満たすもの 残ったもの
『……お前に、コレットを殺させはしない!!!』
そんなことを言われたのは、いつの頃だっただろうか……。
あの日から…ううん。初めて会った時から、ソラは私を守ってくれた。全力で、文字通り命をかけて……。
『……今度はちゃんと守れるように…後悔しないために』
あの時私は2人が話をしているのを聞いていた。聞いていたけど、恥ずかしくて、嬉しくて、それを言葉にすることが出来なかった。
あの時の私はきっと、顔を真っ赤にしていた…と、思う……。
『……これからの未来、君が笑っていられるその時まで…僕が君を守るから』
少し、ソラらしくないと思った。
ソラは感情任せに言葉を言うことはあっても、これからの人生に関わる様なそんないい加減なことが嫌いだ。適当な事を言って、より辛い思いをさせない様にする為に、そんな言葉を言わない気を付けていたと思う。
ならどうして、ソラは私にそんな事を言ったのだろう……。
らしくない事を言って、言わないことまで言って、どうしてそこまで……。
『見ててくれ…僕が君を守るから』
色々な記憶が駆け巡ったその時、ああ…、そっか…。そう言うことか……っとコレットは理解した。
ソラは、私に生きていて欲しかったんだ……。
お父さんを目の前で殺されて、「生きていたくない」「死んでしまいたい」。そう思っていた私に、ソラは生きる様に言ってきた。「見てて」って言った。
その理由がお父さんの為なのか、それともソラ自身の為なのか、私にはわからない。でも、見ててって言った。守るって言ってくれた。
だったら、そんなソラを最後まで見届ける。私の全てを、あなたにあげる。だから……。
「射手座の姫!」
だから今度は、私があなたを守る! 今までそうしてきてくれた様に!
ただ、もし見ててって言った理由が、ソラ自身の為だったら…ちょっと…うれしいなぁ……。
*
光の中から現れたコレットは動き易そうではあるが、とても美しいドレス姿で姿を現し、その魔装をしているからなのか、身に纏っている雰囲気が変わっている様にクロエは思った。
「クロエさん」
「え、あ、はい。何かしら?」
「ソラを助けるには、どうしたらいいですか?」
雰囲気が少し変わったと思えば、コレットはすぐさまクロエにソラの救出方法を尋ねる。アンノーンはあの魔装をしているソラを抑えるのに精一杯であり、ユニはコレットの一部となり、力を渡している。
現状、コレットに指示を出せるのはクロエだけである。
「そ、そうね……。助ける方法があるにはあるけど……」
「それはなんですか?」
「……やっぱり殺してしまうこと。これが一番確実で彼を救うことができる」
「そんな……」
クロエは自分が思い当たる手段をコレットに伝えると、コレットは絶望に声を上げる。
「……もう一つは、彼の心を満たすこと」
「?! ……満たす?」
クロエがもう一つの方法を言って喜ぶもののその意味がわからず、頭に?を浮かべる。
「心というのは、要は入れ物なの。その入れ物…私は器と呼んでいるものが壊れ、中身が溢れ出たものが“暴走”というものなの」
「器が…壊れる……」
「つまり、暴走を止めるには、その器を修復できる様な強い思いが込められた魔力とその器を満たす思いが必要になるの。だから、その2つをソラに直接注ぐことが出来れば、きっと助けられるわ」
その話を聞いたコレットは、その方法に一つだけ心当たりがあった。驚きや恥ずかしさ、色々な感情が体全体を満たした、あの方法なら!
「私に一つだけ、心当たりがあります! 私にやらせてくれませんか」
「・・・本当にできるの? 言っておくけど、ソラに近づくには、あの魔装から溢れ出ているあの魔力やマグマを掻い潜る必要がある。それが本当にできるの?」
コレットは返事を返すことはなかったが、真っ直ぐな瞳でクロエを見つめていた。
「なら、それでいきましょう。その方が効果的ね」
「はい…!」
2人は頷いてソルガを見る。
ソルガはアンノーンの魔法に押さえ構えながらも、なお立ち上がろうとしている。しかし、降り掛かる力が強いのか、すぐに膝をついてしまう。
2人にとって、それは1番の好機あった。
「……行きます!」
コレットは大きくジャンプして、マグマを飛び越える。計算外だったのは、コレットが魔装の力を甘くみていたこと。コレットは自分が予想していたより高い跳躍を見せ、さらには、
「とっと……え?」
そのまま空中に立った。
コレットは自分の力、魔装の力に驚いた。
(強い力が湧いてくるのに、空に浮くことができるなんて……)
そう驚いているのもつかの間、地面からは既にソルガが放ったいくつかの溶岩柱がコレットを襲おうとしていた。
一瞬の油断。それが今まさにコレットを襲う。それにこの場にいる者は誰1人として反応できる者はいなかった。
「『!?』」
だがしかし、その溶岩柱はコレットに当たることはなかった。
当たる直前、起動がズレたのかコレットに当たらない範囲で溶岩同士がぶつかり合ったり、コレットに当たることなく通過し、そのまま遠くの方まで飛んでいった。
「『ソラ!!!』」
何故自分に当たらなかったのか、を考えているコレットに押さえつけられながら叫んだソルガの言葉が届き、そのわけがわかった。
おそらく、あのマグマを操っていたのはソルガだ。ソルガは間違いなくコレットに当たることができただろう。しかし、そうはならなかった。
ソルガはあの溶岩柱を確実に当てれることができた。しかし、体が急に強ばり、急に力が入ったり抜けたりした為、溶岩柱のコントロールを鈍らせてしまったのだ。
その原因は、わかっていた。ソラだ。ソラは、コレットに溶岩柱が回避出来ないと直感し、自分と直結しているソルガが操っていたマグマのコントロールを阻害したのだ。
それを理解したソルガは、やはりという気持ちでソラの名前を叫んだ。こうなるであろう事を理解していたからだ。
魔装というのは自身の思いに比例して力を増大させる傾向がある。強い思いがあればあるほど、その力は強化され増大すると。今は死の直前の状態でソルガが強い思いが外に漏れ、ソラの体を支配し暴走を引き起こされている状態だが、今のコレットへの攻撃で、瞬間的にソラの思いがソルガの支配力を上回ったのだ。
コレットもその事がありわかると、さらに気持ちを引き締める。
ソラも、私の力になってくれている。なら私は、全力でソラを助ける!
