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幽霊屋敷

 神聖国の辺境都市――レイヴンヤード。


 “墓庭都市”とも呼ばれるこの街を、もっとも特徴づけているのは、やはり四方を囲んでいる広大な墓場だろう。

 荒涼とした大地に、延々と十字架の群れが並んでいる。もはや誰がどこに埋まっているか、わかる者はいない。墓標は朽ち、そこに刻まれていたであろう名は風化していた。ただ、そこに人が埋まっていることの証のように、どろりと甘い死臭だけが辺りに漂っている。


「いい? 調査員として大切なことは情報を持ち帰ること。そのためには全滅しないことが大切なの」


 リッカ先輩が十字架をかき分けるように進みながら、新入りの僕に講義を続ける。


「だから、ペア同士は少し離れて歩く。これが基本ね」


「はい」


 しばらく調査員をやってみてわかったが、案外、基本は冒険者と変わらない。新しく覚えることも少ないし、これなら勉強に時間や労力を割くことなく……情報収集に力を注げそうだな。


「……ノア?」


「え、はい?」


「ちょっと、今の聞いてた?」


「あ、すいません。脇目も振らずにメモってました」


「えぇー……じゃ、もう1回言うからね」


 なんだかんだで面倒見がいい人だ。

 見た目は子供だけど、中身は姉御肌なのかもしれない。最初はけっこう新人教育を嫌がってたのに、なんだかんだで真面目にやってるし。


「墓場はちゃんとした道がないから、方向感覚が麻痺しやすいの。だから、まっすぐ進んでるつもりでも、気づけば利き足とは逆側に進路がずれてたりする。それを防ぐためには、常に現在位置を把握しておくことが重要ね」


 リッカ先輩が立ち止まり、手を前に掲げた。片目を閉じて、親指を立てる。


「こうやって、目印になるものとの距離を測るの。ほら、変わった形の十字架とか、首の落ちた石像とか、昔の教会の廃墟とかあるでしょ。そういうのを使って、ね。あとは影やコケから方角を調べて、地図と照らし合わせれば、だいたいの位置はつかめるから」


「なるほど」


 冒険者のとき、よくやってたやつだな。

 昔は戦闘で役に立たなかった分、こういう地味な仕事は全てマスターしなければならなかった。そうでもしなければ、装備ゼロで冒険者を続けられていたはずもない。

 まあ、今となっては羅針眼ラ・シンガンがあるから、迷うこともないんだけど。


 とりあえず、僕もリッカ先輩にならって、指を前に出してみる。


「えっと、現在位置はだいたいこの辺り、ですかね?」


「……あ、合ってる。しかも、あたしより早い……」


「先輩の教えの賜物です」


「え、そう? でへへ……って、まだ、やり方教えてなかったんだけど!?」


 リッカ先輩が、少しふてくされたような顔をする。


「……ぷい」


 機嫌を損ねてしまったらしい。人間関係って難しい。


「そ、それより、今日の仕事のことなんですけど」


 とっさに話題を変える。

 都合が悪くなったらとりあえず話題を変えるのが、僕のやり方だ。


「今日は幽霊屋敷の調査でしたっけ?」


「ん? そうだけど」


「ちょうど、あれですかね? 幽霊屋敷って」


「え……」


 前方に、開けた場所があった。

 十字架たちに塀のように囲まれた広場。

 その中央にたたずむのは、小さな屋敷だ。

 幽霊屋敷――それが第一印象だった。

 どんよりと黒く垂れ込めた雲の下、うごめくもやに包まれた屋敷。

 周囲ではカラスが不吉に叫び狂い、風が亡霊のようにすすり泣く。

 庭にいくつも転がってるのは……人骨だろうか。

 見るからに、悪霊とかいそうな屋敷だ。


 そして、この屋敷こそが、今日の調査場所のようだった。

 なぜ幽霊屋敷なんかを、とは思うが……どうも神聖国においては、『通常装備では説明がつかない怪現象=呪いの装備がらみ』というイメージがあるらしい。だから、おかしなことが起こると、とりあえず調査員が駆り出されるというわけだ。

