さっそく、ドラゴン見つけちゃった
ドラゴンを追い始めてから、六日。
現在、僕は森の中を歩いていた。鬱蒼としたブナの夏木立をくぐり、どんどん奥地へ。しだいに地面には毒々しい紫土が増え、ブナの青葉は魔樹の紫葉へと変わっていく。それは周囲の魔素が濃くなってきた証であり、危険地帯に入ったということを意味していた。
それでも、足を止めるわけにはいかない。
羅針眼はまだまだ前方に針を向けているのだから……。
「……今日中に見つかるかな」
羅針眼のタイムリミットは、明日の朝だ。
それまでに呪いの装備を見つけなければ、代償で死んでしまう。もはや一刻の猶予もない。
『ま、余裕でしょ。この森にいることはわかってるんだから』
ジュジュがフードをハンモック代わりにして寝そべりながら、あくび混じりに言う。
無責任というかなんというか……装備者の命がかかってるというのに、ずいぶんのん気なものだ。さっきから、ジュースをくーっと一気飲みしては、『このために生きてるわ!』とか叫びまくってるし。くつろぎすぎだろ、この状況で。
まあでも、余裕があるといえばその通りでもある。
この六日間、なんの収獲もなかったわけではないのだ。
ドラゴンについての有力な情報はつかんでいた。なんでも、宗教都市サンプールにドラゴンが現れたとの話だ。目撃証言によると、ギーツの町で見たのと同じく純白のドラゴンで、サンプールの聖女をさらったすえに、この森のほうへ飛んでいったらしい。
どうやら、この森の中に巣がある模様。
僕が追っているドラゴンと同じなのかは確証がないけど、十中八九、当たりだろう。本来、ドラゴンが生息していない地域で、同じような見た目のドラゴンが何匹も出てくるとは考えにくい。
だから、そのドラゴンの巣に入れば、呪いの装備も見つかるだろう。
「〝半径三〇メートル以内にいる、Cランク以上の魔物〟を示せ」
森歩きの保険として、羅針眼に追加で指示を出しておく。左目の視界に新たに針が表示され、くるくると回りだす。針が一点を指さないあたり、とりあえず近くに危険な魔物はいないらしい。
羅針眼を使うのはリスクがあるとはいえ、まだHPや守備力に不安の残る現状では、魔物からの不意打ちはなんとしてでも避けたいところだった。
とくに、この森には今、ドラゴンがいるはずだ。
ドラゴンの宝を狙ってるとはいえ、まだドラゴンと戦うのはリスクが大きすぎる。たとえ攻撃を当てればワンパンとはいっても、それは相手も同じなのだ。それに、まんべんなくステータスの高いドラゴンに必ず攻撃を当てられるとは限らない。ここは慎重になるべきだろう。
できれば、巣にこっそり侵入して、呪いの装備だけをいただきたいところ。
ドラゴンと遭遇するのだけは、なんとか避けないと……。
そう、気を引きしめて歩いていると。
「……あ」
さっそく、ドラゴン見つけちゃった。
噂をすればなんとやら、というやつだろうか。
そのドラゴンを見るなり、僕は思わず息を呑んだ。美しい純白のドラゴンだった。その白い鱗は、木漏れ日を弾き、森の暗がりの中でもきらきらと光り輝いている。人間を丸呑みできそうなほどの巨体から放たれているのは、覇者としての風格。見ているだけで畏怖を禁じえないドラゴンだった。
そして、そのドラゴンは、今……。
「ぎゃっぎゃ!」「ぎゃひー!」「ぎゃっはー!」
『ひぃんっ! 痛いです! やめてください!』
……ゴブリンたちにいじめられていた。
頭を抱えてうずくまるドラゴンを、ゴブリンたちが木の棒でぺしぺし叩いている。
『お慈悲を! なんでもしますから!』
うん……なんだこれ?
