反撃開始
大聖城は、もはや城といえる形ではなくなっていた。
まるで城を真っ逆さまにひっくり返したような、逆三角の形で立っている。
そして、もともと最上階であったはずのフーコさんがいる階層は、湖上にぽつりと浮かんでいるような状態になっていた。
「やはり、審問官たちが警護している下の階層が、上方へ押しやられているね。これでは結界のせいで下に降りることができないだろう」
「……飛び降りるのも無理そうですね」
不運にも、大聖城は世界一高い城だ。上のほうの階層は、飛び降りて無事で済む高さではない。
ここでも結界を逆手に取られて、審問官の動きを封じられているのか。
「とにかく急ごうか。ノロアくんの作戦なら……まだ、この呪災を解決できるかもしれない」
「……そうですね」
僕たちはクラーケンから降りるなり、大聖城へ向かって走りだした。
見れば、すでに大量の魔物が、城内になだれ込んでいるようだった。壁一面に張られていた窓ガラスが割られ、そこが魔物の侵入口となっている。
僕たちも魔物を処理しながら、窓から城内へと飛び込んだ。
「スイ、壁を!」「……了解です」
窓のあった場所にスライムの防壁を作り、魔物を押し止める。
ちょうど、僕たちが入ったのは広間のようだった。フーコさんと初めて会った部屋だ。
僕はそのまま、広間のほうを振り返ろうとして――。
「……っ」
濃密な血の匂いが、鼻孔をくすぐった。嫌な予感がむくりと首をもたげる。
おそるおそる、振り返ると――赤い。
白い広間に、赤い血飛沫が飛び散っていた。
そして――食いちぎられたような人体の破片があちこちに転がっている。
『……これは』
「……そ、そんな」
思わず膝から力が抜けた。喉の奥から吐き気がこみ上げてくる。
「どうしたの?」
「フーコさんが、魔物にやられて……」
「そうなの?」
「……はい、間に合わなかった」
「どんまい?」
「……って、あれ?」
顔を上げると、なんか普通にフーコさんがいた。白い広間の中央で、ティーカップ片手に車椅子にゆったり腰かけている。
というか、めちゃくちゃ余裕そうだ。
『うわ、恥ずかし……』
「そ、それより、無事だったんですね!」
「本当によくぞご無事で……」
広間を見まわすと、激戦のあとといった様相だった。人形兵士たちのパーツが散乱し、無数の魔物が天井から糸でつり下げられている。
片付けのときに見ていた人形やワイヤートラップは、このときのために用意していたのか……。
「わたしも少しはやるのよ? えっへん?」
無表情のまま、ふんすーっ、と鼻から息を出す。
自信があるのかないのか、よくわからない口調だ。
「でも、もうギリギリかも?」
「たしかに、人形の兵士たちがほとんど残ってませんね」
「ちなみに、わたし本体はナメクジより弱いわ? えっへん?」
「そこは自慢げにならないでください」
と、窓のほうが騒がしくなってきた。
「……あ、主様……だんだんキツくなってきました」
スライムシールドの防壁が、魔物の群れに押されかけていた。あまり時間はなさそうだ。
「とにかく、早くここから逃げましょう!」
「……逃げる?」
フーコさんが、きょとんと首を傾げる。
『そうよ! あんたがやられたら、聖都が沈んじゃうんでしょ?』
「陛下、ここはひとまず撤退を……ノロアくんが逃げる方法を用意しています」
「フーコさんがこの部屋から出れば、反撃することもできるんです」
おそらく、ラヴリアは魔物にこう命令しているはずだ。
――大聖城の中にいる人間を殺せ、と。
魔物が聖王を判別できるはずもないし、そう命令するしかない。
そして、白竜の様子を見るかぎり、魔物は命令されていること以外のことを、自分で考えてやることはできないようだった。
そこにラヴリアの呪いの装備の弱点がある。
つまり、フーコさんさえ大聖城から出せば……魔物たちは攻撃目標を見失って行動不能になる。その魔物たちを大聖城の外側から、一方的に攻撃すれば――。
「そうすれば、ラヴリアたちの計画をくじくことができるはずで……」
「残念だけど、わたしは逃げないわ?」
「…………え?」
