チームプレイ
横笛の音色が降り注ぐ聖都にて。
僕たちは聖王救出のため、大聖城へ向かっていた。
街をばらばらに配置され直した今、聖都のどこにもまともな道はない。ぽつぽつと浮いている建物や道の欠片を足場に、前へ進んでいく。
そんな僕たちのすぐ横の巨大水路では、魔物たちが黒波のようにひしめいていた。
『何度見ても、すごい数ね……』
「地図操作が行われている間に、ラヴリアくんが湖中の魔物を集めてきたんだろうね」
ミィモさんが息を乱しながら言う。エネルギー補給のためなのか、キャンディーを口に放り込むペースも早くなっていた。
「さすがに、この数の魔物は相手にできませんね……」
無尽蔵にも見える魔物の数に対して、こちら側はミィモさんとセインさんと僕の3人だけだ。
魔物たちは一心不乱に大聖城を目指しているのは、幸か不幸か……この魔物たちが好き勝手に暴れだしたら、対処しようがなくなってしまう。
「ふむ……しかし、魔物の動きがやけに遅いね。これは、魔物を横笛の音色圏内に収めようとしているせいかな? 何度も横笛で命令し直しているようにも見える……一応、こんなめちゃくちゃな呪いの装備にも限界はあるようだね」
審問官としての癖なのか、ミィモさんが分析しだすが。
「遅いといっても、魔物たちのほうが速いですけどね……」
さすがに、魔物たちの泳ぐスピードは、人間の足とは比べようもない。
それも、僕たちはまともな道を走れていない状況だ。
「くそっ……状況が絶望的すぎる。このままでは本当に聖都が沈むぞ」
セインさんが悔しげにうなる。
「くそっ、なんで俺はなにもできないんだ……! こんなときに人々を守るために審問官になったというのに……! こんなザマでなにが英雄か……くそっ!」
「落ち着きたまえ、セインくん。焦っても仕方がないよ」
『……なにか打開策はないの?』
「……ダメだ、考えるほど手詰まりとしか思えない」
敵の計画があまりにも用意周到すぎる。
たとえ、ラヴリアやマーズを倒したところで、この状況が変わるとは思えない。むしろ、魔物が制御を失って、余計に被害が増えるだけかもしれない。
おそらく、彼らの計画が発動した時点で、僕たちがどうあがいても計画が達成されるようになっているんだろう。
「やはり、唯一なんとかできそうなことは……聖王陛下の救出だけかな」
「そうですね……」
ミィモさんの出した結論に、同意したところで。
「……いや」
聖王の救出ができるだけ? 本当にそうか?
聖王を救出したあと……状況はどうなる?
「……あっ! ラヴリアの呪いの装備の弱点がわかったかもしれません」
「……! 本当かい?」
「はい! 聖王さえ救出できれば、戦いを終わらせることができると思います……!」
思わず興奮して言うが。
「戦いを終わらせる、だと……? まだ、そんな夢物語を語っているのか」
セインさんがいらいらしたように言い捨てる。
「剣を抜いた敵と話し合えとでも? 甘ったれるな。俺たちだって好きで敵を殺そうとしてるんじゃない。だが、どちらかが死ぬまで戦いは続くんだ。こればかりは仕方のないことなんだよ」
「いや、セインくん……あながち、甘えというわけでもないかもしれないよ」
「……ミルナス長官?」
「あくまで重要なのは結果だからね。結果さえ出せるのなら、誰も殺さないというのも最善策になりうるだろう」
「……え」
意外なところから、助け舟が出てきた。
ミィモさんこそ、“呪い持ち”を殺すべきだと言うと思ったけど。
「意外かい、私がこんなことを言うのは?」
「そ、そんなことは……」
『そうね、あんたのことは殺戮マシーンだと思ってたわ』
「ひどい言われようだな……」
ミィモさんが苦笑する。
「だが結局ね、私たちが敵を殺そうとするのは……弱いからなんだよ。弱いから、敵が怖くて怖くて仕方がない。敵を殺さないと安心することができないんだ。敵を殺さない覚悟をするには……途方もないほどの強さや勇気がいるからね」
