斑ら模様の魔物
特訓を開始したのはいいものの、アンノーンは何も言うわけでもなく、ただソラのプレートを銃から抜き去って何処かに行ってしまった。
プレートが抜かれたことで、ソラを纏っていた魔装が解け、元の状態に戻された。
一方、コレットの方はユニ教えを請いながら、特訓を開始していた。
しかし、特訓をしているコレットはかなり動き辛そうにしている。それはソラも同様らしく、一歩一歩の足取りが遅い。
「ど、どうしてこんなに動き辛いのですか?」
「ここは星の中心に近いですからね。それだけ重力に負荷がかかるのでしょう」
「負荷?」
「・・・ソラくん。説明をお願いしていいですか?」
どう説明していいか悩んで、投げたなこの人……。
「・・・わかりました。コレット、まずは『重力』って言葉はわかるか?」
「う、ううん。詳しくは知らない……」
「それじゃあ、まずはそこから説明しようか……。重力ってのは、要は重さだ」
「その重さは強ければ強いほど、下に向けての力が働いている証拠。そして、星ってのはその重さを引き寄せてしまう大きな力を持っているんだ。それを重力とは別の言葉で『引力』という言葉で表すんだ」
「なるほど…ところで、その羊皮紙は一体何処から持ってきたの?」
ソラが重力について説明し終わると、コレットは何処からともなく取り出したスケッチブックを取り出し、そこに絵を描いて説明する。
「スケッチブックはメモ用で大きいけど持ち歩いてる。絵があった方がわかりやすいかなと思ったんだが…どうだった?」
「うん。すごく下手だね」
その絵は正直褒められたものではなく、コレットの容赦のない一撃がソラの心を貫いた。
ソラは「グハッ!」っと途轍もない一撃を受けて地面に倒れ伏す。コレットは突然倒れたソラに駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
「俺はもうダメだ。コレット、このスケッチブックを、世界中の人に、見せてやってくれ……」
「え? この下手な絵を羞恥の元に晒すの? 笑われちゃうよ?」
「あとは…任せた……ガク……」
「そ、ソラ?!」
「・・・・・・何でしょう…これ……」
ばたりと倒れ伏したソラとそれに過剰に反応するコレット。その光景を見せられていたユニはそんな2人に完全に呆れ果ててしまうのであった。
*
説明が終わったので、ユニはコレットの特訓を再開した。アンノーンから言われたことは、とにかく生き残ることなので、ソラは正直することがなかった。
コレットと一緒になってやっても良かったのだが、そもそもコレットと魔法を使う勝手が違うため、同じ特訓が出来なかった。
ソラはその場に居続けても、何もすることがないので、取り敢えずは重力にも慣れ始めたので、周囲の探索をすることした。
かなり目が慣れて、周囲を視認することができる程度には目も回復した。
(ここに落下してから…おそらく、1、2時間程は経っているはずなのに、ここまで視界が悪いとなると少々考えものだな)
周囲を探索しつつ、あたりのあまりの暗さに心の中で愚痴をこぼした。
ソラは周囲が確認できない視界の中、それでも探査が続けた。生き残れた言われた以上、この辺一帯の地形を把握しておきたかったからだ。
「・・・おかしい」
ソラが自然とそう思ったのは、突然の事だった。
(俺がここに落下してきた時、俺の頬を横切る何かがあった。その正体が何なのかわからないが、あれはおそらく、歓迎の挨拶だった筈だ。『ようこそ、新しい獲物』という意味の……)
それなのに、その獲物を襲いに来るどころか何一つ見つからない。それを考えると、この現状は、あまりに不自然であった。
「・・・取り敢えず、戻ってみるか」
そう言って、特訓しているであろうコレット達の元に戻る。一応、あまり2人から離れないように2人を中心に探索をしていたので、そこまで迷ったりすることはないだろうと……。
ズシン……。