予想外の反応に戸惑う。
それはミィモさんやジュジュも同じだったらしい。みんな、ぽかんとしている。
「逃げないって……」
「どうして、わたしが今まで、この部屋から出なかったと思う?」
『引きこもりゲーマーだからでしょ?』
「半分正解?」
「半分も正解でいいんですね……」
「とても惜しかったわ?」
『で、残りの半分はなんなのよ』
「……この聖都に結界を張っている代償よ? わたしは、この結界から出られないわ?」
「……っ!」
たしかに、聖都にはとんでもない数の結界がある。それも、かなり高性能な結界だ。
これを1人で張っているのだとしたら……相応の代償はあるはず。
「結界都市サンクティア――それはわたしの装備しているダンジョンの名前よ? わたしはこのダンジョンに結界を配置した代償に、ボス部屋に囚われることになったわ?」
安全地帯を作る代わりに、安全地帯に囚われる呪いということか……。
「……じゃあ、なんですか? 僕たちは、フーコさんを助けることすら、満足にできないと……?」
足元がおぼつかなくなり、思わずふらついた。
ミィモさんも初耳だったのだろうか、絶望的な表情をしている。
……唯一の希望とも思われた作戦が、あっさりと潰されてしまった。
魔物の襲撃から、ひたすらフーコさんを守るのは無理がある。体力にも物資にも限界があるのだ。今からラヴリアの説得をするのも難しい。フーコさんを守るためには、この部屋から出るわけにもいかないし、そうなると……僕にはなにもできない。
このままでは、誰も救われないバッドエンド一直線だ……。
「そんなことはないわ?」
フーコさんが僕の考えを見透かしたように言う。
「あなたは呪災の解決が得意でしょう?」
「それは……得意なほうだとは思いますが」
初めて会ったときも、同じ問いかけをされた。
そして、同じように答えたはずだ。
「それは、なぜ?」
「他の人より呪いの装備のことを知ってますし、場数も踏んでいるので。あとは……戦うことはそれなりに得意なので」
「なら、あなたはあなたのするべきことを、すればいいだけよ?」
「するべきこと……」
問答みたいな会話だったけど。
なぜか突然、はっとした。フーコさんの言いたいことがわかった。
「……主様、もう!」
そこで、スイが悲鳴のような声を出す。
さすがのスイも、これほどの魔物の攻勢には耐えきれないか。広範囲を守っているせいで、いつもより守備力が弱くなっているのもあるかもしれない。
「スイ、交代だ」
僕はスイを変形させ、入れ替わりに血舐メ丸の衝撃波を叩き込んだ。
魔物の第一陣を蹴散らす。だが、すぐに第二陣がやってくる。
「ミィモさん、フーコさんをお願いします」
「君は?」
「戦いにいってきます」
「……わかった」
ミィモさんは僕の顔を見てなにかを察したのか、重々しく頷いた。そして、巾着袋に入っていたキャンディーを一気に口に流し込み、がりがりと噛み砕く。
「ここは任せて、安心して行ってくるといい。こう見えて……私は聖王陛下の最高傑作だからね」
「……?」
その言葉の意味はわからなかったけど、今は考えている余裕もない。僕は魔物を斬り飛ばしながら、部屋の外へと向かう。
そして、窓に手をかけたところで。
「――ノロア・レータ?」
フーコさんに呼び止められた。
「あとで、部屋片付けてね?」
「……いきなり憂鬱になるようなこと言わないでください」
僕は苦笑しつつ、大聖城から出た。
大聖城の周囲にある水路を見回すが、魔物たちの数はまだ途方もないほど多い。
魔物たちと戦うにしても、僕は乱戦が苦手だ。スライムソードでは手数が足りないし、こうも魔物が分散していたら、血舐メ丸による衝撃波の効果も薄くなる。かといって、目を開けたまま抜刀すれば、フーコさんたちもろとも虐殺してしまうだろう。
『で……結局、どうするの?』
「……ラヴリアたちと戦う。説得はあきらめる」
『殺すってこと?』
「違うよ。戦いを終わらせるために戦うんだ」
僕は今、ラヴリアから敵だと思われている。
なら、説得は難しいし、不確定要素が大きすぎる。
