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呪いの装備

 ダンジョンの奥に呪いの装備があると聞いて、準備を始めた僕だったが……今の僕の実力では、ボスを倒すどころか一層突破さえ不可能だ。

 装備0の僕は、魔物を一匹倒すことさえ難しい。


 でも、けっして無策なわけでもない。

 こんな僕でもダンジョンの最奥にたどりつける方法がある。

 それは……寄生だ。

 他の強いパーティーについていって、さりげなく呪いの装備だけもらうのだ。呪いの装備を欲しがる人なんていないと思うし、おそらく呪いの装備は放置されるだろう。それをこっそりいただこうという寸法だ。


 とはいえ、僕をわざわざ荷物持ちに雇ってくれるパーティーはいないだろう。さっき金ピカ男が言ったとおり、ダンジョンでお荷物を抱えている余裕はない。ただの様子見ぐらいならまだしも、ダンジョンボスに挑むような本格的な攻略では連れていってもらえないのは目に見えている。

 だけど、勝手についていくのなら問題ないだろう。


 ――あーあ、明日っからお前なしでせいせいするぜ。ダンジョンにお荷物を抱えていく余裕はないしな。


 先ほどの金ピカ男の言葉……これから察するに、おそらく明日、金ピカ男はダンジョンに行く。今日が様子見だったことを考えると、明日は本格的にボス攻略までするだろう。そして、金ピカ男はおそらくボスに勝つ。Bランク装備を3つもつけた彼の力は、このマハリジの町では断トツでトップだ。初見だろうと、他のパーティーに倒せたボスを倒せないわけがない。

 ついていけば、必ずおこぼれに預かれるだろう。


 そんな情けない作戦を立てながら、僕はダンジョンに行くための道具を用意するのだった。

 装備できない武具を身につけて、回復薬をたくさん持って、足音を隠せるように木の靴底にボロ布を巻きつける。あとは顔バレしないように、念のため大きめのフードがついたマントを用意して……。


 そうして一晩かけてじっくり準備しただけあり、翌朝の僕はいつになく自信に満ちあふれていた。今日、僕は呪いの装備を手に入れて、人生を変えるのだ。すでにわくわく感が脳内に弾け、足元がふわふわとしていた。


 夜明けの開門の鐘とともに町を出て、東のダンジョンへ。

 入り口前に陣取り、金ピカ男が来るのを待つ。

 本格的にダンジョン攻略するのなら早めに来るだろうという僕の予想は、当然のごとく的中した。遠くからでも目立つ全身金色の彼は、パーティーメンバーを従えて悠々と登場した。周囲の冒険者たちが道を開けるのを小馬鹿にしたような目で見ながら、まっすぐダンジョンへと入っていく。

 僕の他にも寄生目当ての冒険者がいたのか、金ピカ男のパーティーの後ろでこそこそと何人か入っていくのが見えた。僕もその一団にまぎれ込む。


 第一層の攻略は、順調に進んだ。

 遠目からでも、金ピカ男が一撃で魔物を倒しているのが見える。このダンジョンの一層に出てくるのは剣を持ったスケルトンだけだが、彼らのランクはE――つまり、Eランク冒険者でも単独で倒せる魔物だ。とくに素早さがかなり低く、動きが鈍い。

 金ピカ男はメンバーと雑談しながら、まるでピクニックでもしているかのような足取りでどんどん先に進んでいく。罠を警戒していればいいだけの僕のほうが遅れているほどだ。素早さの差が、歩くペースにも現れている。

