リッカ先輩と朝礼
装備狩りを倒した翌朝。
僕は早朝から仕事に出かけていた。
呪いの装備の調査員――それが、僕の昼間の仕事だ。
呪装審問官の指揮の下、呪いの装備に関わってそうな人や場所を調べる――そう言うと、まともな仕事内容っぽいけど、実際は誰もやりたがらない汚れ仕事でもある。呪いの装備に関わるのは危険も多いし、下手に呪いの装備に触れてしまおうものなら即座に首をはねられてしまう。
じゃあ、なんでそんな仕事をやってるかというと、もちろん情報収集のいっかんだ。
調査員をやっていれば、審問官の内情がよくわかる。そのうえ、呪いの装備の情報も教えてもらえるのだから、僕としては都合がいい仕事だった。
今日は週1の朝礼だとかで、普段よりも宿を出るのが早い。
夏だから日はとっくに昇ってはいたが、まだ街には眠たげな空気が漂っている。
ジュジュも腰鞄の中で、二度寝中らしい。『……すぴー……すぴー……んがっ!』という品のない寝息が聞こえてくる。
「と、集合場所はここだったか」
街の中心を流れる水路をわたり、石造りの建物が多い旧市街に入ると。
すぐにそれが見えてきた。
角柱形の塔が並ぶ、古めかしい城砦。
呪装審問官の事務所だ。
旧市壁沿いにあった城砦を改築して使っているらしい。しかし、借り物の事務所とはいえ、その塀や門に染みついた血飛沫模様は、呪装審問官という組織の本質を、むしろ正確に象徴しているように思えた。
その事務所前の広場には、塩茹でにされた“呪い持ち”たちの首がさらされており、見るたびにぞっとする。
神聖国にはよくある光景らしいが……そういった些細な日常風景の数々が、この国の異質さを改めて思い出させてくれた。
さて、本日の集合場所は、この広場……との話だったが。
はたして、場所は合っていたようだ。
しかし……30分前に到着したはずなのに、すでにそこには調査員たちが整列していた。
ちらちらと視線を向けられて、なんとなく居心地が悪い。
「おーい、ノア! こっちこっち!」
と、列の上から、小さな手が突き出てきた。
なんだか溺れているように、手が浮き沈みしている。その手の動きに合わせるように、ぴょんぴょんと跳ねる赤い髪。
間違いない。仕事でペアを組んでいる先輩だ。
小走りで先輩のもとへ向かう。
「遅いよ、ノア」
手を振っていたのは、やはりリッカ先輩だった。
どこか子犬を思わせる小柄な少女だ。
守備力よりも素早さを重視したような軽装備で、ウエストポーチにはDランクぐらいのナイフが刺してある。なんだか盗賊職を思わせる装備構成だ。
「すいません、時間間違えました」
僕が慌てて頭を下げると。
「や、時間は合ってるよ」
と、返ってきた。
「ただ、朝礼じゃ、1時間前行動が基本だから。そうしないと、審問官のやつらにケチつけられるの」
「それもう、1時間前を集合時間にすればいいのでは」
「そしたら、その1時間前に集合することになるよ」
「はぁ」
よくわからない慣例だ。
この辺りの事情は、まだ仕事を始めたばかりだから手探り状態だった。
これから学んでいく必要があるけど……すぐに辞めることが確定している身としては、なんだか不毛な戦いな気もする。
「あれ、まだ来てない人もいますね」
調査員の列を見ると、ところどころに虫に食われたような穴があった。
「……それは、欠員」
リッカ先輩が言いづらそうに顔をしかめる。
欠員、か……つまりは、そういうことなのだろう。
呪いの装備の暴走に巻き込まれたのか、呪いの装備に触れて審問官に狩られたのかは知らないが……それだけ命がけの仕事だということだろう。
それから手持ち無沙汰なまま、数十分ほど立っていると。
「……審問官様のお出ましだよ」
リッカ先輩が耳打ちしてくれた。
調査員たちが一斉に口を閉じて、ぴしっと背筋を伸ばす。
それとほぼ同時に、審問官たちがやって来た。
訓練された軍隊さながらに、ぴったりと動きをそろえて行進し、調査員たちを包囲するように整列。それから儀礼用装備を威嚇するように抜き放つ。
