ゼロのノロア
3話まで雰囲気が少しだけ重めです。主人公が弱いのも3話まで。そこからは雰囲気がけっこう軽くなります。
※書籍版は定期的に「Kindle Unlimited」などのサブスク対象になったりしています。Web版と書籍版でけっこう変えている作品なので、そちらもぜひ!
※漫画版は「マンガUP!」での掲載が終了しましたが、「ガンガンONLINE」にて基本無料でお読みいただけます! 書籍版準拠でけっこうストーリーが変わってきていますのでぜひ!
――装備が人生を決める。
――装備選びは、人生選び。
――装備を制するものは、人生を制す。
そんなありふれた格言を聞くたびに、僕はその通りだと思うのだった。
「報酬? んなもん、やるわけねぇだろ?」
金ピカ鎧をつけた男に突き飛ばされ、僕は情けなく床に倒れる。
冒険者ギルドの集会所の床は汚く、誰かの痰やら食べかすやらが散乱している。そんな床には1秒でも長く尻をつけていたくないけど、立ち上がろうとした僕の腹を踏みつけられてしまう。
「装備枠0の“ゼロのノロア”に、俺の荷物持ちをさせてやったんだ。それだけで充分な報酬だろ?」
僕を足蹴にしている金ピカ男が嘲笑する。
この男は、ここのところ仕事を一緒にしていた仲間だった。
1週間、荷物持ちとして彼についていって、さんざんこき使われて、わざと魔物をけしかけられて、いびり倒されて……その結果が、この仕打ちだ。
なるほど、装備のない僕――“ゼロのノロア”には、お似合いの結末じゃないか。
「ああん? なんだ、その顔? 装備枠3の俺をバカにしてんのか?」
「……ごめん、なさい」
理不尽に怒られることは慣れている。それに反抗することもない。
そもそも、彼の冒険者ランクはBだ。
装備枠3の彼が身につけている装備も、ゴールドソード、ゴールドシールド、ゴールドアーマーと、一級品のBランク装備。
僕のような装備なしのGランク冒険者にとっては雲の上の存在なのだ。
だから、虐げられるのも仕方がない。
……装備が人生を決めるとは、よく言ったものだ。
装備がなければ人間はあまりにひ弱だ。
装備なくして、人間は魔物に勝つことはできない。
だから、人間は武具と魂の契約を交わし――装備する。
装備の強さは、そのまま人間の強さであり、武具と契約できる数――すなわち装備枠の数は、人間の才能そのものを表していた。
普通の人で装備枠1。戦闘職なら2。強者なら3。英雄クラスなら7。
一方で、僕の装備枠は0ということになっている。神から与えられる装備枠が0というのは、無才ということを超えて、汚らわしい存在として軽蔑されるのに足るのだ。
「あーあ、明日っからお前なしでせいせいするぜ。ダンジョンにお荷物を抱えていく余裕はないしな」
笑いながら去っていく男の背を見送りながら、僕はただ溜息をつく。
感情はとうの昔に麻痺していて、もう悔しいと思うこともない。
これが、僕――“ゼロのノロア“の日常なのだから。
*
僕の日々の生活には、足蹴にされることの他にもう一つだけ日課がある。
それは、武具屋のショーウィンドウをのぞくことだ。
昔から装備オタクと呼ばれてきた僕は、きらびやかな装備を見ているだけでも幸せになれる。人間は怖くて、汚くて、ひどいことばかりしてくるが……装備はいつだって気高くて、美しい。どんな装備もそうだ。なかでも、商業地区の外れにひっそりとたたずむ武具屋のものは格別で、何回見にきても飽きることがなかった。
「はぁ……いいなぁ」
ここのショーウィンドウに飾られているのは、青銀色にきらめくアダマンアーマーだ。その装備ランクは、世界最高のAランク。聖剣と同じランクで、下手すれば国宝級の価値すらあるかもしれない。
