血舐メ丸
――高さ200メートルからダイブして、飛んでいるドラゴンに着地する。
そんな無茶を、たった一度きりで成功させなければならなかった。残された時間も少なかったし、一度失敗したら対策されてしまっただろうから。
だから念には念を入れて、暴食鞄に保存しておいた血生蟲を目眩ましにして接近し、横笛で命令を上書きされる前に、白竜にスライムソードを巻きつけさせてもらった。レイヴンヤードで空中を飛び回った経験が、まさかこんなところで役立つとは思わなかった。
「……どうして、ここに来たの?」
ラヴリアは怯えるように僕の顔を見つめてくる。
「……やっぱり、ラヴを殺すの?」
「いや、誰も殺さないし、誰も殺させないよ」
「……え?」
「今は信じてくれなくてもいいし、許してくれなくてもいい。僕は……君を勝手に守るだけだ」
そう、僕はここに説得をしに来たのではない。
もう時間はないのだ。今のままだとフーコさんたちは、あと数分と持たないだろう。
それまでに、魔物の大群をなんとかする必要がある。
「さて」
僕はラヴリアの手首を軽くひねって、横笛を奪った。
銀色の美しい横笛だ。見ているだけで吸い込まれそうになる、魔性の装備。魔物たちを音色で操る、呪われた横笛。
音で魔物を操るのなら、こちらにもいい装備がある。
「ジュジュ、音喰イ貝だ」
『わかったわ』
ジュジュが持っていた巻き貝から、きゅぽんっと栓を抜いた。暴れだす巻き貝の口に、横笛の先を噛ませる。
音を封じる呪いの装備だ。これで横笛の力は使えない。
「の、ノーくん……笛を返して! 魔物たちが暴れちゃうよ……!」
「そうだね」
そう、横笛の力を封じただけでは、なんの解決にもならない。
フーコさんたちはそのまま魔物に襲われ続けるだろうし、街のほうにも被害が出てしまう。
だけど、そうはさせない。
「ラヴリア、君の呪いを借りるよ」
「……え?」
きょとんとするラヴリア。
そこで、白竜の背中が大きく揺れた。
『……あ、あれ……私は、なにを……?』
ちょうど、横笛の効果が切れたらしい。
白竜が戸惑ったように、きょろきょろする。
『って……はわわわわ、聖都がすごいことになってます……!? ひぃんっ、魔物がいっぱい……!?』
うん、このポンコツっぽい反応は間違いない。シルル、完全復活だ。
「シルル、僕の声が聞こえてる?」
『あれ、ノロア様……? 乗ってるんですか? というより、今はどういう状況で……?』
「我に返りたてのところ申し訳ないけど、僕の言うことを聞いてくれる?」
『ノロア様の言うこと! 聞きます! 聞かせてください!』
「そこまで食いつくようなものじゃないけど、とりあえず……地上近くを低空飛行してくれ。魔物たちをラヴリアに引きつける」
『え……? 魔物の近くを……?』
シルルが魔物の大群を見て、ぎょっとしたように怯む。
『だ、大丈夫なんですか、あれに近づいて……』
「いけるいける」
『とても、そうは見えませんが……あっ、急にお腹が痛たたた……』
『もう、時間がないのよ! 巻きで頼むわ!』
『わ、わかりましたから待ってください! 私のタイミングでいきますから!』
シルルが泣き言を漏らしながら、急降下した。
横笛の効果が切れていた魔物たちが、一斉にこちらを見る。うまくラヴリアに注意を引きつけられたらしい。
魔物たちがシルルに向けて、一斉に動きだす。
『ひぃんっ! こっち来ましたぁ!』
「それが目的だからね」
『今、目が合いました! 絶対に顔覚えられました!』
「うん、その調子だよ。もっと魔物を引きつけるんだ」
『うぅ、竜使いが荒いですぅ……!』
大聖城の周囲をぐるぐると回って、全ての魔物をラヴリアの代償圏内に収める。
「よし、魔物たちの注意は引けた! このまま、湖に向かってくれ!」
『わかりました!』
巨大水路のすぐ上を、シルルが滑空する。
そのすぐ後ろを、魔物たちが黒波のように密集しながら追いかけてくる。魔物たちとの距離は近い。シルルへ向かって、水のブレスが飛んでくる。
「スイ、ドラゴン用の鎧になってくれ」
「……竜鎧ですね」
『ひゃわっ!? ひやりとしたものが体に!?』
スライムをシルルの体に這わせ、水ブレスを防ぐ。
「これで大丈夫だ。シルルは安心して飛んでくれ」
『ひぃん……魔物怖い……もう、やだぁ……ぐす……』
シルルが恐怖で幼児退行していた。というか、ガチ泣きしていた。
ちゃんと前を見ていないせいでアクロバティックな飛行になる。スライムソードを手綱代わりにシルルに巻きつけて、なんとかしがみつく。
『うぷ……もっと安全運転しなさいよ……!』
『む、無理ですぅ……!』
……操られてるときは、あんなに有能そうだったのにな。
中身がシルルになった途端、こうもポンコツになるのか。
「もう少しの辛抱だ、シルル」
すでに巨大水路を抜けて、湖に入っている。
あとは引き寄せた魔物たちを、聖都から充分に引き離すだけだ。
『この辺りなら大丈夫じゃない?』
「よし……シルル、上昇だ」
『はいっ!』
すごい元気よく返事をして、力強く羽ばたいた。
魔物から逃げるように、一気に高度を上げる。それについていこうと、魔物たちが押し合いへし合い1か所に集まる。
よし、ここまでは計画通り。
あとは……この魔物たちを処理するだけだ。
『……今よ!』
「うん」
僕はタイミングを見計らい、シルルの背から飛び降りた。
『ノロア様!?』「ノーくん!?」
シルルたちが驚愕の声を、背に受ける。
魔物の群れに飛び込むように、僕は頭から急降下する。
目の前にひしめいているのは、視界を埋め尽くすほどの魔物の大群。
スライムソードでは対応しきれないだろう。血舐メ丸で1発や2発衝撃波を飛ばしても処理しきれない数だ。
ならば、方法は1つだけ。
魔物たちと接触する直前――。
「……っ!」
僕は目を開けたまま、血舐メ丸を抜刀した。
斬撃が真空波のように飛び、湖が一瞬だけ割れる。
水柱が上がり、魔物たちの肉片が飛沫のように上がる。
しかし、まだ魔物たちは五万といる。これだけの攻撃では足りない。
だが、もう体は動かない。視界がじわじわと赤く染まっていく。刀に精神を乗っ取られていく。
久しぶりの暴走状態だ。もう意識は保てそうにない。
だから……ここでバトンタッチだ。
――あとは任せたよ、血舐メ丸。
そう、心の中で呟くと。
血舐メ丸が、どくんっ、と応えるように鼓動して……。
「………………やれやれ」
ふと、僕の口から、そんな声が漏れ――――。
すごい今さらですが、血舐メ丸のモデルは魔剣ダーインスレイヴ。
それと、新連載『ラスボス、やめてみた ~主人公に倒されたふりして自由に生きてみた~』が始まりましたので、お時間があればぜひ。
下にリンク貼っておきます。