捕食の魔装と射手の姫
グロ注意
・・・どうなったんだ?
暗闇の中で不安定ながらも意識を取り戻した少年は、現状を悟った。
ーーーー自分は、死んでしまったのだとーーーー
それを受け入れた上、少年は抗った。
自分はまだ、やらなければならない事がある!
こんな所で死ぬわけにはいかない!
死んで…たまるか!!!
「Gararaaaaaaaaaa!!!!!!」
ソラが突然咆哮をあげると、ソラの体から何か一つ集まっていった。その集まった何かは次第肩を取り始め、長方形の形へと姿を変える。
コレットはそれに見覚えがあった。それはスノウが最後にソラに渡していたものによく似ていた。
「クリアプレート? どうしてそんな物がソラの体から?」
そう思った瞬間、まるで生物を食い尽くす怪物の模様が描かれていたクリアプレートが、ソラの心臓めがけて突き刺さった。
ソラは声を上げながら突き刺さったクリアプレートがどんどんソラの体に取り込んでいった。
プレートが取り込まれると、ソラの体に以前見たのと違う真っ白なコートが羽織られるように現れた。
そのコートが身に纏われると、ソラは両手を地面につけ、歯をむき出しにし、邪悪な笑みを浮かべており、今のソラは、弱いものを捕食する獣そのものだった。
瞬間、両足で地面を強く蹴り、奈落の壁に向けて飛び跳ねる。そして壁に見事に着地すると瞬時に方向転換して、地面に向けて壁を蹴り、高速で落下し、その勢いは全く止まる事なく地面に激突した。
その時に、動物の悲鳴ような声が聞こえ、コレット達は慌ててその場所に駆け寄った。
砂埃が舞って、うまくソラを確認することはできない。しかし、その砂埃の中からムシャムシャと食べるような音、ドシャ!っと何かが潰されるように音が聞こえている。
そして最後に、パキン!っと大きな音が聞こえるとムシャムシャという音が聞こえなくなり、
「Gararaaaaaaaaaa!!!!!!」
代わりに、バキバキっという音とソラの悲鳴にも近い雄叫びが聞こえてきた。
「見ちゃダメよコレット」
やがて砂埃が晴れ始めると、ソラの姿が露わになろうとすると、すぐさまクロエがコレットの視界を隠し、ソラを見せないようにする。
しかし、コレットはクロエが隠す寸前に捉えてしまった。口元には紫色の液体が口元にべったりと付き、右手も同じ様に紫だらけの手をしたソラの姿を……。
「Gararaaa!!!」
ソラは次の獲物を求めて大きく横っ飛びをして、この場から離れていった。
コレットはソラが目の前から居なくなると、立っていた足が崩れ落ちた。
「ソラ…どうして……」
コレットはソラが行った行動を頭で理解していた事が信じられなかった。ソラが…ソラが今していたことはきっと、ここにいた筈の魔族を食べた。
肉を貪って、頭を踏み潰し、そして魔力の塊である魔獣の魔核を噛み砕いた。
コレットにはどうしてソラがそんな事をしたのか、その理由が全く理解できなかった。
「あの子、まさか魔装を使えるとはね」
「! やっぱり、あれも魔装なの?」
「ええ、そうね。ただし、あの魔装は暴走しているけどね」
「暴、走?」
暴走……。コレットはそれを聞いて、あれはソラの意思じゃないこと知ると、心の中が少しばかり晴れやかとなった。
「そっか…あれは、ソラが望んでしたことじゃなかったんですね」
「そうね…でも、喜んでばかりはいられないわ。魔装が暴走しているってことは、それだけ、思いや心が制御出来ていないってこと。死の瀬戸際の時ほど、魔装は暴走してしまう」
「つまり、今ソラを止めても……」
「命の危険である事に変わりないってこと」
コレットとクロエの間に沈黙が流れる。そんな時、何処かに出かけていたユニが2人に合流する。
「コレットちゃん、クロエさん。どうしたのですか?」
「ユ、ユニさん!」
「説明は走りながらするわ。今は彼を追いましょ」
そう言って、クロエは座り込んでいるコレットを現状がわからないユニに背負わせ、横っ飛びして奈落の奥に進んだソラの後を追うのであった。
*
「なるほど…暴走ですか……」
現状を理解したユニはその内容に顔をしかめる。何か不味い物でもあったかの様に……。
「魔物を食べたということは、余程生への渇望が強かった…ということですよね」
「それって、どういうこと?」
ユニが問いかけの意味がわからず、コレットは2人の会話に挟み問いかけ、それをクロエが答える。
「魔物というのは人族や亜人族に比べて強い力と生命力を持っているの。それを食べるということは、魔物自身の強い力と生命力を自身の体に取り込む事になるの」
「それを魔導師達は一つの魔法名として禁忌の魔法として扱っているの。名前を補喰。命を喰らい、自らの力に変化する魔法よ」
「禁忌……。」