あまりにもシュールすぎる光景だ。。
なんで、ドラゴンがゴブリンにいじめられてるの? というか、なんでドラゴンがしゃべってるの? ちょっと意味がわからなすぎて、思考が働かない
ただ、罠かもしれないから警戒しないと。人の声を真似る魔物というのは、人食いであることが多い。人間をおびき寄せて食らう以外に、人の声を真似するメリットはないだろうしね。
あのドラゴンには、あまり関わらないほうがいいだろう。
どちらにせよ、今がチャンスだ。今のうちに巣へ向かって、呪いの装備をいただこう。
そう考えて、こっそりドラゴンから離れようとするが。
『うぅ……ぐす……どうして、わたしがこんな目に……』
ついに、ドラゴンがめそめそと泣きだしてしまった。
その場から離れようとしていた足を、つい止めてしまう。
「こ、これは、助けたほうがいいのかな?」
『ゴブリンを?』
「ドラゴンをだよ。なにちゃっかり、勝ち馬に乗ろうとしてるんだ』
『でも、ドラゴンって一度は食べてみたくない? 鶏肉みたいな味するっていうけど本当かしら』
「君の頭の中には、食べることしかないのか」
それより、今はドラゴンのほうをなんとかしよう。号泣しているドラゴンを放っておくのは、さすがに心苦しい。悪いドラゴンでもなさそうだし、交渉もできるかもしれない。
問題は、どうゴブリンを追い払うかだけど……。
「あれをやってみるか」
僕は一つ息を吸うと、すらりと血舐メ丸を抜いた。鞘から抜けた刀身が、空気にさらされる感触。柄を通して、どくどくと伝わってくる脈動。
しかし――暴走はしない。
心の水面は、静かに凪いだままだ。
やっぱり、実験通りか。とすると、これが血舐メ丸の代償の〝抜け道〟と考えてもいいだろう。あまりにも単純なために見落としていたけど、『呪いの装備の代償には抜け道がある』という前提で考えてみると、見つけるのは容易かった。
まあ、血舐メ丸の使用に少し制限はかかるものの、ただ衝撃波を放つだけなら問題はない。
僕は刀の切っ先を下に向けて、軽く地面を突いた。
どんっ、と森が震動する。野鳥や魔物たちが、慌てて逃げていく音がする。
「……ふぅ」
一呼吸置いてから、血舐メ丸を鞘に納める。
気づけば、周囲の地面が陥没していた。
ゴブリンたちは逃げていったようで、すでに辺りにはいない。まあ、ゴブリンは悪戯好きなだけで、害があるというほどの魔物でもない。追い払うだけで充分だろう。
さて、ドラゴンはといえば……。
『ひぃぃ……いったい、なにが……』
さっきよりも怯えた様子で、体をぺたんと地面に伏せていた。ぷるぷると震えながら、『お慈悲を……お慈悲を……』とくり返している。まだ自分が助かったことに気づいていないらしい。
無言で去ろうかと思ったけど、どうも見ていられない。
「もう大丈夫だよ」
僕はドラゴンに声をかける。
『……?』
ドラゴンはおそるおそる顔を上げ、不思議そうに僕を見た。
「ゴブリンは追い払ったよ」
『あ……』
そこで初めて、ゴブリンがもういないことに気づいたらしい。
一瞬、ぽかんとしたあと――泣き腫らしていた目から、さらに涙をぶわっとあふれさせた。
『あ、ありがとうございますっ! あなたは命の恩人です!』
「そんな大げさな」
『と、ところで、あなたは……?』
「僕? 僕はノロアだ。冒険者をやっている」
『ノロア様……』
なぜだか、ドラゴンの顔がぽっと赤くなる。
しかし、フードから這い出てきたジュジュを見ると、すぐに顔が青ざめた。
『そして、わたくしがジュジュよ! 好きなサンドイッチの具は、生ハムなの!』
『ひっ!? 変な魔物がしゃべりました!』
『だ、誰が、変な魔物よ! どっからどう見ても、スーパー美少女でしょ!』
『ま、またしゃべりました!?』
『むきぃぃっ! あんたをサンドイッチの具にしてやるわ!』
『お、お慈悲を……!』
ドラゴンはすっかり怯えてしまったのか、頭を抱えて震えだす。
可愛そうに、変な魔物にからまれて。というか、ちっこい人形に怯えている巨大なドラゴンという構図は、なんだかシュールだ。
『ふんっ、まあいいわ。あんたが溜め込んでるお宝、全部よこせば許してあげる』
『お宝……? そんなものは、ありませんが』
『はぁ?』「あれ?」
おかしいな。このドラゴンは宝を集めるタイプだと思ってたんだけど。というより、呪いの装備を持っているとしたら、宝を集めるタイプであるはずだ。
もしかして、ドラゴン違いか……?
