鬼ごっこは、空中戦へ
・前回までのあらすじ
呪いの装備の代償で、屋敷に閉じ込められてしまう
→代償に対処するには、ダンジョンを操作しなければならない。
→幽霊少女に鬼ごっこで勝ったら、ダンジョン操作してもらえることに。
鬼ごっこが始まってから、数時間後――。
すでに鬼ごっこは、空中戦へと移行していた。
「くすくすくすくす……」
『ノロア、あっちよ! あっち!』
「あるじ、上!」「……左斜め45度です」
吹き抜けの廊下に浮かんでいる、幽霊少女クク。
彼女に向かって僕は跳んだ。
スライムソードの先を天井のシャンデリアに巻きつけて、一気に縮める。
その勢いで、ククへと急接近――。
ククが廊下から壁や階段を生やして足止めしようとするが……そのパターンはもう何度も見た。
僕は壁を切り裂き、または足場にして、さらに上へ。
あと少しで、ククに手が届く。
そう思った、が――。
「残念賞」
ククが腕を振り上げると、廊下の景色がぐるんと180度回転した。
上だった場所が――下に。
下だった場所が――上に。
重力が逆転し、僕は天井へと落下する。
「うっ」
体勢を整える暇もなく、びたん、と天井に背中を打ちつけた。
顔を上げれば、ククの姿は――すでにない。
また壁の中にもぐってしまったか。
ただ、壁の中に一定時間いてはいけないというルールはある。
だから、壁から出たところを叩く、というのが最善なんだろうけど。
「“ククの居場所”を示せ」
羅針眼に指示を出すが……ダメだ。
針の位置が定まらない。壁の中を高速で移動している。完全に対策されていた。
空中移動に、壁抜けに、ダンジョン操作……わかってはいたことだけど。
「……反則的すぎる」
壁にもたれかかり、息を整える。
鬼ごっこが始まってから、どれだけ時間が経っただろうか。ずっと動きっぱなしで、さすがに体力も限界が近い。足の筋肉もぱんぱんで力が入らない。
「あるじ、大丈夫ー?」「……水、いります?」
「あ、ありがとう」
幼女モードになったスイとラムが、心配そうに顔をのぞき込んできた。
装備と人間の差だから仕方ないとはいえ、子供たちがぴんぴんしてる中、僕だけバテてるというのは、なんとも格好がつかない。
「大丈夫だよ! ラムがちゃんと捕まえるから!」「……スイもこう見えて、鬼ごっこマスターと呼ばれたかった過去があります」
「そ、そうだね」
……子供に気を使われるのが、こんなにつらいとは。
『ま、おさわりすれば勝ちよ。いつか勝つに決まってるわ』
「ぜひとも、そう願いたいけどね」
鬼ごっこ。相手に触れることができれば勝ち。
とてもシンプルで、鬼に有利なルールのはず。
それなのに、どうしてだろう。まったく勝てるビジョンが見えてこない。
なんとか状況を打開しようとしたが……なにをやっても、状況が好転することはなかった。
やっぱりというべきか、この寄生宮はククのフィールドだ。
これでは、ワンサイドゲームにしかならない。
この鬼ごっこに勝たなければ、この寄生宮から抜け出すことはできないというのに……。
「くすくすくすくす……」
ククがふたたび壁から顔を出す。
「あそこだー!」「……挟み撃ちです」
スイとラムが飛びかかる――が、ギリギリのところで、すぃぃっと避けられる。
完全に舐めプだった。
「楽しい。こんなに楽しいのは久しぶり」
「こっちは、あんまり楽しくないけどね」
『わたくしは楽しいわ! いつか、大きい屋敷で鬼ごっこするのが夢だったの!』
ジュジュのテンションは高い。というか、さっきから鬼ごっこそっちのけで花瓶や宝石を物色している。ただ金目のものが好きなだけだろう。
「ちなみに、夜明けまで残り1時間」
「え、もう!?」
いや、そうか……この地域の夏は、夜の時間がかなり短いんだった。まだ夏至祭が終わったばかりだから、日没から日の出まで8時間ほどしかないはずだ。
とすると、すでに7時間も空回っていたわけか。予想以上に時間が経っていた。
屋敷の中にずっといたせいで、時間感覚が狂っていたらしい。
「ま、せいぜい頑張ってね」
ククはくすくす笑うと、壁に溶け込んでいく。僕らの手出しできないエリアだ。彼女が壁の中にいる時間が長いほど、こちらが不利になっていく。
