墓庭都市レイヴンヤード
連載再開です。
だいぶ期間があいてしまったので、一応キャラ紹介を。
・ノロア:呪いの装備をたくさんつけてる少年。装備フェチ。
・ジュジュ:呪いの人形。“他人の呪いの装備を奪う”能力を持つ。B級グルメが好き。
不吉で、奇怪で、呪われたような夜だった。
街が夜の底に沈み、黒々とした不気味なシルエットと化していた。ぼんやりとした靄の中、まばらに灯された篝火に、ひらひらと紅い蝶が群がる――。
そんな街の夜景色を、僕は大聖堂の鐘塔から見下ろしていた。
『ノロアー……まだターゲット、見つからないの?』
ふいに、聞き慣れた少女の声がした。
といっても、この鐘塔のてっぺんに、他の人間がいるというわけではない。
声の主は、僕の腰鞄から、ひょっこりと顔を出している。
呪々人形――手のひらサイズの少女の人形だ。夜会に出るような上品な黒いドレスをまとっているが、その黒髪と赤眼は、悪戯好きの猫を思わせる。
『もう、とっとと済ませなさいよ。夏なのに、ここ寒いのよ……』
「あとちょっと待てないかな?」
『無理だわ。わたくし冷え性なの』
「人形が冷え性って、前代未聞だよね」
『常に時代の一歩先を行くのが、わたくしクオリティよ』
そこで、ひょぉぉぉ……と風が吹き、ジュジュが鼻をむずむずさせた。
『ふぇ……ふぇ……ふぇにっくす!』
「不死鳥かな?」
ジュジュが豪快にくしゃみをし、すぴーっ、と鼻をすする。
『ねぇ、今の聞いた? わたくしのくしゃみ可愛くない?』
「耳腐ってるの?」
『へ……へ……ヘブンズッ!』
「天国かな?」
またくしゃみだ。人形も風邪とか引くんだろうか。謎のメカニズムだ。
まあ、さっさと用事を済ませるとするか。ジュジュに駄々をこねられても面倒だし。
僕は改めて、街並みに視線を落とした。人の気配がほとんどない街だった。人が住んでいないというより、街全体がじっと息を潜めているように見える。
『陰気な街ね。みんなでお葬式でもやってるのかしら』
ジュジュが直球な感想を漏らすが、正直、僕も同意見だった。
「たぶん、“装備狩り”の影響なんだろうね」
『ソウビガリ? ああ、あれね。マスタードかけると激ウマなやつ』
「うん、かすりもしてない」
装備狩りとは、近頃この街を騒がしている通り魔のことだ。
夜道で人を襲い、その装備を破壊するらしい。
命までは奪わないというが……装備で人生が決まる装備社会にあっては、それだけでも致命傷となる。装備がなければ仕事も趣味もままならないのだから。
そして、なにより問題なのは。
装備狩りが、呪いの装備の所持者――つまり、“呪い持ち”だということだろう。
呪いの装備には、力がある。
厳しい代償と引き換えに、装備者に与える力は、もはや天災のようなもの。対処は極めて難しい。呪いの装備対策のエキスパートである“呪装審問官”たちでさえも、装備狩りには一方的にやられているとの話だった。
この街の市民が、装備狩りに警戒しているのも無理はない。
夜道を出歩いて、装備狩りとばったり遭遇でもしたら大変だからだ。
もっとも、僕はちょっと事情が違う。
こうしてわざわざ、装備狩りに会うために、夜の街に出ているのだから。
そして、そのかいがあったのか。
「――見つけた」
夜の街をふらついている黒衣の男。
巨大な大鎌をかつぎながら、陰から陰へとこそこそ移動している。遠目からでも見間違えようがない。目撃情報と一致しているし、羅針眼の針が、ぴたりと彼のほうを指している。
やつは――装備狩りだ。
『あれが、今日のターゲット?』
「うん、そうだよ」
『ふーん』
ジュジュが興味なさそうに髪をくるくるといじる。
『ターゲットってことは、奪うのよね? あいつの呪いの装備を』
「もちろん」
にやりと笑ってみせる。
そう、僕はけっして正義の味方ではない。悪人を倒して、街に平和を……なんて高尚なことは考えていない。僕の目的は、あくまで“呪い持ち”の持っている呪いの装備だ。
僕は“鞄”から、マントと仮面を取り出した。
夜闇に溶け込むような、黒い丈長のマント。額から鼻先までを隠す、カラスの頭のような青水晶の仮面。ジュジュプロデュースの変装セットだ。着替えるのに時間がかからないわりに、けっこう外見を隠すことができる。
マントをまとい、仮面を着け、フードをかぶれば――準備完了。
『指名手配書まんまの格好ね』
「不本意ながらね」
さて、それよりも今は装備狩りだ。見失うわけにはいかない。この複雑な街並みの中では、羅針眼の力で探し物の方角がわかっても、探すのに手間取ってしまう。
だから、やるならカラスのように迅速に。
「じゃあ、行こうか」
ふいに、すぐ下にある鐘が、荘厳な響きを上げる。
葬送の鐘だ。その音にまぎれるように、僕は塔から身を投げだした。
というわけで、墓庭編スタートです。