なんでこんな町にAランクの装備があるかというと、店主が冒険者時代に見つけてきたものらしい。自分が装備することはできなかったけど、あまりの美しさに売ることもできずに、ずっと持ち続けているのだとか。たしかに僕がこの鎧を手に入れても、絶対に手放せなくなるだろう。それぐらい魅力的な鎧だった。
しかも、このアダマンアーマーは美しいだけではない。装備すれば守備力が200も上がるのだ。守備力14の僕は、ただ装備するだけで守備力が15倍以上に跳ね上がる。さすがはAランク装備、桁が違う。
とはいえ、僕には装備することができないだろう。
お金がないということを置いといたとしてもだ。
装備とは、武具との魂の契約。武具が持ち主を認めなければ、力を発揮してもらえない。鎧ならば着ることさえ叶わない。装備できなければ、アダマンアーマーもただの飾り物にしかならない。
「……いつか装備してみたいなぁ」
そう口に出したものの、それは叶わぬ願いだと知っている。
僕には武具を装備することができないのだから。
どれだけ装備が好きでも、見るだけで満足するしかないのだ。今までもそうしてきた。どれだけ憧れても、どれだけ欲しいと思っても、いつも誰かに買われていくのを歯噛みしながら見送るしかないのだ。
そんなことを考えていると、つい自分の世界に没入してしまったらしい。
「ちょっと、そこどいてくれるか?」
話しかけてきたのは、木箱を抱えた人足らしき男だった。人が近づいてきたことも気づかず、進路を妨害していたようだ。
「え? あ、すいません」
条件反射的にぺこぺこ謝りながら道をゆずると、人足の男はせっせと武具屋に木箱を運び込む。ダンジョン産の武具でも入荷したのだろうか。
新しい武具。手に入らないのだとしても興味がある。
僕は業者の人が店から出ていってから、入れ替わりで店に入った。
「……らっしゃい」
店主のヤブキさんが、木箱の中身を検分しながら呟く。元Bランク冒険者だけあって、その筋骨隆々の巨体には威圧感があった。この店にあまり客が来ないのも、きっとヤブキさんの容姿が原因の一つだろう。
「あ、あの。これって、今日仕入れたやつですか?」
「ん? そうだが……って、“ゼロのノロア”か」
ヤブキさんは、僕の顔を見るなり渋い顔をした。
そりゃそうだろう。ヤブキさんは僕が金を持ってないことも、武具を装備できないことも知っている。商品を買うつもりがないのに店に居座る客。それに愛想よくできたら、もはや聖人君子だ。とはいえ、ヤブキさんはそっけないながらも邪険にはしないから助かる。
「ヤブキさん。なにか、いい装備入りましたか?」
「そうだな、まだちゃんと鑑定しちゃいないが……こいつなんかはBランクはありそうだな。攻撃力も100は超えてるだろ」
ヤブキさんが木箱から出したのは銀色の剣だった。鋼さえも切り裂けそうな極薄の剣先、精緻な魔術模様が刻まれた刀身、シンプルながらも品のある柄の装飾……思わず目が吸いつけられる。
「うわぁ……可愛い」
「か、可愛い? つーか……おい、そんな顔近づけんな」
「え……? って、うわっ! すいません!」
気づけば、刃と目と触れ合いそうになっていた。慌てて顔を離す。
「ったく、あいかわらずの装備オタクっぷりだな……」
「はは……すいません」
昔っから装備を見ていると、つい我を忘れてしまうのだ。
とくに高ランク装備とか、すごい萌える。見ているとなんだかハァハァしてくるし、将来こんな装備と結婚したいなと思ったりもする。とはいえ、今はまだアダマンアーマー以外の装備と結婚することは考えてないけど。
なんにせよ、僕の脳にとって装備とは、魅力的な異性みたいなものなんだろう。だからこそ、他の人に装備されるのを見ると、寝取られたような気分になるわけだ。
