神聖国最強の審問官
「――やれやれ、今のも防ぐのかね?」
振り返ると、そこにいたのは1人の幼い少女だった。
神聖国最強の審問官――ミイモ・ミルナスだ。
その袖口からは拳銃が飛び出し、白煙を上げている。
「あいかわらず規格外だね、君は。これだから……敵に回したくはなかったんだが」
ミィモさんがくわえていたキャンディを、がりがりと噛み砕く。いらだっているのだろうか、僕たちを見る瞳には、ぞっとするほど感情が宿っていない。
「……下がってて、ラヴリア」
「う、うん」
逃げ場はない。“抜け道”を試している余裕があるかもわからない。
そもそも、この場から逃げられたとしても、どこまでも追いかけてこられるだけだろう。ミィモさんの足は僕よりも速いのだ。
気が進まないけど……戦うしかないか。
僕はスライムソードの腕輪を、ぐにょりと長剣に変形させた。
「ふむ、形を変える武器に防具か。これは攻略が難しそうだね」
「それはどうも……!」
僕は答えながら、ミィモさんに一気に接近した。
拳銃という武器から判断するに、彼女は遠距離主体の戦い方をしてくるはずだ。
その予想が当たったのか――。
「……くっ」
僕が間合いをつめると、ミィモさんはとっさにバックステップで距離を取ろうとした。
それが狙いだった。
「ラム!」「……いっくよー!」
思念を集中させ、スライムソードの剣身を鞭状に伸ばす。
人間は足を動かした瞬間――とくに後ろに下がったタイミングに全身の動きが硬直する。その瞬間なら、足にからみつこうとする鞭を避けられないはずだ。
そう思ったが――。
「……え?」
――鞭が、宙を切った。
ミィモさんが拳銃で鞭の軌道をそらしたのだ。それも、まるでこちらの行動を先読みしていたかのようなタイミングで……。
「では……今度はこちらから、いかせてもらうよ」
「……なっ」
ミィモさんが着地した勢いで――たんっ、と地面を蹴った。
射出されるような勢いで、僕へ向かってくる。
――速い!
こちらからも距離をつめようとしていたせいで、間合いに入られるまでは一瞬。
そして、ミィモさんの片方の袖口から、剣が飛び出した。
まさか、遠距離攻撃主体だと思わせたのはブラフか……!?
「く……」
鞭のままでは近接戦闘に対応できない。
すぐにスライムソードを剣状に変形し直し――。
「きゃっ!」
「……ラヴリア!?」
ラヴリアへとキャンディーの弾が飛ぶ。一瞬の思考の隙をつかれた。
なんとか盾で防ぐのが間に合ったが思考が乱れる。スライムソードの変形が途中で止まってしまう。
その隙に、ミィモさんがラヴリアに剣を振るう。
まだ鞭状のままのスライムソードでは受けられない。
スライムシールドも――間に合わない。
「くそっ……!」
とっさにラヴリアを抱えて、その場から飛び退く。
間一髪の回避。路上を転がりながら、急いで体勢を立て直し――。
『ノロア! まだ来るわよ!』
「……次から次へと!」
そこでさらに襲ってきた剣の連撃を、とっさに盾で防ぐ。
……呼吸が読めない。目線が動かない。予備動作がいっさいない。
そのうえで、最善手を延々と取り続けてくる。
まるで機械のような戦い方だ。
しかし、こちらもやられっ放しではいられない。
思念を集中させてもらえないなら、自分で考えなければいい。
「ラム、元の形に戻ってくれ!」「わかったー!」
口頭でスライムソードの変形をラムにゆだねる。
さらに。
「スイ、剣をキャッチだ!」「……了解です」
スライムシールドを一瞬だけ粘体にして――ミィモさんの剣をからめ取る。
「……っ!?」
これはさすがに予想外だったのか、ミィモさんの動きがぴたりと止まった。
その隙に剣状に戻ったスライムソードで、ミィモさんの頭を狙う
完全に当たるタイミングだった。
しかし――。
「……な」
ミィモさんの頭に剣が当たる寸前――。
ごきり、と彼女の首がありえない角度に曲がった。
剣が、あっさりと宙を切る。
「……っ! なるほど」
ミィモさんが剣を捨てて、僕から距離を取った。
首を元の角度に戻して、ころんとキャンディーを口に放り込む。
「その変形する装備……考えた通りの形になるのなら、考えさせなければいいと思ったが……そういうわけでもないようだね。なるほど、口頭でも指示を出せたのか。だが、口頭指示では時間がかかるうえに、相手に手の内を明かすことになる……」
しばらくぶつぶつ呟いてから、にぃぃっと悪魔のように口元をつり上げる。
「――なるほど、理解した」
「……っ」
ぞくり、と背筋が冷えた。
たしかに、スライム装備を変形するには集中力が必要だ。
その所要時間はごく短時間だが、そのタイミングで的確に思考を乱されたら……変形させることができなくなる。
かといって、口頭での指示では、時間がかかるし、相手にこちらの手の内を見せることになってしまう。
『この短時間で、ここまで看破されたの……?』
「……いや、違う」
――よければ、君たちも訓練に混ざってくれないかね?
