――ようやく出てきたね
後ろを見ると、壁はもう目前まで迫ってきている。
「はわわわ……!」
「くっ」
仕方がない。リッカ先輩の頭を抱きしめる格好になり、右手の腕輪に意識を集中させた。
手の中に、すらりと水色の剣が現れる。
スライムソード。変幻自在の、攻撃力2000の剣だ。
その剣を壁に向かって、一閃。
ダンジョンの壁相手に、剣がどれだけ通用するか未知数だったが。
「……え?」
予想外にも、壁はあっさり切り裂けた。
攻撃の余波で壁が粉々になり、瓦礫が吹き飛ぶ。
――くすくすくすくす……。
気づけば、サプライズ成功とばかりに、少女のかすかな笑い声が響きだし。
突然、ぱかっと目の前でくす玉が割れて、血文字付きの垂れ幕が現れた。
――こんぐらっちゅれーしょん!
……なんか、祝われた。
遊ばれていた、ということか?
「の、ノア……? どうなってんの? なにも起こらないけど……?」
と、胸の中から、もごもごとリッカ先輩の声。
「なんか、もう大丈夫そうですよ」
「大丈夫? ていうか……いつまで抱きついてんの」
「あ、すいません。怖かったので、つい」
「まったくもう……」
僕はスライムソードを腕輪形に戻して、先輩を解放した。
「あれ、なんで壁壊れてるの……?」
「なんか爆発しました」
「……なぜ?」
「謎です」
リッカ先輩が目をぱちくりさせる。
「ほんと、変なことばっか起こるね、この屋敷……」
「やっぱり、幽霊でも住んでるんですかね」
――くすくすくすくす……。
少女の笑い声が、屋敷に響き続ける。
いったい、この声の主の目的はなんなのだろうか……?
*
それからも、屋敷では怪現象が次々と起こり。
玄関ホールに戻る頃には、すでに窓から見える景色が赤みがかっていた。
夕焼けに照らされた墓場の中、紅い蝶がふわふわと舞っているのが見える。
「はわわわ……もう、お家帰るぅ……」
完全にメンタルブレイクされたリッカ先輩。ちょっと幼児退行している。
だから、外で待ってればって言ったのに……。
「もう時間も遅いですし、今日の調査はここで切り上げますか?」
「えっ、帰っていいの!?」
「いや、そこは先輩が決めることですが」
「よっし! じゃあ、帰るよノア!」
即決だった。
でも……まだ、僕はこの屋敷から出られない。
外に出られない、という代償はまだ解決していないのだ。
「ちょっと、なに突っ立ってるの? まさか、帰りたくないとか言わないよね?」
「はい。帰りたくないです」
「そうでしょ? だから……へ?」
リッカ先輩がきょとんとする。
「先輩……僕、今日ここに泊まっていきます」
「泊まるって、この幽霊屋敷に?」
「イエス」
「……正気?」
「はい。今日ここに来て、確信しました。僕は幽霊屋敷に泊まるために生きてきたんだって」
「……正気ではないみたいね」
ドン引きされた。
「本当に泊まってくの? 危なくない?」
「そこがいいんじゃないですか!」
「ま、まあ……そこまで言うなら」
なにはともあれ、納得してもらえたらしい。
「じゃ、あたし帰るからね?」
「はい、お気をつけて」
「あっ、明日からは広場に集合だから」
「わかりました」
「じゃあ、帰……あっ、食べ物ある? 夕飯とか大丈夫なの?」
「携帯食があるので」
「じゃあ、今度こそ帰るから。本当に帰るからね?」
「はい」
「……あっ」
「あの、帰るなら帰ってください」
そうして、ぎぃぃぃ……扉が閉まり。
僕はこの暗い屋敷に、一人取り残される形となった。
「やっと、一人になれたか」
『ようやく、邪魔者が消えたわね!』
ジュジュが腰鞄から飛び出して、僕の体によじ登った。
ここが定位置と言わんばかりに肩に腰かけて、足をぷらぷらさせる。
『ふーん、なかなかいい屋敷ね! ここを“ジュジュ城”と名付けるわ!』
「舌を噛みそうな名前だね」
『そこがイケてるんじゃない! 今年のネーミング大賞まったなしよ!』
「はぁ」
ジュジュの感性は複雑怪奇だ。
「というか、閉じ込められてるのに余裕だね」
『はっ、そうだったわ!』
「忘れてたんだ」
そうそう忘れられる内容じゃないと思うんだけど。
まあ、それより今は――ダンジョンの核か。
核さえあれば、この寄生宮の代償もなんとかなりそうなわけだけど……。
「さて……」
僕は、後ろを振り返る。
そこにいるのは、わかっていた。
羅針眼の針が、そちらを示していたから。
「――ようやく出てきたね」
いつの間にか、僕の背後に、少女が浮かんでいた。
少し短めなので、今日中にもう1話更新します。