それからしばらく、ヤブキさんがルーペのような鑑定装備で武具を調べているのを見ていた。ヤブキさんとしてはやりにくいだろうけど、なにも言われなかった。客もほとんどいないし、話し相手でも欲しかったのかもしれない。
『ねぇ、ちょっとあんた……』
「ん?」
何気なく木箱の中をのぞいていると、かすかな声が聞こえてきた。
声のしたほうを見るが、誰もいない。女の子みたいな声だったし、ヤブキさんがしゃべったというわけでもなさそうだ。いや、ヤブキさんだって、たまにはキャピキャピした声を出すかもしれないけど。
『ああ……やっぱ、装備されないとダメね……声出すだけでもしんどいわ……寝よ寝よ』
「な、なんだ?」
また声がするのに、辺りにはなにもない。
いや、あるにはあるけど……鳥籠に入れられた手のひらサイズの人形だけだ。
黒髪のかわいらしい少女の人形で、赤い瞳がどうしてか僕のほうを見ている気がする。他の武具に混じっているとミスマッチ感がひどいが、武具屋にあるということはアクセサリー枠の装備かなにかのはずだ。
その人形には不思議と視線が惹きつけられたけど、それが声の主であるわけがない。もう声が聞こえてくることもなくなったし、きっと気のせいだったんだろう。
僕はそれ以上気にすることをやめ、視線をヤブキさんのほうに戻した。
ヤブキさんに、どうしても聞きたいことがあったのだ。
「あの……このなかに、“呪いの装備”はありませんか?」
ヤブキさんは無言で僕を見て、またか、という顔をした。呪いの装備嫌いのヤブキさんにとって、その質問は禁句のようなものだった。それでも尋ねずにはいられなかったのだ。
「まあ、たまに混じっちゃいるがな。そうそうあるもんじゃねぇよ。冒険者だって、むやみに装備にさわるほど馬鹿じゃねぇ」
「……ですよね」
装備で強さが決まってしまう冒険者にとって、さわっただけで強制装備される呪いの装備はまさに天敵だ。呪いの装備は、他の装備を押しのけて勝手に装備され、装備枠を一つ食いつぶす。
そして、呪いの装備を外す方法は――存在ない。
いったん装備したら最後、死ぬまで装備しつづけなければいけなくなる。それも、呪いの装備についた“代償”を払い続けながら……。
だからこそ、冒険者は呪いの装備に触れないように細心の注意を払うのだ。装備らしきものを見つけても、鑑定するまでは絶対に触れようとしない。手袋や小手越しに触れてもアウトになる呪いの装備もあるから、運ぶときは布に包んだり箱に入れたりする。そうやって、絶対に呪いの装備に関わらないよう入念に対策をする。たとえ呪いの装備が市場に入ってきたとしても、見つけたら即処分が原則だし、故意に売ったり装備したりするのは違法だ。
「はぁ……」
ヤブキさんは溜息をつくと、作業の手を止めて僕のほうを見てきた。
「お前がなんのために呪いの装備を探してるのかは知らねぇ。でもな、呪いの装備にだけは絶対に関わるんじゃねぇぞ」
ヤブキさんの顔は真剣そのものだった。
「違法だから、ですか?」
「それもあるが、それだけじゃねぇ。俺も冒険者やってたから、呪いの装備のせいで身を滅ぼしたやつは何人も見てきた。呪いの装備ってやつはな……さわっだけで正気を失うぐらいなら、まだいいほうなんだ。さわった瞬間に死んだやつもごろごろいる」
「さわった瞬間に、死……」
思わず、唾を飲みこんだ。
「脅してるわけじゃねぇぞ? 俺は事実を言っているだけだ。呪いの装備は、本当にそれぐらいやべぇものなんだ」
「そう、ですか」
僕は肩を落とした。
……僕だって、わかっている。呪いの装備が危険なんてことは。この世界に住んでいれば、貴族だろうと賤民だろうと、誰だって赤子のときから知っている。
それでも、僕は――。
「はぁ……あきらめねぇ、って顔だな」
ヤブキさんは頭をかきむしった。
「そういえば、お前。東のダンジョン行ったことあるか?」
「え、まあ」