――いったい、いくつ呪いの装備を持ってるのかな?
――なにからなにまで頼りきりで、すまないね。
思えば、僕はミィモさんに手の内をいくつも明かしたけど……ミィモさんが戦っている姿は、ほとんど見たことがない。
「……最初から、僕を敵として想定していたわけですか」
「いや、単にあらゆる状況を想定していただけださ。こんな仕事をしていると、仲間の首をはねる機会も多いのでね」
想定とは簡単に言うが……僕は呪いの装備の効果を教えたわけじゃない。スライム装備対策の実験などもできないはずだ。
それでも、ここまで正確に対応できるのは……対“呪い持ち”の戦闘経験が、圧倒的に豊富だからだろう。
これが……神聖国最強の審問官か。
「しかし、君……全然、攻撃してこないね。もしかして、私を殺さないように気を遣ってくれているのかな? それとも……誰かを殺すことが怖いのかい?」
「……いえ、そんなことはな……」
『ぎくぅぅ!? そ、そそそ、そんなことはないわよ! 泣く子も黙る“鬼畜のノロア”さんに限って、そんな……ねぇ?』
「…………」
「…………」
「……その反応は当たりか」
「……ジュジュ」
もろに、こちらの弱点をさらしてくれたな……。
「これだけハンデをもらって攻めきれないなんて、なかなか自信を失いそうだよ。私もそれなりに強いつもりだったんだが」
「いえ……強いですよ、ミィモさんは」
「そういうセリフは、せめて3割ぐらい力を出してから言ってほしいものだね」
ミィモさんが肩をすくめる。
「ノロアくん……君は、本当に強いよ。私が今までに見てきた“呪い持ち”の中でも、飛び抜けて強い。だけど、君は……甘いね」
「…………」
「君は優しいから、私を殺そうとはしない。しかし、私は君を殺すことはできないが、ラヴリアくんを殺すことはできる。さてさて、戦いが長引いたとき、どちらが有利になるんだろうね?」
『たぶんノロアよ! 今月のお小遣い、全賭けしてもいいわ!』
「いや……ミィモさんの言う通りだ」
悔しいけど、彼女の言葉は正しい。
僕の戦闘能力は、敵を殺すことに特化している。
敵を無力化するとか、誰かを守るとか、そういうことには致命的に向いていない。
「戦いが長引けば、ラヴリアを守りきることはできないでしょうね」
「そうだろうさ。だから、無駄な戦いをせずに、大人しくラヴリアくんを引きわたしてくれたまえ。こうしている間にも、マーズのほうも暴れだすかもしれないからね」
「……そうですね」
「なら……」
「でも、それは……戦いが長引いたらの話ですよね?」
「……っ! なにを……!?」
僕は左腕を前に突き出した。
袖をまくり、そこにつけられた緑の腕輪をさらす。
そして――。
「――寄生宮、展開」
腕輪が、ぶわっと花咲くように広がり――瞬く間に、僕とミィモさんを包み込んだ。