そんな音がコレット達の元に戻ろうとしていたソラの耳に届いてくる。その音は、ソラが引き返すと振り返らなければ、そのまま進んで居た筈の道の先から聞こえてくる。
それはその音に、魔族と…いや、スコーピオンと戦った時のような、恐怖を感じた。
そして現れたのは大きな熊ほどの大きさの魔物だった。
その姿は真っ白な毛並みに、大量の黒い斑ら模様に茶色い耳、そして獲物を引き裂かんとするおおきな4つの爪を生やした四肢で仁王立ちしている。
そして、ソラはそいつが肉食であると一瞬で判断した。
それは、その斑ら熊が放つ異臭の中に血の匂いが混じり、そしてその口元には、魔物が出す紫色の血がべっとりと付き、斑ら熊が剥き出しにしている爪にも紫色の血が染み込んでいた。
「Grraa!!」
「?!」
ソラはその咆哮に、スコーピオンと同じと思ったことを撤回する。
スコーピオンとは比べ物ならない程、純粋な恐怖が襲いかかってくる。
その恐怖はスコーピオンが放って居たそれとは違い、純粋に獲物を見つけたという野生の目をして居た。
ソラはそれに怯えつつも、引くことは引くことはしなかった。ここを引けば、あいつは追ってくる可能性があった事。そして、ここから逃げればあの時の覚悟が、全部嘘になってしまうからであった。
恐怖に怯えつつも、その場から逃げ出さないソラを見て、斑ら熊はゆっくりと、左腕を振り上げる。
ソラはその隙だらけとなった胴体に、足元から先端が尖った氷の柱を放つ。
それは、ソラがレインやスコーピオンに対してそれほどまでに効力とならなかったが、それでも威力や速度、硬度があり、特殊な者でなければ、かなり強力な、ソラの得意魔法である。
魔物が腕を振り上げる速度よりも、ソラが放つ氷の方が、速度が上回っていた。
あいつが振り下ろすよりも早く、奴に対して氷を突き刺すことができる。そうすれば、突き刺した場所から柱を通して凍りつかせれば良い。もし、それが効かなくても、アンノーンの時のように壁を作って防げは問題はない!
ソラは地面に膝を付け、氷を壁のように張り始める。
今このタイミングで倒すことができなくても、隙を見つけ、確実に仕留めることが出来れば、勝つことができるはずだ!
そう思って、放っている氷の速度を速めた。
瞬間、目の前に張ったはずの氷が消滅した。
・・・何があった? どうして目の前の氷がなくなっているの? そんな疑問が頭を駆け巡る。ただ一つわかることは、ソラが見える視界の先にはつい先程まで振り上げていたはずの手が振り下ろされていたということ……。
斑ら熊が振り下ろした手は、ソラが張っていた氷はおろか、壁の内側にいるソラの体を簡単に引き裂いた。
ソラの体は、肩から胸の辺りにかけて大きく4つの傷があり、皮を、肉を、そして骨を引き裂いて背後にあった壁に、大きく引っ掻いた跡が現れた。
ソラは現状の様子に理解が追い付けず、ただ呆然と座っている。何が起きているのか理解しきれていないソラに、引き裂かれた場所から勢いよく血が吹き出し、その激痛が、不安定だったソラの頭を現実に引き戻した。
「あ、あが、がぁぁぁぁあああ???!!!」
*
「?! ソラ!」
突如聞こえた叫び声にいち早く反応したのはコレットであった。
コレットはユニが声をかける前に走り出し、ソラの元に向かった。
コレットは、ソラと同じ様に視界の先は真っ暗闇となっている筈なのだが、コレットには何故かソラのいる場所がわかっているのかと思われる程、真っ直ぐに奈落の道を進んでいく。
ユニはそれにある可能性が頭をよぎりつつ、暗闇を走っているコレットの後を追う。
そして、暗闇を突き進んでいるコレットはついにソラを発見した。
ーーー血溜まりにうつ伏せに倒れているソラをーーー
それを見たコレットの表情が一変した。
その表情から読み取ることが出来るのは、怒りの感情ただ一つだった。その怒りが、一体誰に向けているのか、コレットは深く考えようとしなかった。
コレットはソラに駆け寄りながら視線を横にずらすと、のしのしと近づいてくる魔物の姿が視界に飛び込んでくる。
あの魔物さんが…あの魔物さんがソラを!
