雪は次第に雨となる
「スノウ!!」
「いやぁぁぁぁあああ!!!」
俺は一瞬何が起こったのかわからず、俺はただ名前を叫ぶことしか出来ず、コレットも悲鳴をあげることしか出来なかった。
スノウは貫かれながらも、力を振り絞り納めていた半分に折れた剣を抜いて背後にいる男に斬りかかった。
「おっと、危ない危ない。そいつだけは当たっちまったらまずいもんな」
「くっ!」
スノウのダメージはかなり大きいらしく、すぐに地面膝をついて剣を支えに中腰になっているのがやっとの状態となっている。
「スノウさん!」
「ッ!」
コレットはスノウに駆け寄り、俺は柱のような氷山をコレットとスノウに当たらないように外側から弧を描くように出現させ、男に襲いかかる。
だが男は、その氷を全てその丸みのある針のような尻尾で全てはたき落した。
「おいおい、今回はどんなイレギュラーだ? 城にいる奴らを皆殺しにする筈が、1番の目的の奴が何故か外にいるは、今まで1度も殺すことができなかった姫さんがいると思えば……」
「テメェは一体何者なんだ!」
男はこちらを睨んで声を荒げ、こちらに向かってくるのですぐさま氷を放ち、権勢を図るが、男は全く気にした様子がなく、全てを殴り砕く。
俺は全く止まる様子のない男への攻撃を辞めて、立ち上がりリボルバーを構える。それに気付いた男は、急停止をかけて遥か後方に飛び退いた。
俺は不思議に思いつつも、距離が出来たので直ぐに今にも倒れてしまいそうなスノウに駆け寄り、2人を守るように前に立つ。
「スノウ! 大丈夫か!」
「・・・おい、そいつは、まさか?!」
男は驚いたようにこちらを…いや、俺が構えたリボルバーを見ている。
もしかしてあいつは、この銃を恐れてる?
「いつもいつも不安な役回りだと思っていたが、ここまでくると極まったな。まさか俺達を容易に殺すことのできる武器を持った奴がもう1人いるとはな」
男は、まるで標的を捉えるような瞳でこちらを睨み付ける。
その視線を受けると、今まで受けたことのない異様な威圧感が体全体を蝕んだ。
今まで感じたことのない恐怖と圧。それを体全体に受け、まるで体が凍りついたと思ってしまうほど、まったく全く身動きを取ることができなかった。
「厄介なことをされても面倒だし…とっとと殺っちまうか」
男は手を動物の前足のように四足歩行の状態になり、針の尾を頭の前まで持っていき、俺たちに向けて飛びかかる体制を取る。
そして体を力いっぱい引き、高速で突撃してきた。
俺は魔法を発動させようとするが、魔法を発動する速度より、こちらに突撃する速度の方が上回っていた。
間に合わない!
2人の前に立ったから、ここを退くわけにはいかない。俺は持っている拳銃を構えようとするも、もう針の先端が俺を貫く寸前だった。
「だあぁぁぁぁあ!!!」
「ッ!」
「?!」
だが、それを阻止する者達がいた。
1人は、いつのまにかここにやってきていた男、キッド。キッドは自分が持っていた剣を全力で振り下ろして、尻尾を生やした男を叩き伏せる。
もう1人は、俺の後ろで瀕死の重傷を負っているスノウだった。
スノウは俺に針が当たる直前、俺の服を引っ張り、後ろの方に投げ捨てた。
「何すん…?!」
投げられた俺は、投げた奴に抗議しようと体を起こすと、スノウが苦しそうに仰向けに倒れており、キッドの叩きつけた剣は尻尾を生やした男の真下に軽いクレーターを作るほど強力な一撃だったにもかかわらず、剣が直撃している尻尾はまったく切られておらず、男にも怪我一つしていなかった。
「どいつもこいつも…どれだけ俺の邪魔をすれば気が済むんだ」
「お生憎様。生憎性分なもんでな!」
キッドが尻尾の男を弾き飛ばし、それを追撃するように空から火球が降り注ぐ。
尻尾の男は、その炎達を軽々と交わし、俺達から距離を取っていく。
