聖都崩壊
「……わかったよ。ノーくんがそう言うなら――」
うつむいていたラヴリアの目から、1粒の雫がこぼれ落ちる。
「――始めよう、魔界ノ笛」
ラヴリアが横笛を口元へ当てた。先ほど船で吹いていたものだ。
“魔物操作”の力を持つ、ラヴリアの呪いの装備。
その笛の音色が奏でられた瞬間――聖都全体が大きく震えだした。凄まじい地響き。地面が縦横無尽に揺れ、まともに立っていられない。
「ラヴリア……!」
嫌な予感がして、慌てて止めに入ろうとする。
だが、もう遅かった。
「……ぐっ!?」
突然、ずんっと衝撃に襲われた。
予期せぬ方向からの攻撃だった。スライムシールドの自動防御が発動したが、それでも威力を殺しきれなかったのか大きく吹き飛ばされる。
なんとか受け身を取ってから顔を上げると……誰に攻撃されたのか、すぐにわかった。
「……シルル?」
『……嘘でしょ』
白竜の目から、いっさいの感情が消えていた。
ラヴリアが横笛の音色を変えると、ふたたび白竜が尻尾をぶぉんっと振るう。とっさに飛び退くと、つい一瞬前まで立っていた地面が粉々に爆ぜ飛んだ。
「魔物操作……!」
そうか……たしかに、シルルの竜化はただの変形とは違う。空を飛べたり、力が増したり、体温調節が苦手になったりと、ドラゴンそのものの体になるのだ。
体がドラゴンだということは……つまり、魔物だということ。
「……シルちゃんは借りてくね」
ラヴリアが僕のほうを見ずに、白竜に乗り込む。
「待って、話を……」
「……近づかないで」
ラヴリアがふたたび横笛を吹く。拒絶するような鋭い一音だった。それと同時に、白竜の口から――青白い炎が放たれた。
「……うおっ!?」
なんとか避ける。しかし、その炎の熱気を浴びただけで、髪や服がちりちりと焦げる。
凄まじい火力だ。直撃すれば一瞬で灰になるだろう。
『……というか、あいつ、火なんて吐けたかしら?』
「……たぶん、操られてることでシルルのポンコツさが消えたんだ。ドラゴン本来の力を発揮してる」
『つまり、めちゃくちゃ強くなってるってこと?』
「……もともとポテンシャルは最強だったんだろうね」
ドラゴンは伝説級の魔物だ。Sランクの魔物の中でも段違いに強い。たった一度の攻撃ですら、地形を変えかねないほどの力を持っている。
『とにかく、倒すしかないわね』
「……いや、ダメだ。あれはシルルだ。攻撃はできない」
おそらく、僕なら倒すことはできる。
しかし、僕が攻撃すれば、ほとんど確実にシルルは死ぬ。
絶対に敵に回してはいけない存在だった。
「ノーくん、ラヴは悪い子だから……もう守らなくていいからね」
決別のような言葉とともに、白竜が力強く羽ばたき始めた。
辺りに突風が吹き荒れ、体が飛ばされそうになる。
『ノロア、空に逃げる気よ!』
「く……」
空を飛ばれたら、もうなすすべがない。
「こうなったら……ジュジュ、針を! 今のうちにラヴリアから呪いの装備を奪う!」
『ええ、ばっちこいだわ!』
手の中に、光の針が現れる。
他人の呪いを奪うための、呪われた針だ。
ラヴリアに近づき、その針をジュジュの心臓に刺そうとして――。
「……邪魔をするな」
今度は、突然――足場が大きく後ろへスライドした。
思わず体勢を崩し、針がジュジュの額にぷすりと刺さる。
『あいったー!?』
「……くっ、今度は地図操作か!」
ふたたびジュジュの心臓に刺し直そうとするが……道が左右に大きく揺さぶられ、さらに前や後ろから建物が迫ってくる。針を刺している余裕がない。
「ふん……なんの装備かわからないが、やはり近づかなければ使えないようだな」
『ちょっと、邪魔するんじゃないわよ! 眼鏡割るわよ!』
「……それはこちらのセリフだ」
『残念でしたぁ! わたくし、眼鏡かけてませぇん!』
「……違う、“邪魔するな”というほうだ」
マーズが片眼鏡越しに冷たい視線を送ってくる。
「お前たちのせいで、ずいぶん計画が狂ってしまったが……まあいい。パズルはすでに完成している。計画を始めよう」
「パズル?」
『なんの話よ?』
「……答える義理はない。せいぜい舌を噛まないように注意しろ」
そして、マーズは本の上のパノラマ模型に手をかけた。
「――さあ、書き換えだ」
その一言で――――聖都が崩壊した。
聖都中の建物や道がほどけるようにバラバラに浮き上がり……渦を巻きながら、パズルのピースのように組み直されていく。
「うわ……!」『なによこれ!』
とっさにマーズのもとへ向かおうとするも、どんどん距離が遠ざかり――。
やがて、僕たちは波のように押し寄せる建物の群れに、なすすべもなく呑み込まれていくのだった……。
これにて6章終了です!
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次章は聖都編の終章です。ノロアの反撃が始まります。