魔物の姿を見たコレットは手を強く握りしめて睨み付ける。コレットは魔物から放たれる威圧に一切気圧される事なく、もしくはその威圧に気付く事なく、斑ら熊を睨んでくる。
コレットが斑ら熊を睨め付けている間にも、熊は臆する事なく前進する。やがてその熊の爪がコレットを引き裂いてしまえる距離まで接近すると、その爪を大きく振り上げて、振り下ろそうとした次の瞬間!
ヒュン!
斑ら熊に向けて何が飛来した。
熊はそれを軽々と避け、コレット達から距離を取る。飛来した何かは斑ら熊がいた場所に着弾し、小さなクレーターを作った。
その中心には矢が一本、バチバチと強い魔力を帯びながら地面に突き刺さっていた。
「大丈夫ですか?」
そう言ってコレット達2人の前に立ったのは、遅れてやって来たユニ。ユニは、コレット達を守る様に前に立って、斑ら熊に相対する。
「ユ、ユニ、さん……。どうして……」
「今それは後……ッ! これは…ちょっとまずいかも」
「そ、そんな!」
「コレットちゃん。まずは落ち着いて。今は倒れているソラくんの治療に専念して。あいつの相手は、私がするから」
ユニは倒れているソラに触れ、かなりの危険な状態だと判断すると、コレットにソラを治療する様に指示を出し、斑ら熊の方に向き直す。
斑ら熊は、さっきの一撃で完全に戦闘態勢を取り、とても不機嫌そうに息を荒げている。
「《ベアード・ゼブラ》。奈落の四魔獣の一体にこんな早い段階で出くわすとは……」
ユニは持っている弓を引きながら、矢先をベアードに合わせる。相手をするとは言ったものの、ユニ自身にも、それほど強い力があるわけではないことに、本人はわかっている。
しかし、彼女はここを引くつもりはなかった。
「・・・本当はここで使うつもりはなかったけど…この子をまた死なせるぐらいなら!」
突如、彼女の周りから光の泡が現れる。
「『我が行く空は天馬駆ける。第9に輝く星々を経て、あだなす闇をその輝きで射れ!』」
ユニが詠唱を開始すると、真っ暗闇な奈落の空に星が輝き、馬の胴体を生やした矢を射る人の形が浮かび上がった。
「断罪のーー……?!」
空に輝いた光達が、ユニが放とうとする一本の矢に収束し、それを放とうとした時、斑ら熊のの動きが止まっていることに気付いた。
それを見たユニは、何事かと疑問に思いつつ、様子を伺っていると、その様子はまるで怯えている様であった。
そして、熊はやがてゆっくりと逃げ帰る様に暗闇の中に消えていった。
その理由がなんなのかユニにはわからなかったが、今はそれよりもやることがあるっと弓を収めて、ソラの方に振り返った。
ソラの様子を伺ったユニは、その現状に動揺する。
コレットはソラに対して、回復魔法をかけていなかった。
コレットは自分がやろうとしていたことにまるで手をつけることが出来ず、異常なまでに呼吸を乱していた。
コレットは回復させようとしていた手をオロオロとさせ、傷に触れればビクッ!っと体を震わせ、怯えている様子だった。
だがそれ以上に、ソラからいつもと違う異様な雰囲気を放っていた。ソラはギリギリ呼吸をしている筈なのに、今にも動き始めるのではないかと思ってしまう。
そんなソラは地面に向けていた顔を先程までベアードがいた場所に左目の視線を向けていた。そんなソラの瞳はいつもの真っ黒な瞳ではなく、澄んだ黄色い瞳をしていた。
最早現状に理解が追い付かないユニに、さらに混乱する出来事が起きた。
「・・・妙に騒がしいと思えば……」
それは、神経を尖らせていたユニですら側に居たことにすら気づかない程、声の主は当たり前の様にそこに居た。
ユニとコレットはソラから視線を上げて側に佇んでいた者に視線が集まる。
「まさか、こんな掘り出し物を見つけることになろうとはな」
声の主はそう言って、倒れているソラを見つめるのであった。