俺はそれを確認すると、未だスノウを回復させているコレットの側に駆け寄る。
「コレット!」
「ダメ、ソラ、どうしよう?! スノウさんの傷が全く治らないの!!!」
「な?!」
コレットが今にも泣き出しそうな声で言った言葉に、俺は直ぐに着ていた服を破き、傷を確認する。
「うっ!」
スノウの傷はとてつもなくひどく、胸の部分から大きな穴が広がっていた。
ここまで広がっていたら、最早どうすればいいのかわからなかった。
「ソラ、コレット。大丈夫?」
空からそんな声が聞こえ、見上げると、カンナが俺達の側に舞い降りた。
どうしてここにとか、どこから来たんだとか色々あったが、だがそれ以上に俺は助けを求めた。
「カンナ! スノウがヤバいんだ! 助けてくれ!」
「?! 見せてみなさい!」
カンナは、俺達の異様さに瞬時に感づき、すぐさまスノウに駆け寄って、傷を確認する。
傷を見たカンナは、より表情を険しくする。
「これは…魔核は?」
カンナに尋ねられたスノウは、首を横に振った。
俺はそれを見て、察してしまう。
「・・・」
「カンナさん。大丈夫ですよね? こんな傷なんて、簡単に直せて」
「無理で御座います…姫様」
あまりにも不安定な状態のコレットに声をかけたのは横になっているスノウだった。
スノウは今にも途切れてしまいそうな意識を必至に繋ぎとめ、口を開いた。
「彼奴は、私の魔核を破壊しました。魔核を破壊された以上、もう蘇生や延命は望めないでしょう……」
「・・・魔核って?」
「魔族が真に心臓と呼ぶ最も大切な部分。魔族の中には例え、脳や心臓を破壊されても、再生し、元に戻る奴も中にはいる。でも、魔核を破壊されたが最後、治癒術も回復魔法も受け付けず、ただ死へと向かうしかなくなる」
「そんな…私は、私はまだ、何してないんです! 話をして、いっぱい話をして、これから…これから、もっと……」
「姫様、良いのです」
今にも崩れ泣きそうなコレットにもスノウは再び呼びかける。
「これで…良いのです」
「?! いいわけないじゃないですか! スノウさんは、私のせいで……」
「いいえ、あなた様のせいではありません。これは私達の総意なのですから……」
スノウは少し目を閉じた後、俺とコレットの姿を確認する。
「私は……」
「だから、喋り過ぎだって……」
「ッ!」
「言ってるだろうが!……?!」
「トルネード・シューター!」
遠くでキッドと戦っていた尻尾の男が再びスノウに襲いかかろうとするが、その前に俺達を守るように氷の壁を貼る。
ただし、それをいとも容易く打ち砕く奴だ。何枚も重ねがけして強度を上げる。
氷の壁はそれに答えるように、男の一撃を止め、それに気付いたカンナがすぐさま反応し、一直線に伸びる竜巻の魔法を発動させ、氷の壁を貫通させて、反対側にいる男を吹き飛ばした。
「ソラ、2人を頼むわよ」
「わかってるよ、そんなこと!」
「待って! 何も…本当に何もないんですか!」
カンナは、ここに自分が出来ることがないと判断し、男をここに近付けまいとするために、先頭に参加しようとする。
それを声を荒げて、制止をかけるコレット。
僅かにすがる思いでカンナに尋ねてみるも、返ってきた返事は沈黙とあった。カンナは目を伏せると、首を横に振り、その方法はないと容易に理解できるものであった。
それはコレットも同様で、その顔が絶望の色に染まる。
「姫様……」
スノウは、コレットの回復を続けている手にそっと手を置き、
「悲しまないでください。私なんかの為にあなた様が泣いてしまったら、何のために敵になったのか…わからないじゃないですか……」
「?! あんた、やっぱりわざと?!」
スノウは俺に少しだけ視線を合わせると、何故かニッコリと微笑んだ。
わらっ…た?