ソラがした事に、強い衝撃を受ける。それと同時に浮かび上がる疑問。
「2人は、どうしてそんなにも魔法について詳しいのですか?」
コレットは2人が余りにも魔法について詳し過ぎる事から、そんな疑問を投げかけていた。2人はその問いかけに、しばらく沈黙した後、
「・・・私は、この奈落に住むちょっと物知りなおばさんだよ」
クロエはそう応えた。
ユニはそれを顔で正直嘘だろうと思った。しかし、なんの確証もなかったので、深くは尋ねようとはしなかった。
「おばさん?! クロエはすごく若いんだから、おばさんなんてことはないよ!」
「ふふふ、ありがとう」
コレットはクロエの言葉をあっさりと信じた為、ユニは最早呆れる他なかった。
「・・・私は……コレット、あなたの力になりに来たのよ」
「・・・私の?」
「そうよ。話すわ。私が一体何者なのか」
*
ソラを追って、奈落の奥を進んでいると、所々に魔物の血が地面や壁にこびり付いていた。
それを見たコレット達は、急いでさらに奥に進んでいく。すると、道の中心に多くの魔物を貪っている白い獣の姿があった。
その獣の顔は白くゆらゆらと揺れているが、ソラの体を侵食し、顔の半分を飲み込んでいるものの
その獣は魔物の腕を、足を引き千切り、それをムシャムシャと肉を喰らい、起き上がろうとする魔物がいれば、瞬時にその魔物の側に移動し、その首と胴体を噛みちぎり、その肉を、骨を喰べ尽くした。
その光景を見たコレットは吐き気を催す。化け物なりそうなソラの姿や、命が奪われ死を撒き散らすそれに恐怖すら覚える。
それでもそのことが目を逸らさず、ユニから降りて化け物になりそうなソラを見つめる。
「?! Gararaaaaaa!!!」
そして、その獣はコレット達の姿を発見すると、3人目掛けて飛びかかった。
「ハッ!」
それにいち早く気付いたクロエは、遅いかかってくるソラを強い衝撃波で弾き飛ばされる。弾き飛ばされたソラは空中でくるりと回り、綺麗に地面に着地した。
「Garurururu!」
「ソラ…と言ったかしら? あなた、今何をしたのかわかっているの」
ソラは唸り、クロエの返答はない。
「今あなたが襲ってたのは、ソラくんが守りたいって思える人じゃなかったの!」
返答はない。その上、ソラは再び飛び掛かろうと臨戦態勢を取った。
ソラの視界には最早餌としか、映っていなかった。
「・・・私だよ…ソラ……」
ただ1人を除いて……。
「?! Gararaaaa!!」
「「?!」」
コレットの呟きが届いたのか、獣になりつつあったソラが急に苦しみ出した。その苦しみは余程辛いのか、次第には壁に頭をぶつけ始めた。
かなりの痛みが伴うはずなのに、頭から血が流れ始めているのに、それでも頭をぶつけるのをやめない。その姿はまるで何かに必至に抗っている様な、そんな姿であった。
「『貴様! まだ抵抗するのか!?』」
ソラが発した声に、コレットは僅かながらに記憶があった。それはあの時、ソラの隣に現れた真っ白な動物、ソルガの声と全く同じであった。
「『コレットォ!!!』」
「?!」
「『小娘が、いつも…いつも俺のじゃまをしやがって!』」
壁の激突をやめたソルガはその原因を作り出したコレットを睨め付ける。
「『そもそも! 貴様がいなければ、貴様がこの偽物を助けなければ、俺は自由を手にしていたんだ!それを貴様は!』」
「ま、待ちなさい! あなた、ソラくんの魔核よね? しかも生まれつきの。そんなあなたがどうしてそんな強い感情を持っているの?」
「『馬娘なんぞに答える義理はない! 第一! 貴様がその小娘を、』」
ソルガ何かを語ろうとした瞬間、ソラの首に黄色く輝く8つの光の帯が巻きついた。
それに驚いたソルガは両手を地面から離し上体を反らす。
「八輪縛帯」
それを見計らった様にソラの体を乗っ取りつつあるソルガに8つの帯が両腕を巻き込んで縛り上げた。
身動きを取ることができなく魔法や拘束させる様な魔法は確かに実在する。しかし、かなりの力で暴走するソルガを抑え込める様なの強力な魔法をコレットは知らなかった。
「『これは……』」
『八輪縛帯。ソルガもよく知っている拘束魔法だ』
そう呟いてコレット達の背後からアンノーンが姿を現わす。
「あ、アンノーン……」
『悪いな。少し事情が変わった。戦闘は苦手だが、手を貸すことにしよう』
「『この…偽物風情が! この程度で、俺を止められると思うなよ!!!』」
ソルガの湧き上がる怒りと共に爆発的な魔力が溢れ出す。その溢れ出した魔力は強い熱を帯びていて、近くにいるだけで、本当に溶けてしまうのではと思ってしまうほど……
そう思った瞬間、ユニはコレットの体を強引に抱き上げ、後方の方に大きく跳んだ。他の2人も同様に跳んだのを見て疑問に思うコレットだったが、その理由がすぐにわかった。