 気づけば他の寄生者たちも見えなくなり、僕はダンジョンの中に取り残された。

 とはいえ、心配はしていなかった。

 このダンジョンの途中までの地図は、昨日の荷物持ちのおかげで頭に入っている。少しペースを上げれば、すぐに追いつくはず……。


 そう思い、通路を曲がったところで――そいつはいた。


「え?」


 思わず、声を出してしまう。

 その声に反応したのかわからないけど、やつはふり返った。

 ――スケルトンだ。

 東のダンジョン最弱の敵。

 金ピカ男が雑談しながら一撃で葬り去っていた敵。

 そんな雑魚魔物のはずなのに、僕には死の恐怖すら与えてくる。装備なしの僕には、こんな雑魚魔物すら倒せない。少しでも気を緩めれば死ぬかもしれない敵なのだ。


「どう、して……?」


 金ピカ男なら、魔物を全滅させることも容易いはずなのに。

 一瞬、金ピカ男が嫌がらせのために魔物を残したのかと思った。しかし、すぐにその考えを取り消す。本気でダンジョン攻略しているときに、わざわざそんなことをするわけがない。

 だから、答えは単純だ。

 このスケルトンは、倒すまでもないと判断されたのだ。生かしても脅威にならない敵。ならば、たとえ一瞬で倒せるのだとしても、体力温存のために無視したほうがいい。

 たしかに動きが鈍いスケルトンは、わざわざ相手にしなくても逃げられる……金ピカ男たちの素早さならば。他の寄生者たちも同じようにしたのだろう。

 でも、僕にはそれさえも難しい。


「ひっ」


 スケルトンが僕に気づき、カタカタとこちらに迫ってきた。歩くたびに顎の骨がカチカチと噛み合わされるのが、獲物を前に笑っているようにも見えて、余計に恐ろしくなる。

 背中を向ければ逃げられるかもしれないけど、そうしたらもう金ピカ男たちに追いつくことはできなくなる。呪いの装備も手に入らず、人生が変わることもない……。


「くそっ!」


 僕もブロンズソードを抜いて、へっぴり腰でかまえた。

 一太刀だ……一太刀でいい。なんとか一太刀でも浴びせられれば、スケルトンを怯ませることができる。その隙に、先へ進めるはずだ。このダンジョン最弱の敵になら、装備0でも少しは相手ができるかもしれない。


「うおおおっ!」


 剣を振りかぶり、スケルトンに突進した。魔物とのバトルは初めてだったが、恐怖よりも先に進まなければという意志が勝った。

 それに、これでも一応、剣の訓練は毎日やってきたのだ。魔物との戦闘は頭の中でシミュレーションしてきたし、魔物の弱点なんかもしっかり勉強してきた。


 スケルトンの弱点は、頭。

 頭を攻撃すれば、バランスを保てなくなって転ぶはず。

 その情報に従い、僕はスケルトンを切りつけた。今まで必死に剣の訓練をしてきた成果もあり、スケルトンには反応すらできない速度の斬撃をお見舞いすることができた。

 狙い通り、スケルトンの頭に剣が思いっきりぶち当たり――。


「え?」


 ――微動だにしなかった。


 スケルトンの頭を攻撃すれば、バランスを崩す。それは冒険者にとって常識だった。冒険者に成り立ての素人でも、そうやってスケルトンに対応している。

 それなのに、僕にはできない。

 装備がなければ、人間は魔物を倒すことができない。

 その言葉の意味を、初めて理解した気がする。


「あ……ああ……」


 スケルトンが真っ黒な眼窩で、僕の顔を見てくる。

 気圧されて、後ずさる。

 そのタイミングで、スケルトンが剣で切りつけてくる。

 その動きは鈍く、こちらのガードは間に合ったが――。


「――あぐっ!?」


 防御した剣ごと、体が吹っ飛ばされた。

 地面を何度もバウンドして転がり、壁に背中を打ちつけたところでようやく止まる。衝撃でむせ返りながら、ちかちか明滅する視界を上げると、こちらにカタカタと迫ってくる骨の色が見えた。

