説得
セインさんのおかげで 大聖城の前まではスムーズに到着した。
しかし……。
「……問題はここからだね」
「……はい」
たしかに、大聖城まで近づくことはできた。
だが、ここから大聖城までは足場がない。大聖城は魔物がひしめく湖の中、ぽつんと浮かんでいるのだ。
大聖城までの距離は、少なくとも300メートル以上はあるだろう。
『思ったより、距離があるわね』
「……あと少しなのにな」
あと少し、フーコさんさえ救出できれば活路は生まれるのに……。
ぎりぎりのところで手が届かない。
聖都が沈んでいないということは、まだフーコさんは持ちこたえているということだけど……湖の中心で孤立している大聖城には、すでに魔物がなだれ込んでいた。
入り口が狭いのが、唯一の救いか……。
「これは泳がないとまずいかな?」
「僕、浮き輪がないと泳げませんよ?」
『わたくしは泳ぐの得意よ! なにを隠そう、“聖都のリトルマーメイド”とはわたくしのことなの!』
「いつの間にかUMA扱いされてたんだね、君」
「なんにせよ、これだけ魔物がいるところでは泳ぎようがないね……」
「……シルルさえいればな」
あの場で竜化させていなければ。ラヴリアの呪いの装備を奪っていれば。
そんな“たられば”が、いくつも出てきて……。
『落ち着きなさいパンチ!』
すぱんっ、とジュジュに頭を叩かれる。
「……パンチではなくない?」
『それはどうでもいいわ』
「うん、本当にどうでもいいと思うけど」
『それより、うじうじ悩んでる暇はないでしょ。ちゃんと前だけを見なさい』
「前だけを……」
そうだ、余計なことを考えている場合じゃない。
この場を切り抜けるには、前だけを見ないと。
改めて、湖のほうを見る。魔物が黒々とひしめいている湖……。
どこを見ても、道になるような足場はない。かといって、泳いでわたるのも不可能だ。
「ふむ……船を用意したところで、この中を進むのは厳しそうだね」
「魔物に轢かれて粉々になりそうですしね」
ただの船では、耐久力も重量も足りない。
破損を免れたとしても、魔物の波に呑まれて転覆するのがオチだろう。
もっと頑丈で、重量のある乗り物が必要だ。となれば……。
「……賭けにはなりますが」
僕は暴食鞄からそれを取り出した。
「これは……」
ミィモさんがぎょっとしたように目を見張る。
「たしか、訓練のときに使っていた……クラーケンの死体だったかな」
「はい」
白くしなだれているクラーケンの死体。
これは以前、聖都に来る道中にゲットしたものだ。
クラーケンは外皮が岩のように硬く、巨体なだけあって重量もある。
とはいえ……目の前の魔物たちの波に耐えきれるかというと、少し心もとない。
「スイ、装甲になってくれ」
「……タコ鎧とは新しいジャンルです」
スライムシールドをクラーケンにまとわりつかせ、耐久力を補強する。
これなら、なんとか大聖城までは持ちそうかな。
「まさか、クラーケンを船代わりに……?」
僕がクラーケンの背に乗り込むと、ミィモさんが顔を引きつらせた。
「さ、さすがに無茶だ。いくら頑丈でも、魔物の群れの中に入れば、確実にひっくり返る……」
「やってみなければ、わかりませんよ」
「とても正気とは思えないが……」
『でも、それしか方法はないわよ』
「……迷わせてはくれないということか」
ミィモさんが溜息をついてから、覚悟を決めたようにクラーケンに乗り込んだ。
「できるだけ、安全運転で頼むよ」
「善処します」
僕は答えながら、死這イ冠を頭にかぶる。
「死這イ冠をもって、死者に命じる――僕たちを運べ」
そう命じると、クラーケンはうねうねと力強く動きだした。
触手をくねらせながら、湖のほうへと動きだし――だんっ! とジャンプする。
「うわっ!?」『飛んだっ!?』
どばんっ! と、クラーケンが荒々しく湖にダイブした。
そのまま、どどどどど――っ! と猛烈な勢いで、魔物たちの波に流されていく。
「――きゃああっ!? きゃあああああっ!?」
ミィモさんが涙目になりながら、女の子らしい悲鳴を上げる。
いつもは飄々としているが、意外とこういう系は苦手らしい。
「しっかり捕まっててくださいよ!」
振り落とされないように、なんとかクラーケンの体にしがみつく。
内臓をかき回されているような、凄まじいスピードと揺れだ。
快適な乗り心地などは期待していなかったが、さすがにこれはひどい。
さらにミィモさんの予想も当たり、クラーケンは何度もひっくり返り、そのたびに大量の水をかぶるハメになった。
しかし、そのかいもあり、大聖城まで一気に接近することができた。
『城まで、あとちょっとよ!』
「う、うんっ」
もう大聖城は、すぐ目と鼻の先だ。
なんとか無事にたどり着けたか、そう安堵しかけたとき。
突然、周囲の魔物たちの動きが――ぴたりと停止した。
「……な、なんだ?」
戸惑う僕たちの頭上に、ふと影がさす。