強い魔力を放っているソルガを中心に、魔力が触れている地面が本当に溶解を始め出し、それがグツグツと煮え上がっているマグマに姿を変えた
「Gha?! Ghaaaa!!!」
「『逃すと思っているのか!?』」
溶解した地面からギリギリ届かなかった1匹の魔物が、恐怖して慌てて逃げ出そうとするが、それに気付いたソルガがどういうわけか溶解した地面を操り、地面から6つの赤い柱が飛び出し、その先端が獅子の形になり、その内4本がその魔物の四肢に喰らいつく。
そしてその体をマグマの上まで引き戻し、マグマの明かりに照らされながら、体と四肢を引き千切り、残りの2本が再び喰らい付き、次はマグマの中心にいるソルガの上まで持ってきて首と胴体を引きちぎった。
無残に引き千切られた魔物の姿を見てコレットは強い吐き気を催すが、それを必死に呑み込んだ。
引きちぎった魔物からキラキラと光るなにが落下すると、空中でそれに口に入れ、それを噛み砕いた。
パキンッ!という音ともにソルガの力がさらに増大。拘束していた光の帯を力いっぱい振り払った。
『『重なるは牛 迫り来る大地 降りかかる力にあらゆる者が跪く 時を刻む角』』
地面にいち早く着地したアンノーンは手を真っ直ぐに伸ばし十字に交差させ、詠唱を開始する。その詠唱は先程同様、コレットの知らない魔法の詠唱だった。
『牛鬼重カ!』
アンノーンの詠唱が終わると、ソルガの体が急に重くなっていく。それはまるでソラの体に何者かが上から押さえつけている様であった。
次第にソルガは立っている事すらままなら無くなり、地面に着こうとした時、ソルガの周囲だけが急激に冷やされ、燃え上がっていたマグマがまるで石の様に固まった。
「今のは?」
『重力の魔法でソルガを上から押さえつけている。僕に出来るのはここまでだから、あとは任せるよ』
アロエに問いかけられたアンノーンは、微妙に噛み合っていない返事を返すものの、その体勢を崩さない。
視線の先にあるソルガは、必至に抵抗しており、アンノーンが少しでも力を抜けばソルガは簡単に抜け出せてしまう。それ故にアンノーンは言った『任せる』と。
「コレットちゃん! いける?」
「ユニさん?」
「今ソラくんを助けられるのはきっと…ううん、貴方しかいないの!」
抱き上げていたコレットを降ろし、両肩を掴みそういうユニに、コレットは動揺していた。
ソラを助けたい。でも、今の私にはその力はない。そんな私に、ソラを助けるなんて……。
「このままだと、ソラは死んじゃうわね」
その言葉がコレットに届き、心臓が強く跳ね上がる。
「禁忌と言われている以上、それは当然強力な魔法よ。でも同時にリスクもある。捕食の場合、肉体か精神面が魔物のそれに近くなって人間に戻れなくなる。今回は魔装もあるからもしかすると、ソラという個人そのものが死ぬ可能性だってあるわ」
ソラが…死ぬ……?
また…なにも出来ずに、死なせてしまうの?
「だめ…駄目〜〜!!!」
ソラの死という事に反応し、コレットの魔力が爆発的に膨れ上がる。その勢いはまるで皇国で見せた、ソラと同様の爆発力であった。
「!? これなら……」
コレットの膨れ上がる魔力を見て、ユニは跪いて胸元の服をギュ!っと握り締めているコレットの手にそっと触れる。
「?! ・・・ユニさん……」
「・・・今にも泣き出しそうな顔しないの。・・・コレットちゃん。本当はもっと色々教えてからこれをするつもりだった。じゃないと、貴方の体が耐えられないと思ったから」
な
「でも…ソラくんを、助けたいよね?」
「! ・・・うん!」
「なら、辛いかもしれないけど、苦しいかもしれないけど、私の力を貴方に渡すわ。だから……頑張りなさい」
ユニは笑顔でそう言うと、ユニは光に包まれて収束していく。光がなくなると、その光の中からキラキラ光る球体が現れる。
その球体を優しく両手で包み込んで、手の中にある球体を見ていると、その球体が突然、球体状からまるで水の様に溶け、液体状に変化した。
『飲み込みなさい。そうすれば、ソラを助けられる力になる』
両手にある水が、そう言っている様な気がした。
コレットは意を決してその液体を飲み込んだ。
するとコレットの体に電流の様なものが流れる。その痛みに体が悶えそうになるが、それを必至に堪える。
その痛みに堪えていると、コレットの頭にあるイメージが浮かび上がってくる。その姿は大きな馬に跨り、弓を引くユニの姿だった。
瞬間、コレットの周りに大きな光の柱が現れる。その光が払われると、中からコレットが姿を現わす。
光の中から現れたコレットは、動き易そうな真っ白なドレスに、茶色い長ブーツを履き、手には金色の弓が握られていた。




