちょうど、夜が明けようとしているらしい。

 地平線まで続いている墓場――その十字架の彼方から、朝日が昇る。

 白光が、夜を裂く。この夜を終わらせようとするように。


「……まぶ、しい」


 ククが顔の前に手をかざした。

 ずっと屋敷にいた少女にとっては、目がくらむほどの光量なのかもしれない。

 しかし、彼女はその光から目をそらさない。


「じゃあ、行くよ」


 外に出たら死ぬ。それが、この寄生宮の代償だ。

 それでも、僕はその扉の先にある光に向かって、足を踏み出した。

 僕の靴底が、玄関先の敷石を――踏む。


「……っ」


 心臓が一瞬、大きく鼓動する。

 しかし、それだけだ。なにも起こらない。

 そうなるのは、わかっていたとはいえ……思わず、大きく息を吐く。


 思えば、僕が寄生宮を装備したとき、体全体が屋敷内に入っていたわけじゃないのだ。足先が屋敷に入っただけの状態で、僕はこの寄生宮を装備した。

 もしも『全身が入っていないと死ぬ』という代償なら、その時点で僕は死んでいたはず。

 つまり、体の一部が入ってさえいれば、“外に出た”ことにはならない。

 これが、寄生宮の代償の抜け道だ。


 それさえわかれば、あとは簡単。

 外には出ずに、ダンジョンを持ち運べばいい。

 ククの協力さえあれば、全てがうまくいく。


「――クク、ダンジョンクリアの報酬をもらうよ」


 そして、僕は彼女に一つのお願いをした。

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