「卑怯だよぉ! 出てこーい!」「……ルール違反ですっ」
スイとラムが、ぷくぅと膨れている。なんというか、これだけ見てると微笑ましい子供の喧嘩のようだけど。これでも命がかかってるんだよな……。
「参ったな。なんとか状況を打開する手は……」
『それより、お腹空いたんですけど』
「あっ、ラムも!」「……スイもそろそろ補給を」
『じゃあ、夜食にしましょ! 深夜に食べる飯はうまいわ!』
「だいぶ余裕だね、君たち」
もう、ほとんど時間がないというのに。
『ま、そんな心配しなくても大丈夫よ』
「ジュジュ?」
『あんたなら、きっと勝てるわ。なんなら、サンドイッチ食べながらでもね。だから、そんなサンドイッチに挟まれたハムみたいな顔する必要なんてないの。サンドイッチ食べましょ』
「うん。とりあえず、サンドイッチ食べたいんだね」
『ええ! 今日はサンドイッチの気分なの!』
「ラムは、ハムサンド!」「……スイはアンチョビサンドを所望します」
「はいはい」
暴食鞄から食事を出す。
非常食&暴食鞄の餌として、たまに食堂や屋台で補充しているものだ。レイヴンヤードは食料供給を輸入に頼っているだけあり、国際色豊かな料理と出会うことができる。
注文されたサンドイッチを配りながら、僕は壁のほうへ視線を向けた。
「それにしても、あの子はなんだろう」
『ククのこと?』
「うん」
『ま、この寄生宮の魂かしらね』
ジュジュがサンドイッチのチーズと格闘しながら、なんでもないことのように言う。
「どういうこと?」
『どういうことって、そもそも装備は“武具との魂の契約”じゃない。人間と武具のそれぞれの魂が契約するのが装備でしょ?」
たしかに、この世界では万物に魂が宿っている。だから木の枝や石ころでも、その魂と契約さえすれば装備することはできる。そして、武具の材料となった魂が強ければ強いほど、装備者は大きな力を得ることができる。
『で、その武具の魂がたまに自我を持つの。わたくしや双子みたいにね』
「武具が自我を……」
『ま、あくまで特殊ケースよ。呪いの装備に限った……ね」
「呪いの装備限定?」
どういう意味だろうか。いろいろと疑問はあった……が、ジュジュの顔を見たら、聞けなくなった。なにか言いたくないことがあるとわかったから。
だから、僕は代わりに質問した。
「ねぇ、ジュジュ。装備されないっていうのは……どういう感じなのかな」
『どうって、そんなの装備それぞれでしょ。わたくしは四六時中、「背中かゆ……」とか考えてたわ』
「背中かゆかったんだ」
『あれは地獄だったわ』
ジュジュはそう言ってから、わずかに髪をいじる。
『でも、そうね……どんな装備にとっても、あんまりいい気分ではないと思うわ』
「ラムも寂しかった!」「……ずっと箱の中にいました」
「そっか」
装備されていなくても、寂しいと思うことぐらいはできるらしい。
……ククは今まで、どういう思いで過ごしてきたんだろうか。
まともに装備されることもなく、装備者が現れてもすぐに死なれてしまって。
僕は何気なく、屋敷内を見わたした。
あいかわらず、目がくらみそうなほど豪華な空間だ。
床も壁も天井も、どこを取っても精緻な装飾付き。絨毯や壁布には刺繍がないものがない。
金箔に絵画に大理石に宝石……と、隅から隅まで贅が尽くされている。
なにもかもが満たされているような世界。
しかし……ここには、致命的な欠落がある。
「……やっぱり、捕まえないとね」
鬼ごっこは、捕まることを楽しむ遊びだ。
けっして一人ではできない。
隠れているだけでは、逃げているだけでは、楽しくはない。
捕まえてくれる人がいて、初めて楽しくなるのだ。
誰にも捕まえてもらえないのは、きっと寂しいだろう。
『ふーん? なにか、手があるって顔ね』
「卑怯な手だけどね」
ある意味で、鬼ごっこの必勝法。
限りなくグレーなやり方だけど、向こうも反則技を使ってるわけだし、おあいこだ。
――この屋敷で遊んでもらう。永遠に、ね。
ククの言葉を思い出す。それが彼女の望みなのだとしたら、きっと……。
そこに、彼女は現れる。