コレットは空中で宙返りをし、ソラの元へ向けて、空気を蹴り一気に突撃する。
ソルガもそれに気付き、溶岩柱を再びコレットに放つが、クロエも次はその攻撃に反応し、水魔法を放ち、そのほとんどを固まらせる。
しかし、1柱だけ残りコレットに迫る。
コレットは冷静に弓を弾き、迫り来る柱に照準を合わせる。迫り来る柱を観ながら、矢に魔力を込めていき、溶岩が当たる直前、弾いていた矢を放った。
放たれた魔力が篭った矢は、溶岩柱にぶつかる寸前、込められた魔力が徐々に姿を変えていき、まるで額に一角を携えた馬の姿に変化して、溶岩を貫通し払いのけた。
矢はそのままソルガに向けて落下し、ソルガに自身に当たる事は無かったが、その足元の地面に飛来し、放たれていた強い熱気のような魔力を払い飛ばした。
「今だ!」
魔力を払い飛ばすのを確認したアンノーンは、ソルガに掛けていた魔法を解き、腕を引っ込める。
立つために力を使っていたソルガは突然掛かっていた重みが無くなったことで、立ち上がろうとしていた力で勢いよく立ち上がり、態勢を崩し、地面についていた手が地面から離れ、仁王立ちの状態となり、胴体が無防備になる。
ソルガの体がなくなった事で、コレットはそこに着地し、ソルガと1対1となった。
ソルガとコレットは互いに顔を見合わせる。そしてソルガはすぐに動いた。体を下ろす勢いのまま、左腕を大きく振り上げる。
ソルガの腕が振り下ろされる前に、コレットは動き、ある物を取り出して、ソルガに向けてそのある物を突き刺した。
痛みは無い。いや、確かに痛みはある。だがこの痛みは突き刺した痛みよりも、何かを強く押し付けられた痛みの方によく似ている。
ソルガがそう感じていると突然、包んでいた魔装が弾け飛んだ。
突然の事にコレット以外の者は驚きを隠すことが出来なかった。しかし、何かを当てられているソルガだけはその原因に気付いた。
コレットが持っているもの。それはスノウが使っていた折られている筈の剣であった。
スノウが使っていたその剣は魔剣。その剣に触れている者の魔力を喰べてしまう魔剣。
つまり、ソラを包んでいた魔力を喰い尽くし、強制的に魔装を解除させたのだ。
「『この、こむすめ……ん?!』」
ソラの体が剥き出しとなっても、まだソルガはソラの体を乗っ取っていた。ソルガはコレットをマグマへと押し出そうと振り上げた手をコレットの肩に触れようとした瞬間!
『な?!』
「ほほう」
コレットはソラの顔を手で覆い、そのまま唇を合わせた。
その行動に驚いているアンノーンと面白いものを見たと思い、ニヤついた笑みを浮かべているクロエ。
そして、
「『!……!』……???!!!」
突然の行動に動揺したソルガは、コレットの思いがこもった魔力がソラの器を直し、そしてソラを現実に引き戻す事を許してしまった。
現実に引き戻されたソラのその黒い瞳に飛び込んできたのは、目を閉じ、頬を赤らめ、自分に唇を合わせているコレットの姿だった。
ソラは顔を真っ赤にしてコレットから離れようとするも、コレットは何故かそれを許さず、顔に当てていた手をずらし、抱きしめるようにソラの首に腕を回し、体を密着させた。
ソラはコレットに行動に理解できず、固まる。しかし、それが嫌ではないと思っている自分がいる事にも、ソラは気付いていた。
結局それは、コレットが満足するまで終わる事がなく、妙な寂しさと共にコレットとソラの唇は離れて行った。
その後、クロエがマグマを冷やして道を作り、救出されるまで、2人は地面にヘタリと座り込んでいた。
ソラはそれまで現状を理解できず、固まっている間、コレットは視線を伏せて、頬を赤らめたまま左手をそっと、まるで大切な宝石に触れたように、優しく唇を撫でるのであった。




