暴食鞄《グラトニー・ミミック》
代償描写緩和ver
この怪物に対処するには、やっぱり装備しなければならない。
『……ノロア、とっとと奪うわよ』
「わかってる」
この怪物は装備済みだ。ジュジュの能力で奪うしかない。
しかし、問題は相手の素早さだ。ジュジュの能力を使うと、五感がめちゃくちゃになって、しばらく行動不能になってしまう。そのタイミングで攻撃されたらおしまいだ。
まずは、なんとか動きを封じる必要があった。
「とすると、罠か……」
幸い、罠の知識はそれなりにあった。
冒険者として雑用をこなすなかで、罠を張ることも多かったからだ。そのため、多種多様な罠の仕組みが、僕の頭の中に入っている。
この怪物の能力的に……落とし穴はあっさり抜けられそうだし、毒も効きそうにない。
ただ、あの罠を使えば動きを封じられるだろう。
「スイ! ラム!」
二人の手を取ると、それだけで僕の考えが通じたらしい。
「わかったよ!」「……り、了解です」
そう答えて、ぐにゃりと変形する双子。
そして、装備者の念じた形になる。
「スイ、いけそう?」「……だ、大丈夫ですっ」
壁の形になったスイが、声が震えている。
防具なのに臆病らしい。しかし、ぴんとまっすぐにそそり立つ。
このスイの壁に怪物を噛みつかせることで、口を閉じさせる。
それが、作戦の第一段階。
この怪物の攻撃で威力があるのは噛みつきだけだ。スイの壁を破るには、先ほどのように口を閉じなければならない。口さえ閉じさせれば、しばらく攻撃することができなくなるはず。
そして、お次は……。
「ラム!」「うん!」
言葉がなくても、手を握るだけで意図が伝わったようだ。
牙だらけの口のような罠――巨大なトラバサミとなったラムが、口をかちかち動かしてしゃべる。
トラバサミは本来、踏んだら発動するタイプの罠だけど、今回は横向きに設置して、突進に対して発動するようにする。スライム装備だからこそできる荒業だ。
そして、準備ができたところで怪物がふたたび飛びかかってくる。
怪物はスイの壁を食い破ったあと、そのままの勢いでトラバサミに向かって突進してきた。やはり直線的に飛びかかるしか能がないらしい。空中でとっさに急停止できるはずもなく――。
「よしっ!」
――トラバサミ、発動。
スライム製の牙が噛み合わされ、怪物の閉じられた口を捕らえる。
怪物は激しくもがくが、トラバサミの拘束から脱することはできない。噛みつく力は強くても、口を開く方向への力は弱いようだ。
これで動きは封じた。あとは装備するだけだ。
「怖がらせて、ごめんね」
僕は怪物の頭をなでてから、ジュジュと顔を見合わせる。
『じゃ、さっさとやりましょ』
「そうだね」
一つ頷くと、僕の手のひらに光の針が現れた。
『さぁ、ばっちこいだわ!』
ジュジュが浮かび上がり、腕を広げる。
無防備にさらけ出される胸部。僕は勢いよく針を突き立てた。
『よっしゃ、来たぁっ! この週一で味わいたい感覚ぅ!』
ジュジュがケタケタケタ……と高笑いするとともに全身に電流が走った。びりびりと体が内側から破裂しそうな感覚。筋肉も五感も暴れまわり、思考はぐちゃぐちゃになる。
そんな毎回恒例の感覚のなか、怪物の情報が脳内に流れ込んできた。
・暴食鞄【呪】
……食べたものを体内に収納することができる鞄型のミミック。大量の物を収納することができるが、餌をやらないと消化されてしまう。お腹が空くと暴走する。
ランク:SSS
種別:アクセサリー
効果:暴食(口に入れたものを収納することができる。収納枠=100万)
代償:毎日、大量の餌をやる必要がある。餌をやらないと収納したものが消化される。収納物を全て消化すると、装備者を含む周囲のものを見境なしに食らい始める。暴食鞄の世話を怠っても暴れだす。
――装備奪取、完了だ。
「ふぅ……なんとかなったな」
装備奪取の余韻が抜けてから、僕は肩の力を抜いた。
見れば、トラバサミにかかっている怪物――暴食鞄も抵抗をやめている。
とりあえず、もう僕を食べようとする気はないらしい。
「スイ、ラム、お疲れ様。もう戻っていいよ」
僕が声をかけると、壁とトラバサミがぴょこんと跳ねて、たちまち人間の姿に戻る。
「あるじ、めっちゃ怖かった!」「……怖かったです」
「よしよし、頑張ったね」
よほど怖かったのか、ぎゅっと僕にしがみついてくるスイとラム。二人とも涙目になっている。武器と防具として作られたが、本人たちは戦うことが苦手なんだろう。
とりあえず頭をなでてねぎらうと、ふにゃりととろけそうな笑みを浮かべる。
「なにか欲しいものない? あれば、ご褒美にあげるけど」
「頭なでなで!」「……スイは、なでなで一年分で」