そういえば、宝を集める習性があるのはオスだけって話だった。一部のドラゴンのオスは、各地から集めてきた〝美しいもの〟――つまり、〝宝〟で巣を飾りつけて、メスに求愛する。ドラゴンが聖女や呪いの装備を持ち去ったというのも、ドラゴンがそれを美しいと思ったからにほかならない。だから、このドラゴンがメスであるなら、僕たちが追っているドラゴンとは別個体である可能性が高いというわけだ。
とりあえず、確認してみるか。
「ちょっといいかな」
『はい?』
僕はドラゴンの背後に回って、尻尾を少し持ち上げてみた。
「なるほど、メスか」
『……~~っ!? な、ななな、なにをするんですかっ! ハレンチですっ!』
「なんで!?」
尻尾にフルスイングされて吹っ飛ばされる。
……死ぬかと思った。ドラゴンの性別をチェックしただけで、この仕打ちはないだろう。
『ふぅぅーっ!』
ドラゴンがくわっと目を見開いて威嚇してくる。『ふぅぅーっ!』とか字面だけは可愛らしいけど、顔だけ見ると『人間め、殺してやる……ッ!』といった感じだ。めちゃくちゃ怖い。
なにやら逆鱗に触れてしまったのかもしれない。
それにしても、このドラゴンはメスだったか。
とすると、やっぱりドラゴン違いなのか……?
「ん?」
そこで、ふと気づいた。さっきまでと、羅針眼の針の向きが変わっていることに。ドラゴンの背後に回る前までは、針の向きはほとんど固定されていたはず。
この短時間で、呪いの装備の位置が大きく移動したのか?
そんな馬鹿な。とすると、これは……もしかして、そういうことなのか……?
試しに少し移動してみると、またしても、つつつ……と向きが変わる。
まるで、目の前にいるドラゴンに吸い寄せられるように。
「ねぇ、君」
『……なんですか?』
ドラゴンが涙目のまま、ちょっと睨んでくる。少し警戒させてしまったか。まあいい。
「君……もしかして今、呪いの装備とか持ってない?」
直球で確認してみると、ドラゴンがびくっとした。
悪戯がバレてしまった子供のような反応だ。わかりやすい。
『……も、持ってないですよー?』
「本当に?」
ジュジュをつまんで、ドラゴンの顔先に近づける。
「ほーらほーら」
『ひぃっ、そんなもの近づけないでください! なんでも話しますから!』
『ちょっと! なによ、この扱い!?』
ジュジュが抗議するように、じたばた暴れだした。
ドラゴンは荒ぶるジュジュにさらに怯えたようで、観念したように口を開く。
『……本当は、呪いの装備持ってます。これです』
ドラゴンが前足の爪で、ちょんちょんと頭を指す。そこには、角に半ば隠れるようにして、ちょこんと白薔薇の髪飾りが乗っていた。
意識して見てみると、呪いの装備であることはすぐにわかった。
通常装備にしては、あまりにも可愛すぎる。超越可愛い。ただ見ているだけで、心が吸い寄せられそうな装備だ。清楚にして、貞淑。儚げな気品をつつましくまとっているこの装備には、男が結婚したい装備の理想がつまっているといえるだろう。男ならば誰しもが、この装備にウエディングドレス着せて、チャペルで式を挙げる妄想をしてしまうはずだ。僕が見てきた装備のなかでも、男として守ってあげたくなる装備ナンバーワンだった。
「……見つけた」
そう呟くと、正解と言わんばかりに、左目の針がすぅっと消える。
僕が追っていた呪いの装備で合っていたようだ。
これで羅針眼の代償はなんとかなった。一件落着だ。
あとは、このドラゴンと交渉して、なんとか呪いの装備を譲ってもらえればいいんだけど……。
「そういえば……どうして、ドラゴンが呪いの装備をつけてるの?」
ふと、疑問を口にした。魔物が装備をすることは珍しいことでもないが、装備制限はもちろんある。たとえば、髪がない魔物は髪飾りをつけられない。だからもちろん、ドラゴンが人間の髪飾りなんてつけられるわけがないんだけど。
『それは……』
ドラゴンは少し言いよどんだが、やがて意を決したように話しだす。
『実は……わたし、人間だったんです』
『……という夢を見たの?』
『違います! 本当に人間です! 本当の本当なのです!』
ドラゴンが前足を握りしめて、ぶんぶんと振る。
なんとも人間らしい仕草だ。騙しているような悪意は感じられない。
とすると、もしかして……?
そんな疑問を感じとったのか、ドラゴンはこくりと頷いた。
『はい……わたし、ドラゴンになってしまったようでして――』