「――お、驚いた……こんなとこまで来たんだね」
そんな声とともに目の前に現れたのは、白竜だった。
理性を失った虚ろな眼で、こちらを睨んでいる。
そして、その上にいるのは――。
「……ラヴリア」
「……ラヴリアくんか」
とっさに銃を構えようとしたミィモさんを、手で制する。
せっかく近づいてきてくれたのだ。おそらく、最初で最後の説得のチャンスだった。
「……ラヴリア、話をしよう」
「は、話? それより、ノーくん! そんなところにいたら危ないよ……!」
「いや、君が危なくしてるんだけどね」
「というか、え……? ……なにに乗ってるの? ちょっと楽しそうだけど……い、今は逃げないと……!」
わりと、おろおろしていた。
こんな状況になっても、まだ僕の心配をしてくれるのか。危険だと伝えるために、わざわざリスクをおかしてまで近づいてきてくれたのか。
思わず、口元が緩む。
少しだけ安心した。僕の知らないラヴリアになったわけじゃないみたいで。
「うぅ……どうして逃げてくれないの? どうして戦おうとするの? ラヴは戦いたくなんてないのに……」
「ラヴリア……聖王を殺せば、聖都が沈むんだ」
「…………え?」
ぽかんとする。
『かんっぜんに、知らないって顔ね』
「どういうこと……なの?」
「この聖都の土台には、聖王が作った結界が使われてるんだ。だから聖王が死ねば、その結界が消えてなくなる……」
『そうなったら、この街もろとも、わたくしたちもメガネビームもみんな沈むわ!』
「う、嘘……そんなこと聞いてないよ」
ラヴリアの顔が目に見えて青ざめた。
眼下にいる魔物たちと僕たちを交互に見比べ、いやいやするように首を振る。
「う……嘘だよ! ノーくんは嘘ついてる!」
「嘘じゃない! 信じてくれ!」
「だって、これが一番、誰も傷つかない計画だって……これが一番みんなが幸せになれる計画だって……メガネビームが言ってたもん!」
『だから、メガネビームも知らないのよ!』
「でも、メガネビームはこの街の結界について、いっぱい調べたって!」
『メガネビームが、わたくしたちより信頼できるっていうの!』
「だ、だって……ノーくんもジュジュちゃんも、今は敵だし……今のラヴの味方は、メガネビームだけだもん……!」
『なによ、メガネビームが……!』
「ちょっと、メガネビーム禁止していいかな?」
話に集中できない。
「とにかく、ラヴリア……こんなことはやめてくれ。君たちの計画が達成されたところで、誰も幸せにはなれないよ」
「…………無理だよ」
ラヴリアが、ふっと体から力を抜く。
まるで、全てをあきらめてしまったように……。
「もう、遅いよ……ここまでして、ラヴがただで済むはずないもん……」
「それは……」
たしかに、ラヴリアの言うことが正しい。
ただでなくても、“呪い持ち”だとバレた時点で、死しか問わず。
そのうえ、聖王の暗殺を企てたのだ。
ラヴリアは情状酌量の余地もない――大罪人。
それでも。
「僕がなんとかするから……!」
「ノーくんに、なにができるの……?」
「君を守ることができる……と思う」
「……なにを言ってるの?」
ラヴリアが自嘲するように笑う。
「ラヴは世界の敵だよ? 災害なんだよ? ラヴが存在するだけで、みんなが不幸になる。そんなラヴを守るために、ノーくんは世界を敵に回してくれるとでもいうの……?」
「それは……」
「そもそも……ラヴは守ってほしいなんて、言ってないよ?」
「……っ」
突き放すような冷ややかな声だった。
だけど、違うんだ……ラヴリアは言っていたんだ。
――誰か、ラヴを……守って……。
悪夢にうなされていたときに……たしかに、守ってほしい、と。
それなのに、なぜ拒絶するんだ。
僕に……迷惑をかけないためなのか?
「……それでも、僕は……」
ダメだ。気持ちばかり先にいってしまって、うまく言葉にできない。
誰も傷つかない結末を目指すと言ったのに。
どうしても、ラヴリアの心を動かせる気がしない。
そうこうしているうちに。
「……ごめんね、そろそろ笛を吹き直さなきゃ……」
「あ……」
ラヴリアが横笛に口をつけた。
僕がふたたび言葉を発する前に、白竜が飛び上がる。
すぐに、僕の声なんて届かないほど高くまで行ってしまう……。
「……あの様子だと、もう説得は無理そうだね」
「……くっ」
せっかくのチャンスだったのに説得できなかった。
それどころか、ラヴリアが僕たちに対して余計に壁を作ってしまった。
こんな肝心なときに、僕はなにもできない。
『気にすることないわ。誰もあんたの説得スキルに期待してなかったし』
「うむ、切り替えよう……とにかく、今は陛下だ」
「……はい」
改めて前方を見る。大聖城はもうすぐそこだ。
……ラヴリアの呪いの装備の弱点は、わかっている。
聖王さえ救出できれば、ラヴリアに反撃することができるだろう。