「私は…ずっと覚えていたのです。アッシュ様の首を跳ね、マリー様の心臓を貫き、そして、狂気の笑みを浮かべているあの男…スコーピオンの姿を……」
「でも、お父様も、お母様も、誰一人死んでなんていません……」
「・・・私が最後に見た光景は、私の為に泣いてくれている…コレット様の姿でした……。目を覚ますと、いつも通りの日々が過ぎていき、最初は夢だろうと思っていました。しかし、数年後にはまた同じような光景が広がっていました……」
次第に目から光が消えていき、うつろな目になるが、それでもスノウは話すのをやめなかった。
「その光景を3度繰り返した時、これは繰り返されているということに気づきました」
繰り返しているという言葉に、自分の中にぴったりとハマるものがあった。だからこそ、今日にあいつが来ることがわかっていたのだろう。目的がわかっていたのだろう。
「ならば、コレット様を含め、皇と皇后だけでも、助け出そうと、様々な手を打ちました。ですが、皇達は自分達よりも、姫様だけを助けることを選んだのです」
「?!」
「私達は考えました。どうすれば、姫様を救うことが出来るのか考えた結果…私が魔族であると明かすことが、最も効果的だと考えたのです」
スノウの言葉を聞いて、よくよく考えてみると、まるでそうなることがわかっていたと思わせる程絶妙なタイミングだった。
それはおそらく、その時間帯にコレットがやってくるとわかっていたから出来ることだったのだろう。
「それに見事成功し、姫様はこの城から助け出すことが出来ました。それでもなお、繰り返される現実。私はそれを何度も繰り返しました。あなた様に…生きて欲しかったから……」
「もういい…喋らなくていいから……」
コレットは涙を押し殺しながら話すのをやめるように言うが、それでもなお話し続ける。
「私が最初にここに来た時、この城を乗っ取ることか目的でした……。この城を乗っ取り、魔族繁栄の足掛かりにする……。する筈でした……」
スノウはおそらく、もう目は見えていないだろう。しかし、スノウは自分の手をコレットに向けて手を伸ばし、コレットはその伸ばしている手を掴んだ。
「皆さんは、そんな私を暖かく受け入れてくれました。その暖かさは今まで冷たかった私を、簡単に溶かしてくれる程、喜びにあふれていました」
コレットが掴んだ手はさらに伸びて、コレットの頬に触れる。
「生まれたばかりの姫様も、こんな私を、父親の様に受け入れてくれました……。そんな皆様を裏切ることが…私には、どうしてもできなかった……」
スノウは次第に涙を流し始め、色々な感情が溢れ出してくる。
「私は…最後まで、あなた様を見守っていたかった……。友達と過ごす日々を……、学校で過ごす日々を……、そして…女性としての1番の晴れ舞台を…この目で見届けたかった……」
「私も!」
コレットは自分の頬っぺた触れているスノウの右手を大事そうに包み込み、
「私も、スノウさんに…お父さんに! 最後まで、ずっと見ていて欲しかった!入学式も、卒業式も! 結婚式だって!これからも、ずっと…ずっと……」
コレットは押さえていた涙がどんどんと溢れ出し、言葉が続けられなくなる。
「・・・ソラ様……」
「!・・・何ですか……」
涙で言葉が続けることが出来なくなったコレットの側にいる俺に、何か伝えたいことがあるのか、スノウは話しかける。
「私は…貴方が魔族を相討ちで倒したと耳にして、もしかしたらと、この者になら、姫様を守ることが出来るのではないかと、ずっと…思っておりました……」
「スノウ……」
「あなたには、随分厳しく当たってしまいましたね。あなたにとって、かなりの難題を与えてしまいましたね。あなたに期待していた分、それが出来なかったことへの聞く耳を持たなかった強い態度や不満などを八つ当たりの様にぶつけてしまいましたね」
「いい。そんなこと…気にしてない……」
俺は目の前で友達の大切な人が死にかけているのに、何も出来ない自分に嫌気や怒りといった様々な感情が湧き上がってくる。
「相対するとき…私は嬉しかった……。私の我儘をやり遂げ、私を超えてくれたことが……」
「?! 違う! あれは!」
「例え、それが何であれ…君は私の全てを上回って、私を倒してくれた……」
違う…それは違うんだ……。
あれは、俺なんかの力じゃなくて……。
「これで…姫様を、任せていける……」
「レインさん!」
レインさんは徐々に光が溢れ始め、体からは光の玉が現れ始める。
「お父さん!」
「姫様…どうか、お幸せに……。ソラ。姫様の事…頼んだぞ!」
「・・・はい!」
俺は涙を流しつつも、しっかりとレインさんに言葉を返した。
『・・・ああ……本当に…しあわせだった……』
そんな言葉が聞こえると、レインさんの体を光が包み込み、無数の光の玉となって消えていった……。
「?! ・・・」
「! ・・・ッ」
俺とコレットは、決して声上げて泣くことはなかった……。自分の無力さと力の無さにただひたすらに涙を流した……。