 なんとか、こちらも剣をかまえようとして――気づく。

 僕のブロンズソードが、半ばからぽっきりと折れていた。

 2シルの日給を何年も貯めて買い、毎日手入れしてきた愛用の剣。

 それが……まさか初戦で折れるとは。

 装備を破壊するには、その装備よりもランクが上の装備が必要だ。

 ということは、僕はスケルトンに装備のランクすらも負けているといこと。

 僕は……この最弱の魔物とすら、圧倒的な力の差がある。


「はは……」


 もう笑うしかなかった。

 なにもかもが馬鹿らしくなった。おそらくブロンズソードとともに、僕の心もぽっきりと折れてしまったのだろう。


「はは、は……は……」


 このまま逃げたら、金ピカ男に追いつけない?

 人生を変えることができない?

 ……だからどうした。


「うわああああああああっ!」


 僕は愛用してきたブロンズソードの柄をスケルトンに投げつけて、惨めったらしく逃げたのだった。



   *



 最弱の魔物から必死に逃げて、泣きながらダンジョンから出て、冒険者たちにゲラゲラ笑われて――。

 夢遊病患者のように町をふらついていたら、気づけば夕方になっていた。町に響きわたる夕方の鐘を聞いて、ようやく我に返ることができた。どうやらスケルトンに負けたショックが大きすぎて、正気を失いかけていたらしい。


 そろそろ、金ピカ男はダンジョンボスを倒しただろうか。

 ふと、そんな疑問が脳裏によぎる。

 でも、誰がダンジョンを攻略したかなんて……もう、僕には関係のないことだ。まともに寄生すらできない僕が、ダンジョンの事情なんて気にしてどうしろというのか。


「はぁ……」


 あてもなく、とぼとぼと歩く。無意識にただ歩いていただけなのに、体に染みついた日課のためか、いつの間にかヤブキさんの武具屋の前に来ていた。

 店先のショーウィンドウには、いつものようにアダマンアーマーが飾られている。そのアダマンタイトの青銀色の輝きも、いつも通りだ。それなのに、いつものように僕の心を慰めてはくれない。

 このアダマンアーマーも、そのうち英雄のような人が現れて、あっさりと装備してしまうのだろう。きっとその人は、僕のように弱くなくて、格好悪くもないはずだ。


「ああ……いいなぁ」


 頬を熱いものがつたった。止めようがなかった。


「僕も、こんな装備が欲しかったなぁ……」


 冒険者ならば、誰もが一度は夢を見るのだ。

 きらびやかな装備で全身をかためて、颯爽と世界を救うという夢を。

 僕だって今日まで夢見てきた。

 だから、つらくても鍛錬して、虐げられながらも冒険者という職にしがみついてきた。呪いの装備しか装備できないといっても、装備枠が9999もあるなら、きっと英雄にだってなれるんじゃないかと。いつかの誰かの言葉のように、世界一強くなることもできるんじゃないかと……。

 でも、そんな分不相応な夢を見るのも、もう終わりにしよう。

 そもそも呪いの装備を身に着けるだけで英雄になれるのなら、他の誰かがすでにやっている。呪いの装備をさわった人間だって今までに何人もいた。それでも、今では呪いの装備を誰もさわろうとしない。

 なぜか? 答えは簡単だ。呪いの装備に価値なんてないからだ。


 そんな呪いの装備しか装備できない僕にも、同じく価値はない。

 それは冒険者に限った話ではなく、どの職業でもそうだ。

 装備が与えるのはなにも戦闘力だけではない。書記官の羽ペンも、司祭の福音書も、荷物持ちの鞄でさえも……全ては装備だ。この世界では万物に魂が宿っていて、非力な人間はそれらの魂と契約して装備することで、ようやく一人前になれる。装備をしないで他人と同じように働けるほど、この装備社会は甘くない。

