ハッピーエンドにするためには
マーズの居場所を見つけるのは簡単だった。
羅針眼に指示を出して、空中から捜索するだけだった。
道の真ん中にたたずんでいるマーズに、僕が1人で近づいていくと。
「……ラヴリアがやられたか」
彼はこちらを見ずに呟く。
「……俺のことも、殺しに来たんだろう?」
「いや、感謝を言いに来ました」
「……感謝?」
予想外だったのか、少しだけ顔をこちらに向ける。
「ラヴリアから聞きました。あなたは1人しか殺さない結末を望んでくれた。もっと楽に勝つ方法もあったかもしれないのに、余計な犠牲を出さない計画を立ててくれた。だから、今回の呪災では被害が出ずに済みました」
「……なにを言うかと思えば……そんなのは自分のためだ」
マーズが自嘲するように口元をつり上げる。
「……俺だって普通の人間だ。正しい人間になりたいと思うし、相手が同じ人間だと思えば判断が鈍る。誰かを傷つければ罪悪感で吐き気がする。それが嫌だから後味のいい完全勝利を目指しただけだ。誰が……他人なんかのために動くものか」
「それでも、感謝します」
「……物好きなやつだ。まあいい」
マーズが本を構えた。ページ上に浮かび上がった街のパノラマ模型に手を添える。
「……魔物がいなくなれば聖王暗殺はできん。今回は出直すとしよう」
「まるで、次があるような言い方ですね」
「あるさ。俺の装備――世改地図は逃げることに適している。お前がどれだけ速くても、地図操作の速度には勝てない」
「たしかに、そうですね」
それは痛感している。
地図操作の力は、街中ではかなり強力だ。マーズが聖都に潜伏し続けることができたのも、この地図操作の力のおかげだろう。
道を動かされたら、僕は彼に近づくこともままならない。僕の移動速度よりも、マーズが地図を動かすほうが圧倒的に速いからだ。それもそのはず……彼はただ、ページ上の模型を指でつまんで動かすだけでいいのだから。
だからこそ。
「追いかけたところで、また水路に落とされるだけでしょうね……僕1人では」
「……なにを言って……ッ!?」
そこで、マーズも異変に気づいたらしい。
マーズがとっさに振り返ると……いつの間にか、マーズのすぐ背後に――審問官たちが勢ぞろいしていた。どこからともなく現れた彼らが、マーズへ一斉に武器を向ける。
「……なぜだ。審問官は結界で閉じ込めたはず」
「結界の“抜け道”をついたんですよ」
ぴょんぴょんと跳ねて戻ってきた暴食鞄の頭を撫でる。
その暴食鞄の上には、音喰イ貝を抱えたジュジュがいた。
『どうよ、わたくしの鞄さばきは?』
「ナイスだ、ジュジュ」
権限レベルによる結界は、あくまで“人間”を弾くものだ。装備の中に入っているものまで弾くことはできない。結界が暴食鞄の存在を想定していなかったからこその、シンプルな“抜け道”だった。
マーズも暴食鞄の存在を知らなかったために、僕が1人だと油断して、背後への警戒をおろそかにしてしまった。そのおかげで、音喰イ貝で気配を消した審問官たちを背後に布陣させることができた。
そして。
「あなたの装備の弱点は、地図を手で動かさなければいけないことです。一度に動かせるものは、あくまで1つだけ。自分を包囲している敵を一度にさばくことはできない……ですよね?」
「…………」
マーズはしばらくの間、油断なく本に手をかけていたが。
やがて、あきらめたように体から力を抜いた。
「…………俺の負けだ」
その言葉は、今回の呪災の終わりを意味していた。
だけど、ハッピーエンドにするためには、まだ最後の一仕事が終わっていない。
「……殺せ」
「いや、殺しませんよ」
「……は?」
「――だって、あなたは……もう、“呪い持ち”ではありませんから」
僕の手の中に、光の針が現れる。
儚くも、揺るぎなく――。
炎のように熱く、氷のように冷たい――。
そんな、あらゆる矛盾を抱え込んだ美しい針。
それは決められた運命を変える――呪いの針だった。
・世改地図【呪】
……世界を書き換える地図。しかし、どれだけ世界を変えても、装備者にとっては迷路になる。
ランク:SSS
種別:武器(魔導書)
効果:魔力+360
地図操作(周辺の地理や建物の間取りを変更する)
代償:常時、迷子になる。案内なしに目的地までたどり着くことができない。
世改地図の代償描写はいろいろあって減ってしまいましたが……一応ラヴリア脱走のくだりの背景事情なんかにからんでいたりします。
ちなみに、マーズの片眼鏡は道案内用の装備だったりします。
とまあ、そんなわけで、次回で聖都編はラストです!
ここまで読んでいただきありがとうございました!