それから僕のほうを見る。どこか羨望を込めたような眼差しで。
「本当はみんなハッピーエンドが大好きなんだ。だけど、みんな弱いから仕方ないとあきらめてしまう。もしも、誰も傷つけずに戦いを終わらせるなんて、そんな夢物語みたいなハッピーエンドを作れる人がいるのなら……そういう人が、きっと英雄と呼ばれるんだろうね」
「…………英雄」
セインさんが、ぽつりと呟いた。
「おい、貴様」
「僕ですか?」
「上官を貴様などと呼ぶわけないだろう。さすがに無礼すぎる」
「僕なら呼んでいい、ってわけでもないと思いますが」
「それより……戦いを終わらせることができると言っていたな? なにか作戦はあるのか?」
「いえ、まだ作戦というほどでは……」
「言え、時間がない」
「は、はい。もしも僕の考えが正しいなら……聖王を救出したあと、魔物を一網打尽にすることができるはずです」
僕は走りながら、簡単に作戦の説明をする。シンプルな作戦であったおかげで、ミィモさんたちはすぐに理解できたようだ。
「ふむ……たしかに、これなら戦いを終わらせられるかもしれないね」
「ただ、そのためには……『フーコさんが倒れる前に、僕が大聖城に到着する』ということが条件となりますが」
「…………そうか……貴様が、か」
セインさんがそう呟き、なにかを考えるように沈黙したときだった。
『……ノロア! 魔物が!』
ジュジュの悲鳴のような声で気づいた。
一心不乱に大聖城へと向かっていた魔物たちが――僕たちへ向けて飛びかかってきていた。
気づけば、横笛の音色が先ほどとは変わっている。
「……ラヴリアくんがこちらに気づいたか!」
「くそっ……!」
とっさに目を閉じて血舐メ丸を抜刀する。衝撃波を飛ばして、まとめて魔物を蹴散らすが……。
『きりがないわ!』
「数が多すぎる……!」
次から次へと、こちらになだれ込んでくる魔物たち。
「……さすがに、この数相手には戦えないね。こうなったら遠回りするしかないかな」
「でも、遠回りしたら救出が……」
「……急がば回れだよ。遠回りより戦うほうが時間がかかるだろう? だから、ここはいったん退いて……」
ミィモさんが苦々しそうに判断を下そうとしたとき。
「……くそっ!」
無言を貫いていたセインさんが、突然、魔物たちへ向かって駆けだした。雷槍に稲妻をまとわせ、水路へと突き刺す。
「――痺れろ、ランスボルト!」
かっ! と、青白い閃光が爆発した。
魔物たちが怯み、ぴくんっと動きを止める。しかし、数は減らない。セインさんがふたたび雷槍を水路に突き刺す。
「セインさん、なにを……!」
「……俺の装備なら、広範囲の魔物を足止めできる」
「え?」
「ここは俺に任せて先に行けと言ってるんだ」
「で、ですが、1人でこの数は……! すぐに加勢を……」
「やめろ」
きっ、と睨まれる。
「貴様は……この戦いを終わらせるんだろ! 俺にはできないことをしてくれるんだろ! なら、遠回りなんてするな! さっさと行け……ノロア・レータ!」
「……っ」
「……先に進もう、ノロアくん。セインくんも引き際はわきまえている」
「……はい」
セインさんに背を向けて、ふたたび走りだす。雷槍の力のおかげで、水路の魔物たちは動きを鈍らせていた。
大聖城の前まではスムーズに到着する。
しかし……。
「……問題はここからだね」
「……はい」
たしかに、大聖城まで近づくことはできた。
だが、ここから大聖城までは足場がない。大聖城は魔物がひしめく湖の中、ぽつんと浮かんでいるのだ。
大聖城までの距離は、目算で100メートルはあるだろう。
『……思ったより、距離があるわね』
「……あと少しなのにな」
あと少し、フーコさんさえ救出できれば活路は生まれるのに……ぎりぎりのところで手が届かなかった。