 装備ができなければ、英雄どころか何者にもなれない。


「……僕は、ずっと“ゼロ”のままなの?」


 ガラスに手をかけ、アダマンアーマーに問いかけた。

 そのときだった。



 ――店が、消し飛んだ。



「え?」


 爆音が一瞬遅れてやってくる。

 あまりに突然ことで、状況把握もままならない。

 どこからか飛んできた衝撃波に、僕は石ころみたいに地面を転がった。


「ぐっ……! な、なにが……!」


 なんとか体を起こし、顔を上げる。

 ここまでは冷静だった。しかし、そこで僕の思考が止まった。


 ……なかった、のだ。


 つい数秒前まで、夕焼け空の下にあったはずの町が――ない。

 にぎやかだった町並みが、ごっそりなくなっている。周囲の商店街は、まばたきする間に瓦礫の山になっていた。街路にひしめいていた武具屋たちは、腸をぶちまけるように壊れた武具を吐き出している。先ほどの衝撃波で飛ばされてきたのかわからないけど……人体の破片らしきものも、道端の馬糞みたいに無造作に転がされていた。

 赤々とした夕空も相まって、まるで世界の終わりのような光景だった。


「なんだよ、これ……」


 意味がわからない。尻もちをついたまま、後ずさる。

 そこで、手になにか硬いものが触れた。

 見ると、それは青銀色の欠片だった。ちょうど僕のいる辺りに、同じ色の欠片がたくさん散らばっていた。

 毎日、ずっと見てきたから、それが()()()()()のかすぐにわかった。


「……アダマン、アーマー?」


 世界最高のAランクの装備だった。

 装備は原則として、ランクが上の装備でなければ破壊できない。

 そのはずなのに、ただの衝撃波で粉々になってしまった。粉々になり惨めな残骸をさらしていた。

 なにが起こってるのかわからない。ただ一つだけわかることは……今まで信じてきた世界が、アダマンアーマーとともに砕け散ってしまったということ。


「げほっ、ごほっ……ノロア、か?」


 背後の物音に振り返ると、ヤブキさんが瓦礫の下から這い出てきたところだった。


「ヤブキさん! よかった、無事で!」


「店は無事じゃないけどな、って……おいおい、なんだよそれ」


 壊れたアダマンアーマーを見て、ヤブキさんは顔を固くした。


「おい、ノロア……いったいなにが起こった」


「わ、わかりません。気づいたら、いきなり衝撃波が来て……」


「衝撃波? なんだそれ?」


 ヤブキさんは眉をひそめながら、鋭い目つきで周囲を見まわした。元Bランク冒険者だけあり、その目は周囲の状況を余さずつかみとっているように見える。今のヤブキさんは、いつものしがない武具屋の店主ではなく、頼りがいのあるベテラン冒険者となっていた。こんな極限状態の中でも、ヤブキさんの側にいればなんとかなるんじゃないかと思えてきた。


「……嘘だろ」


 やがて、ヤブキさんはぽつりと呟いた。


「……呪いの装備だ」


 怯えたように震えた声だった。

 ヤブキさんの視線を追うと、そこには血塗れの男がいた。瞳を赤くし、全身の肌から赤い血管の筋を浮き上がらせ、カクカクとまるでスケルトンのように歩いている。

 彼が手にした赤黒い刀を振るたびに、衝撃波が発生して町が吹き飛ぶ。最初は高ランクの魔物かと思ったけど……血濡れの鎧からわずかにのぞく“金色”には、見覚えがあった。

 しかし、こんなにも見覚えがあるのに、それでも彼だと断定することはできなかった。

 それほどまでに、姿が変わっていたのだ。今朝までの鼻につくようなイケメン顔も、ごっそりと感情の抜け落ちた幽鬼のようなものと成り果てている。Bランク冒険者である彼をこんな姿に追いやれるものがあるとすれば、それはきっと――。


「くそ、馬鹿が……馬鹿が……!」


 ヤブキさんが歯をかちかち鳴らしながら、その巨体を小刻みに震わせた。



「――馬鹿が、呪いの装備にさわりやがった!」


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