東のダンジョンというのは、最近、東の森で見つかったばかりのダンジョンだ。今はこの町の冒険者たちがこぞって挑戦している。かくいう僕も、金ピカ男と一緒に行ってきたばかりだ。ただの荷物持ちとしてだけど。
ただ、どうしていきなり東のダンジョンの話が出てきたのかわからない。突然のことでまともな返事もできなかった。
「こりゃ、酒場で聞いた話なんだけどな。東のダンジョンの一番奥にある宝箱の中身が、呪いの装備らしい」
「え?」
「呪いの装備はまだダンジョンにあるみたいだぞ? そんなに欲しいんなら、挑戦してみるといいさ。装備なしのお前にゃ、何百年かかっても無理だと思うがな」
「……どうして、その話を僕に?」
「装備枠0のお前なら、万が一さわっても装備できないだろうしな。それに俺が言わなくても、すぐに誰かから聞いただろうよ」
ヤブキさんがぶっきらぼうに言う。彼にとってはほんの気まぐれにしゃべったのかもしれないけど、僕にとっては福音に等しい情報だった。
「挑戦してみます!」
「ま、危なくなったらすぐに逃げろよ」
「はい……ありがとうございます……!」
「礼を言われるようなことはしてねぇよ」
ヤブキさんの照れたような声を背に、僕は駆けだした。
呪いの装備が手に入るかもしれない。そのわずかな希望だけでも、僕の足取りは軽くなる。
呪いの装備は危険だということはわかっている。
それでも、僕は自分の装備が欲しいのだ。
誰にも言ったことがなかったけど、僕はけっして“ゼロのノロア”なんかではない。
装備枠はちゃんとあるのだ。
それも、僕の装備枠の数は――。
――9999。
人類最高が7枠だと言われるなか、あまりにも常識外れな数字だった。
当然、誰かに信じてもらえるはずもなく、いつしか装備枠0ということで通すようになってしまった。
それに、僕が普通の武具を装備できないというのは本当のことだったから。
僕は頭の中に、自分のステータスを思い浮かべる。
ノロア・レータ 冒険者 Lv10
HP 74
MP 15
攻撃力 12
守備力 14
素早さ 17
魔力 17
運 11
装備枠=9999
・武器
なし
・防具
なし
・アクセサリー
1:■■■■【呪】(装備枠=9999)
これが僕のステータス。
冒険者なのに弱すぎだろという意見はさておき、問題は装備欄にある『■■■■【呪】』というアクセサリーだ。
その詳細は、以下の通り。
・■■■■【呪】
……詳細不明。
ランク:???
種別:アクセサリー
効果:装思装愛(装備枠=9999)
代償:呪いの装備しか装備できなくなる。
物心ついた頃にはすでに装備していた謎の呪いの装備。僕が今までなにも装備してこなかったのも、この呪いの装備が原因だ。
この装備の代償で、僕は普通の武具を装備することができない。
でも、その代わり……呪いの装備なら、いくらでも装備することができる。
――×××ちゃんは、この世界の誰よりも強くなれる。きっと、私よりも。
――だから、お願い……呪いの装備を探して。
――そして、いつかまた会うときは……きっと、私を助けてね?
いつだかわからないほど昔、顔も声も忘れてしまった誰かから、そんなことを言われたのを覚えている。世界の誰よりも強くなれる……その言葉だけが、僕の原動力であり、唯一の希望だった。
呪いの装備さえ手に入れば、なにかが変わるかもしれない。
装備が人生を決めるのならば、この糞ったれな人生も少しはマシになるかもしれない。たとえ装備して身を滅ぼすとしても……どうせこれ以上は落ちようがないのだ。
ならば、装備しない手はない。
そんなことを考えながら、僕はダンジョン攻略のための準備を始めるのだった。
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