 その多くがただの勘違いだけど、たまに本物が混じってるから、真面目に調査せざるを得ない。

 僕は気を引きしめて、屋敷に目をやる。


「噂だと、この屋敷に入った人は死ぬんでしたっけ」


「…………」


「墓場ができる前から建ってる、って聞いてましたが……思ったより綺麗ですね。もしかして、誰か住んでるんですかね?」


「…………」


「リッカ先輩?」


「…………」 


 返事がない。リッカ先輩は、こちんと突っ立ったまま固まっている。

 これは、もしかして……。


「あっ、あそこの窓に人影」


「はぅわ!?」


 リッカ先輩がびくっと飛び上がる。


「ど、どこ!? あっ、やっぱ言わないで!」


「あ、見間違えでした」


「ちょっ、いきなり怖いこと言わないでよ!?」


「怖い?」


「えっ、全然怖くないけど!?」


「うん、怖がってる人の反応ですね」


 リッカ先輩の挙動が明らかにおかしくなってる

 目が泳ぎまくりだし、汗はだらだらだ。思わぬ弱点を見つけてしまった。


「あの、大丈夫ですか? 怖いなら、僕一人で行きますが」


「は、はぁ!? 幽霊とか怖くないし!」


「べつに、幽霊がとは言ってませんが」


「と、とにかく! 全然、大丈夫だぶぅぅぅっ!?」


 言ってる側から、カラスの羽音にひっくり返ってるリッカ先輩。

 だいぶ大丈夫じゃなさそうだ。

 よくこの人、今まで一人でやってこれたな……。

 ロレイスさんが無理やりペアを組ませようとした理由がわかった気がする。


「まあ、無理そうなら言ってくださいね」


「無理なわけないし! あたしは先輩なんだから!」


「うんうん」


「なんで頭撫でるの!?」


 リッカ先輩って子犬みたいだから、つい頭に手が伸びてしまう。

 とりあえず、リッカ先輩の前に立って、屋敷に近づいていく。

 庭に足を踏み入れてみたが……まだ、なにかが起こる気配はない。

 なにかがあるとすれば、やはり屋敷内ということか。

 正面に見えていた大きな扉に手をかける。ここが玄関だろう。


「ん、鍵はかかってないみたいですね」


「ちょっ、いきなり開けないで! まだ、いろいろと準備が……ぁああああっ!」


 とりあえず、リッカ先輩をスルーして扉を開ける。

 ぎぃぃぃ……と、ざらついた悲鳴のような軋み音。

 それから、ぷんっと生温かい微風が鼻孔を撫でた。

 おそらくは長い年月、空気がこもっていたのだろう。ほのかに木材と埃と塗料のような匂いがする。


 屋敷の中は――暗くてよく見えない。

 カーテンが閉め切られてるにしても、暗い。

 ランタンでも持ってくるべきだったな、とか思いつつ、足を踏み入れると。



 ――ばちっ!



「……っ!?」


 突然、全身に雷が走った。

 血管や神経が暴れ、焼き切れるような感覚。体がばらばらに引きちぎられてるんじゃないか、と錯覚させるほどの激痛。

 予想外の衝撃だったが、同時に馴染みのある感覚でもあった。


「……強制、装備……っ!?」


 しかし、気づいたときには、もう遅く……僕は顔面から床に崩れ落ちていた。大理石のような、ひんやりと硬い感触が、頬に押しつけられる。


「の、ノア!? どうしたの、ノア!」


 感覚が戻ってくると、リッカ先輩の悲鳴じみた声が聞こえてきた。

 そうか、リッカ先輩の前だった。

 まずいな、タイミングが最悪だ。

 僕は急いで立ち上がり、なんとか作り笑いを顔に貼りつける。


「いや、ちょっと静電気が走ったみたいで」


「い、今の静電気だったの……? なんか、びくんびくんしてたけど」


「それは魚のものまねです」


「……なんで、そのタイミングで?」


 とりあえず、強引に押し通す。

 リッカ先輩も一応、信じてくれたらしい。

 心配顔から一転、うぷぷ、と頬を膨らめた。


「ふ~ん? でも、ノアって静電気が怖いのか~。やっぱ、先輩のあたしがいないとダメだな~」


 うわぁ、すごいドヤ顔してる……。

 さっきいじった仕返しなのか。そういうところも子供っぽいのだが。


 しかし、それにしても……やっかいなことになった。

 まさか、この()()()()()()が呪いの装備だったとは……。

 改めて、この屋敷の効果を確認する。


寄生宮パレ・サイト【呪】

……引きこもり御用達の宮殿。中に入れば、老いることなく、永遠に遊び続けることができる。

ランク:SSS

種別:防具(ダンジョン)

効果:HP+2100

   老化無効

代償:宮殿の外に出ると、HP=0


 老化無効って……。

 さりげなく人類の夢が叶ってしまったが。

 今は、代償のほうにしか意識がいかない。

 宮殿の外に出るとHP=0――つまりは、外に出たら死ぬということ。


「……嘘だろ」


 思わぬところで……それも最悪の形で、『屋敷に入ったら死ぬ』という噂の真相がわかってしまった。

 噂は正しかったのだ。

 この寄生宮に入ってしまえば、たしかに死ぬ。

 呪いの装備の代償によって……。


 どうやら、僕は……この屋敷に、閉じ込められてしまったらしい。

説明はいらなそうですが、一応、名前の解説。

寄生宮 = 寄生虫 + 宮殿

パレ・サイト = パラサイト(寄生虫) + パレス(宮殿)

HP増加量が2100なのは、“ニート”から。

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