それに、僕は誰かを説得するのが苦手だ。僕にそんな会話スキルがあるのなら、そもそもこんな事態にはなっていない。
フーコさんを守って、魔物たちを倒して、ラヴリアたちを説得して……と、僕は今まで自分にはできないことまで、全部1人で背負い込もうとしていたのだ。
他人を信頼することができず、1人で戦っている気にでもなっていたのかもしれない。
「チームプレイだよ。僕は僕のできることをするだけだ」
『そうね、ただ戦うだけなら……あんたは世界最強よ。どんな敵にだって負けないわ』
「だといいけどね」
フーコさんは、あと少しなら持ちこたえられると言っていた。ミィモさんも側についていれば、もうしばらくは持つだろう。
僕のすべきことは、彼女たちを信頼して……短時間でこの呪災を解決すること。
つまりは、いつもと同じことをすればいい。
「呪いの装備の力を見極めて、対処する……それだけだ」
僕は息を長く吐いてから、すっと頭上を仰いだ。
ラヴリアを乗せた白竜が、大聖城の周囲をゆっくりと旋回している。操られているせいか、同じペースでぐるぐると同じ場所を……。
やはり自動的に動かされているんだろう。
「……飛んでる場所……高度が低いな」
『え?』
「やっぱり、笛の音色が届かないと魔物を操れないのか。だから、大聖城の近くから離れることができない……」
『だからなによ。どっちにしろ、めっちゃ高いじゃない』
「いや、あれじゃ低すぎるんだよ」
白竜が飛んでいる場所は、高度100メートルぐらいか。
攻撃も声も届かない高さではある。
しかし、それだけではダメなのだ。なぜなら……。
「すぐ側に、世界一高い城があるんだから」
聖都に入った初日、シルルがさりげなく解説していたのを思い出す。
「大聖城の高さは200メートル以上ある。白竜が飛んでる場所よりも高い」
『……まさか、飛んでるドラゴンに飛び乗る気?』
「大丈夫だよ。空中機動ならレイヴンヤードで散々やったからね」
『……正気じゃないわ』
飛んでいるドラゴンに飛び乗るといっても、白竜は決まったコースをゆっくり旋回しているだけだ。比較的、難易度は低い。白竜に飛び乗るまではなんとかなるだろう。
あとは、そこからどうやって呪災の解決に持ち込むかだけど……ラヴリアを殺せば、魔物たちが制御を失って被害が増えてしまう。呪いの装備を奪ったところで、すぐに使いこなせる装備でもなさそうだ。
それでも、どこかに“抜け道”があるはずだ。
「考えろ……」
目を閉じて、考えを巡らせる。さっきよりも考えるべきことが減ったからか、冷静に現状を分析することができた。
――笛の音色で魔物を操る力。
――魔物を引き寄せる代償。
そして、思い出す……今までのラヴリアとの日々を。
「…………見えた」
誰も傷つかない結末への“抜け道”が。
マーズたちは聖都の結界を逆手に取って、完璧な計画を作り上げた。
なら、僕は――その完璧な計画をさらに逆手に取る。
「――この戦いを終わらせにいこう、ジュジュ」
~おまけ・聖王フーコの装備(装備枠=7)~
・不操人形(???):効果=???。素早さ=0。
・自動車椅子(A):念じた通りに動く車椅子。
・人魚姫のティアラ(S):水中行動可。地上歩行時ダメージ。
・選理眼(SSS):全知無能の目。選択した時間・空間をのぞき見ることができる代わりに、現在・目の前を見ることができなくなる。選理眼で見た知識によって未来に直接干渉することはできない。
・不死装束(SSS):HP≠0。死ぬことができなくなる呪い。肉体が消滅しようと意識は永遠に残留する。
・操吊リ糸(SS):人型のものに疑似魂を込めて操ることができる糸(を出す腕輪)。本来の用途とは違うが、出した糸をワイヤートラップなどに使うこともできる。
・結界都市サンクティア(SSS):結界のみによって作られたダンジョン(人工物は装備とは別物)。ダンジョン内に任意のものを弾く結界を配置することができるが、結界を再配置するには1からメイキングをやり直す必要がある。装備者はダンジョンボスとなり、ボス部屋(結界)に閉じ込められる。