正面にある木組みの指揮台には、チェスター・ヴィルが立った。
剣を杖のように突き立て、高みからこちらを睥睨すると。
「……野良犬がまた減ったか。ずいぶんと清々したものだな」
と、開口一番、鼻笑い混じりに言う。
“野良犬”というのは調査員の蔑称らしい。“教会の番犬”と畏怖されている呪装審問官とは対極に、穢らわしい犬といったニュアンスがあるようだ。
隣のリッカ先輩が、小さく眉を寄せ、調査員たちの目も心なしか険しくなる。
しかし、表立って反発する者はいない。
審問官への反抗は、死を意味するのだ。逆らえるわけがない。
それから、チェスターはくどくどと調査員をこき下ろしたあと。
「さて、さっそくだが本題に入ろう」
と、ようやく本題に入ってくれた。
「近頃、略奪者とかいう不埒な輩が現れていることは、貴様らでも知っていることだろう。なんでも審問官の手柄を奪い、市民のヒーロー扱いされることで悦に浸っている俗物らしい。まったくもって、けしからんやつだ」
チェスターが忌々しげに唾を吐き捨てる。よほど鬱憤が溜まっているのか、杖のように突き立てていた剣を、だんっと鳴らした。
「しかし、そもそも……なぜ、このような輩の台頭を許してしまったのか? その原因がわかるか、そこの野良犬」
「い、いえ……」
「ゴミめ」
チェスターが嘲笑う。
「ならば教えてやろう。それは、貴様らが無能だからだ」
「え……」
「貴様らがぐずぐず調査しているから、我ら審問官が動けんのだ。ならば……貴様らのすべきことはわかるな? 略奪者なんぞより早く調査し、情報を報告しろ。ただそれだけだ。その結果、何人欠けようが構わん。今後は、成果の上がらない者を厳罰に処す……いいな?」
チェスターはそれから、調査員いびりを続けたあと。
「――以上だ。とっとと仕事に移れ」
と、ようやく調査員たちを解放した。チェスターは満足したような顔で、指揮台から降りていく。
「リッカ先輩……この朝礼って、なんのためにあるんですかね」
朝礼というか、1時間ほど上司の愚痴と自慢話を聞かされただけだった。
「チェスターの趣味だよ。あいつ、調査員いびりが好きだし」
リッカ先輩はうんざりを通り越して、もう慣れたという感じだ。
「これからは、週1でこれがあるから。覚悟しときなよ」
「えぇ……」
調査員の募集記事には、『アットホームな職場です!』って書いてあったのに……。
「それより、さっさと調査行くよ。チェスターに目ぇつけられたら、“本日のサンドバッグ係”に任命されちゃうから」
「はぁ……でも、もう手遅れみたいですね」
「えっ!?」
チェスターがこちらに歩み寄ってきていた。
リッカ先輩がぎょっとして身構える。
「な、なんか用?」
「黙れ。貴様に用はない」
チェスターが剣の柄に手をかけると、ひくっ、とリッカ先輩が後ずさった。
それからチェスターは、じろりと僕を睨めつける。
「おい、貴様。名はなんだ」
「新入りのノア・コレクタです」
とっさに敬礼。
「新人のくせに遅刻とは、いいご身分だ。それに……なんだ、その目の色は?」
目の色。おそらくは左目の羅針眼のことを言っているのだろう。できるだけ前髪だけで隠そうとはしたけど、無理があったか。
「生まれつき、この色なんです」
「……穢らわしい。ゴミめ」
はい、“ゴミめ”いただきました。
「貴様のその目を見ていると、いらいらするのだが……どうしてくれる?」
「あ、ストレス解消には瞑想とかいいらしいですよ。名医が言ってました」
「ふざけてるのか?」
「いたって真面目ですが」
「貴様からは、俺へのリスペクトを感じん」
「そう言われましても」
「ん……その声、どこかで」
チェスターがはっとしたように目を見開き――いきなり胸ぐらをつかまれた。
品定めするように、僕の顔をじろじろと眺めてくる。
そして突然。
「――ラムにもなでなで」
ドスのきいた声が、僕の耳をなぶった。
ちなみにリッカ先輩はノロアより年下です。