「そ、そっか」
そこまで僕の頭なでなでに期待されると、なんかプレッシャーがすごい。適当になでたらダメな気がする。今度、図書館で頭なでなでの専門書でも探すか……。
『で……いつまで、幼女にデレデレしてるのよ』
「いてっ」
ジュジュが僕の耳を引っ張ってくる。べつにデレデレしてないのに理不尽だ。
『で、その怪物はどういう呪いの装備だったの?』
「暴食鞄っていう、物を収納できる鞄だって」
具体的な効果は、『口の中に入れたものを収納する』というものだ。
『ふーん? ま、物を収納するってことは、魔法の袋みたいなものね』
『ま、魔法の袋ですか!?』
シルルが素っ頓狂な声を上げる。
『魔法の袋って、ほとんどが国宝級ですよね? 低ランクの魔法の袋でも、ただ持っているだけで貴族や商人の方にとってはステータスになるって言いますし……』
「そうなんだ」
たしかに希少な装備だとは知っていたけど、そこまでの扱いを受けているのか。
『ま、なんにせよ魔法の袋は便利ね』
『収納枠はいくつですか?』
「えっと、100万だって」
「は……」
シルルが停止した。
『き、聞き間違えですかね。100ではなくて、100万と聞こえましたが……』
「いや、聞き間違えじゃないよ」
『またまた……国宝級の魔法の袋でも、100枠ないっていいますよ?』
「へぇ」
国宝級の魔法の袋の、一万倍か。呪いの装備特有のスケールの大きさだ。
「……ん?」
と、そこで、僕の足になにかが触れているのに気づいた。スイとラムが悪戯しているかと思ったけど、どうも感触が違う。
足元を見てみると、そこにいたのは暴食鞄だった。餌をねだる子犬のように僕の足にすり寄ってきている。さらには牙でごきごきと甘噛みをしたり、太い舌でべちょりべちょりと足を舐めたりしてくる。
「なにこれ、可愛すぎかよ」
「ラムはー?」「……スイについても一言」
「二人とも可愛いよ」
「えへぇ」「……恐悦至極」
『うーん……ノロアって、呪いの装備に懐かれる体質でもあるのかしら』
「そうかな?」
『だって、暴食鞄も双子もいきなり懐いたし……わたくしも、あんたのことは……ブロッコリーの茎ぐらい好きだし』
「君、いつもブロッコリーの茎残してるよね」
遠回しに嫌いだと言われた。
『わたしはノロア様のこと……ブ、ブロッコリーの茎よりも好きですよ!』
「それは、あんまりフォローになってないかな」
ブロッコリーの茎と比較対象にされてる時点で、いろいろ終わりだと思うし。
「……ぐるるる」
「ん、なに?」
暴食鞄がうなりだす。なにかを訴えているみたいだけど……。
「がう!」
「え、肩にかけてほしいの?」
「ごがっ、げぉ!」
「うんうん、そっか。鞄だもんね、ミミちゃんは」
よく見ると、暴食鞄には肩紐のようなものがついている。さっきまではなんだかわからなかったけど……こうして落ち着いて見ると、たしかに鞄だ。やっぱり鞄だし、鞄扱いしてほしいのかな。
『会話、してるんですか……?』
『い、いや……言ってることわかるの?』
「うん、愛があればわかるよ。ね、ミミちゃん」
「ぐるぁあ!」
「ほら、ミミちゃんもこう言ってるし」
『……わたくしは、ノロアがなに言ってるかわからなくなってきたわ』
なにはともあれ、暴食鞄を肩にかけることにする。暴食鞄は自分でも動けるようだけど、やっぱり鞄として扱ってあげないとね。
「どう、似合ってる?」
「微妙ー」「……スイ的にはポイント高いです……よ?」
『ノ、ノロア様はなにをつけても似合いますねっ』
『あんたの変人度がパワーアップしたわ』
わりと微妙な評価だった。
「うーん……たしかに男じゃ、こういう可愛い系の鞄は似合わないかぁ」
『違う。わたくしが言いたいのは、そういうことじゃない』
「それはそうと、この子の名前はミミちゃんにしようと思うんだけど、どうかな?」
「よさげー!」「……ロマンが足りないです」
『愛のある名前ですね。いいと思います』
『いや、〝ミミちゃん〟って見た目じゃないわよね、それ。というか、その名前どこから来たの?』
「ほら、暴食鞄だからミミちゃん。可愛くて似合ってるでしょ?」
『……もう、好きにしたらいいんじゃないかしら』
ジュジュはなぜだか疲れたように頭を抱えた。
「ん?」
と、そこで。
暴食鞄の情報を確認していた僕は、あることに気づいた。
「あれ、中になにか入ってる」
――収納枠 6370821/1000000
この表示を見るだけでも、かなりの数の物が入っているとわかる。
そういえば、この暴食鞄はトーチ・マリナにあるものを見境なく〝消していた〟という話だった。とすると、この鞄の中に入っているのは、〝トーチ・マリナ〟そのもの……?
