偽りと届く声
「ああああぁぁぁぁぁぁ………」
「何をしているのだ、あの者は」
「えっと…その……」
「まあ、たまに狂った行動をするのが、あの馬鹿者ということで……」
「そ、そうか…では、そういうことにしておくとしよう」
スノウに続いてソラまでも窓から謎の叫び声をあげながら落ちていくのを呆れながら見守っていた。
ソラのことをよく知っているコレットとカンナにとって、ソラがいきなりよくわからないことを始めることは共通認識だった。
「それで、私達もそろそろ始めるとしますか」
「・・・」
未だ玉座に座る2人に対して、開戦の合図を放つカンナ。だがしかし、2人はそこから動こうとはしない。
先程もそうだ。誰もソラの行動を読んでいなかったというのに、2人一切動こうとはしなかった。背後にスノウがいるということも含めても、全く反撃の姿勢に出ないことは疑問を感じていた。
「・・・コレット、私達は彼らに話がある。コレットはお友達の元へお行きなさい」
「で、でもお父様。私は、お父様達とも話を!」
「大事な話なんだ。席を外してをくれないか」
「・・・姫様、ここは言う通りに」
「でも!」
「大丈夫です。2人は、必ず私が」
真剣な様子の2人に何かを感じ取ったカンナは、2人に食い下がるコレットを諭し、ソラの元へ向かう様に指示した。
「・・・わかりました。お父様達のこと、よろしくお願いしますね」
「ええ。任せなさい」
そう言ってコレットは執務室の扉から部屋の外に出て、ソラ達のところへ向かった。
「・・・それでは、お話と言うのはなんでしょう。アッシュ皇王。マリー王妃」
コレットの姿が見えなくなり、カンナは持っている杖を下げ何の話なのかを尋ねる。
「・・・私達の敵についてだ」
*
かなりの速度で滑り、もう間も無く地面に到着する滑り台の先端を少しばかり上向きになっておりその勢いのまま先端に到着し、ソラは空高く飛び上がった。
そのまま弧を描く様に地面に落下するものの、ソラは広場に見事に着地し、体操選手さながらの胸を張った Y時の体制をとった。
「・・・本当に何をしているのですか」
「ごめん。ちょっとだけ、感動の余韻に浸らせてくれ」
ソラは、この着地がここまで見事にで見事に出来るものと思っておらず、今の俺にできる最高の出来に感動していた。
だが当然、そんなもの待つはずがなく、スノウは剣を抜いて振りかぶる。
ソラは驚き、慌てて後方に下がって攻撃をギリギリで回避する。体制が崩れ、足がもつれているソラに対して、攻撃の手は緩めない。
剣を振り上げ追撃をかける。が、その追撃は突如現れた氷によって塞がれてしまう。
その氷もすぐさま崩れてしまうのだが、砕け散るのにも、一瞬だけ動きが止まり、その一瞬の隙に刀身の間合いから回避し、膝をつく。
だが、全てを回避することはできず、頬がぱっくりと切れ、血が流れる。
だがスノウは頬を切ったことよりも、別のことへの驚きの方が大きかった。
「・・・かなり、コントロール出来るようになりましたね。もしかして、すでに特訓は完了しているのですか?」
「ああ、かなり時間はかかったけど、どうにか出来る様になったよ。それに、覚悟も決めてきた」
ソラはここに来る前、棚の上にあった9つの入れ物に水を注ぎ、一度だけ同じ特訓を行ってみた。
そして、その特訓は見事に成功。狙い通り、4つを同時に凍らせることができた。
アンノーンと話してから、やけに魔法のコントロールが簡単に出来る様になり、どうしてなのか思い出してみると、かなり簡単な理由だった。
後悔しないために』。あの言葉を口にしてから、不安定な力がいとも容易くコントロール出来る様になった。
(ラベンダーは言っていた。『魔導は完成されることはいない完成形の魔法だと』)
魔法というものに、心が感じたものがあったとしても、人の心そのものが入っていることはない。だがごく稀に、魔法に心が込められている場合がある。どういった原理で心が込められるのかはわからない。しかし、その心が込められた魔法の威力は、他の魔法とは比べ物にならない程絶大な威力を持ち、多くの魔導師はその魔導を身に付けようと、様々なことをやってみるも、誰一人として身に付けることができなかった。
だが、ソラにはそれが出来る。心を込めているだけではなく、覚悟がソラの魔法には込められている。
それをカンナに話した時、カンナもそれが何なのか頭を悩ませるが、
『それって、心じゃなくて『思い』って言うと思うよ』
ソラの隣にいたコレットに言われ、目を丸くするも、ソラの言葉に納得するものもあった。
「ですが、その覚悟を決めた所で、未だ私を攻め切れていませんね」
確かに、目が覚めてからの魔法威力の上昇。特訓でのコントロール。そして自分のコレットに言われた思い込めた魔法を使っても、スノウには攻め切れない。
実戦経験の差というのもあるが、やはりあの剣の所為で攻めるどころか、攻撃に回ることすらできない。
「このままでは、私どころかあの者達すら倒すことはできないでしょう」
「あの者達?」
スノウが言った言葉に妙な違和感を覚えた。
