鬼ごっこ
「――寄生宮、展開」
そう呟いた瞬間――腕輪が、ぶわっと花咲くように広がった。
僕とミィモさんが腕輪に包み込まれる。
周囲の景色が再構築されていく。
聖都の街並みから、豪華な宮殿へと……。
やがて変形が収まると、シャンデリアが一斉に火を灯し、上品な音楽が流れだす。
「ここは……」
ミィモさんが身構えながら、油断なく周囲を見回した。
今、僕たちが立っているのは、舞踏会でも行われそうな豪華な広間だった。
そんな空間の中、僕はミィモさんと1対1で向かい合っていた。
「たしか、ここは君の家だったかね?」
『“ジュジュ城”よ!』
「寄生宮だよ」
――寄生宮。
中に入ると、死ぬまで外に出られなくなるダンジョン。
しかし、今は……。
「この空間は、僕の装備下にある」
どこからともなく現れたククが、ぼんやりと僕の背後に浮かぶ。
彼女はこの装備に宿る魂だ。
そして、ククが持っているのは、この空間を掌握するダンジョン操作の力。
ここでは、あらゆることがククの思い通りになる。
「……だから、なんだというんだい?」
ミィモさんが余裕ありげな薄笑いを浮かべた。
「この家の中だとステータスでも上昇するのかな? それとも、家主以外は行動が制限されるというパターンかな?」
「なるほど……予想通りの反応ですね」
「なに?」
僕もミィモさんに薄笑いを返す。
「今までのあなたは、速攻や不意打ちを好んでいるようでしたが……急に、ずいぶんと慎重になりましたね?」
「……っ」
やはり、ミィモさんは神聖国最強の審問官だ。
そして、審問官は“呪い持ち”と戦う前に――。
――必ず、入念に調査する。
呪いの装備の調査員として働いていた僕は、その仕組みをよく知っている。
「相手の動きを先読みし、最善手を打ち続ける……そう言うと、すごそうに思えますが、それは情報に頼りきった戦い方です。あなたは情報をもとに事前に行動パターンを組み立て、その通りに動いていた。だから、僕が少し想定外の動きをしただけで、すぐに混乱してしまった……」
剣を交えてみて、わかった。
結局、審問官は情報ありきで戦うエキスパート。つまり、呪いの装備の情報を分析し、対策を練るのが専門みたいなものだ。
だからこそ、ミィモさんは事あるごとに僕の装備を調べようとしていた。僕がいつ敵に回っても、対処できるように。
ラヴリアを襲うときもそうだ。彼女の呪いの装備の効果について、魔狼を使ってあらかじめ調べていた。
結果として、僕は多くの手の内をさらしてしまったが……。
「この寄生宮の力は……まだ見せてないですよね」
だから、ミィモさんは動けない。
下手に動けば死ぬ。それが、知らない呪いの装備と関わるということだから。
「ふふ……君の攻略法を探ろうとしたのは時間の無駄だったようだね。さすがに、この呪いの装備の数では対処しようがない」
ミィモさんが顔を引きつらせるように笑う。
「だけど……せめて、一矢ぐらいは報いさせてもらうよ」
そして、銃と剣を両手に構えて――飛びかかってきた。
策もなにもない、がむしゃらな突撃。
……相打ち狙いか。
「……クク。今日の遊びは、鬼ごっこだ」
「ほいさ」
僕がすっと手を上に挙げると、ククも同じように手を挙げる。
すると――僕たちのいる部屋が、くるりと180度回転した。
上だった場所が、下に――。
下だった場所が、上に――。
「……なっ!?」
僕たちは床から天井へと真っ逆さまに落下していく。
ミィモさんは対応できずに空中で体勢を崩し……。
そして、僕はゆっくりと剣を振りかぶった。
*
ミィモさんとの戦闘後。
寄生宮を腕輪型に戻すと、ぽかんとした顔のラヴリアと再会した。外に取り残された彼女は、なにがなんだかわからないという様子だった。
「……あ、あれ……ミィちゃんは?」
「ミィモさんのこと?」
『それなら、ノロアが倒したよ』
後ろを見ると、ミィモさんが倒れていた。
といっても、意識を失っているだけだが。
「ミィちゃんって、たしか神聖国で一番強いんだよね……?」
『ふんっ、わたくしたち黄金コンビにかかれば楽勝だったわ!』
「いや、ジュジュはなにもやってないし……楽ではなかったかな」
ミィモさんは、今まで戦ってきた相手の中で一番強かった。
Sランクの魔物や“呪い持ち”たちよりも、ずっと……。
さすがは、神聖国最強と言われるだけのことはある。
「それより、早くシルルのもとへ行こうか」
ミィモさんがいつ目覚めるかわからないし、そろそろ他の審問官たちもここに来るかもしれない。
僕たちはシルルたちと合流するため、ふたたび走りだした。