「もしかしたら、トーチ・マリナ市民も収納されてるのかも……」
『生物も収納できるなら、生きてる可能性も高いわね。というか、装備者も食われてたんじゃない?』
「たぶん、そうだね」
装備した経緯はわからないけど、食べられている辺り、誤って触れてしまったんだろう。そして装備者が装備の中にいたのなら、装備がどこへ行こうが距離はゼロのままだ。だからこそ、ミミちゃんは自由に動けていたということか。
「なんにせよ、人間は早く出さないとね」
この鞄に入れたままでは、消化されてしまうかもしれない。
一刻も早く外に出さないと、多くの命が犠牲になる。
「ミミちゃん、ここで食べた人を出してくれないかな」
言葉が通じたのか、ミミちゃんはこくりと頷くと大口を開けた。
ミミちゃんの口から、どばどばと人が吐き出されていく。
少なくとも、数千人もの市民が飲み込まれていたんだろう。全市民を解放するには、何度も場所を移して吐き出させる必要があった。
「あれ、ここは……?」
「家にいたはずなのに……」
「たしか、怪物から逃げてて……」
ミミちゃんの口から転がり出てきた市民たちは、なにがなんだかわからない、といった様子だった。ミミちゃんの中にいると時間が止まるのか、彼らにとっては『気づいたら目の前に景色が切り替わってた』という感覚なのかもしれない。しかも、自分たちの町があった場所には、大穴があいているのだ。呆然としないほうが無理がある。
「俺たちの町が……」
誰かがぽつりと呟くと、それを呼び水にさざ波のようなざわめきが起こる。時間が経つにつれて、少しずつ理解してきたんだろう。故郷がなくなったという事実を。
『なんとか、できないのでしょうか』
シルルが心配そうに呟いた。こういうとき、彼女は優しすぎる。甘すぎるほどに。
「できるなら、なんとかしてあげたいけどね……」
トーチ・マリナの壊滅。こればっかりは仕方ない。ミミちゃんからトーチ・マリナだったものを出したところで、トーチ・マリナそのものを復元することはできないのだ。
『そう、ですか』
僕の沈黙から状況を悟ったのか、シルルがうつむく。垂れた前髪で表情が隠れて見えないが、どんな顔をしているのか、おおよそ想像はつく。僕だって、きっと似たような表情をしているだろうから。
だけど、仕方ないことだ。この世界にはどうにもならないことが、あまりにも多すぎる。
装備ができないというだけで、まともな人生が送れなくなるように。
ただ呪いの装備に触れたというだけで、大切なものを全てを失ってしまうように。
やるせないことではあるけど、仕方ない。もう済んでしまったことだ。こういうときは感情を麻痺させて、じっと耐えるしかない。〝ゼロのノロア〟が、ずっとそうしてきたように。
だけど……本当にそれでいいのか? 〝仕方ない〟ことを、〝仕方ない〟のまま終わらせていいのか?
それじゃあ、装備が手に入っても……結局、〝ゼロのノロア〟のままじゃないか。
気づけば、僕は前へと進み出ていた。
「――皆さん、聞いてください」
何千もの視線が、一斉にこちらへと向く。
それで、遅れて実感した。今の言葉を僕が発したのだと。
「……っ」
思わず、唾を飲み込む。こうして人前に立つのは初めてだった。
人間が、怖い……それは今も同じだ。その感覚は、僕の今までの人生を通じて、体の奥底まで染みついているのだから。たった数週間でぬぐえるものじゃない。
だけど。
『ノロア、ここで一発芸よ!』
「あるじ、なにするのー?」「……主様、大胆です」
『ノロア様、頑張ってください!』
僕は、もうゼロじゃないのだ。
だから、ちょっとだけ頑張れる。
たとえば、ここにいる人々の〝再スタート〟を手助けするぐらいのことは、できる。
「……僕は冒険者のノロアです。エムド伯の依頼で、トーチ・マリナを襲った怪物の討伐に来ました。しかし、もう察していると思いますが……僕が来たときには、もうトーチ・マリナは壊滅していました」
人々のざわめきが、悲哀に満ちたものへと変わる。それも当然だろう。壊滅したことを、第三者が断言してしまったのだ。彼らは、かすかな希望さえも奪い取られてしまった。
「だけど!」
僕はざわめきに負けないように、声を張る。
「全てが失われたわけではありません。怪物は無事に討伐できました。怪物に食われたものも、ほとんど回収できています。だから――」
僕は大きく息を吸い込んでから、続ける。
「――僕についてきてください。皆さんを、領都まで連れていきます」