「あの者達って、一体誰のことなんだ?」
「・・・おそらく、皇王も同じ事を姫様…いや、姫様に話さないだろうな。他の御二方に話しておられるでしょう」
スノウは、皇王も話しているであろうと踏んで語り始める。
「あの者達とは、私達のとっての敵のことです」
「敵?」
「その者の名はスコーピオン。《十二星宮第八星・毒槍のスコーピオン》で、ございます。」
*
「十二星宮…ですか……」
「知っているのか?」
「ええ…それなりにですが……」
アッシュか敵の名前について話すと、カンナの表情が曇る。それ気付き、尋ねてみるものの、歯切れの悪い返事を返した。
「十二星宮とは、古代人が空に輝く12の星々に魔力が宿り、顕現した者達のことだ」
「彼は、自分の体から命から全てが魔力で構成されており、世界中の魔素を枯渇に追い込むとされている意識生命体を全て滅ぼすことが目的であります」
「・・・俺は、魔素というのを今初めて聞いたのだけれど…でもそれよりも、でもその目的をどうして知っているのかの方を尋ねたいね」
ソラはそう言って何か手はないのかと模索する。
何かないのかと体を弄っていると、腰に刺してあったアレに手をぶつける。
そういえば、これがあったな……。
「魔素というのは空気中に漂う魔力の源であり、その魔素こそが、全ての魔法の源でもあります」
「へえ……。ということは、俺たちの中である魔力も、元々は魔素だってことだな」
「ええ。その認識で間違いありません」
「なら次は、どうしてそいつらの目的を知っているのかについて、話してもらえるかな?」
ソラは腰にあるこれをスノウから見えないようにそれを握りしめる。
「さあ。それを知りたいのであれば、私を倒してみなさい!」
「やっぱりそうなるのかよ!」
スノウは再び剣を構え、こちらに向けて刃を向ける。ソラは、血だらけの手を高々とあげると、勢いよく地面に手を下ろした。
すると、地面から氷を出現させ、壁のような氷を2つ、ソラからスノウまで一直線の道を作り、ソラ達を包み込んだ。
「逃げ場を塞ぎましたか。無駄な事を…自ら退路を塞ぐとは」
「さあ?もしかすると、なんとかなるかもよ」
「そのおごり、私の剣で打ち砕いてくれましょう!」
スノウは目の前にいるソラに向けて突き刺すような姿勢で走り出す。
ソラにとっても、それは望むところだった。
力の差が僅かにソラが劣っている。実戦経験の差などもう目も当てられないだろう。
況してや魔力を喰う剣だ。普通に戦ったって勝算なんかない。
なら一か八か、最後の奥の手を使った方がマシだ。
当然これを使うタイミングもある。もしこれを外してしまったら後はない。もっと引きつけて、確実に!
『俺がタイミングを指示してやろうか?』
それは以前、2度だけソラを助けてくれた声だった。
『いきなりそんな物を使えとは思えん。だから特別に、力を貸してやる』
この声が聞こえている間、ソラが見える景色の色は消え去り、かなりゆっくりと時間が過ぎていく。
確かに、力を貸してもらえるのならありがたいが……。
『ただし、今回はあるものお前からいただく』
あるもの?
『お前の命を貰う』
・・・は?
『別に構わないだろう。お前には元々何もないただの空っぽの人間…いや、人間と呼べるかどうかすら怪しいな。なんてったってお前は紛い物だからな』
そ、そんな事!
『あるさ。俺はずっとお前を見てきたんだから』
ずっと……?
『ああ。例えばお前、一度でも笑った事があったか? 泣いた事があったか? 悔しいと思った事が、楽しいと思った事があったか?』
そんなもの、あるに決まって…
『本当に?』
・・・
ソラはそう尋ねられた時、何故か、何も答える事が出来なかった。
『所詮お前は偽物だ。周りの奴らを偽り、家族を偽り、友を偽り、そして自分自身も偽って…心も本心も何も無い。何が心を込めるだ。何が思いを込めるだ。それすらも作り物の分際で、生きているなんて語るな!』
いつものソラであったなら少しは反論できたのかもしれない。だが、ソラ自身がそれを本当の事だと理解していた。
本心で誰かと語ったことはない。心から笑った事は一度もない。楽しいと感じたことなんて一度もない。
ーー生きていると感じた事なんてない一度もないーー
『そうだ。お前はまず、生きてすらいない。だったらいいじゃねぇか。お前が死んだって誰も文句は言わねぇ。お前はよく頑張ったさ。周りに溶け込めるようにいい人を演じ、アリシアを説得してまで敵となる存在を演じ、コレットが求める支え合える友達を演じた。これだけやればもういいじゃねぇか。満足するかはともかくとして、出来る限りのことはやったって』
そうだ。僕はもうやれることはやった。
ソラは目を閉じながら、だったら別にここで死んだって…誰も……
いいソラ。
『私、ソラが本当に死んじゃったと思ったからすごく怖かった』
『だからもう、無茶だけはしないで』
「ソラ!!!」
「?!」
スノウの剣があと一歩踏み込めば届く距離まで接近した時、響き渡る彼女の声に目を開く。
そうだ。何したんだ。約束、したんだろうが!
俺は腰に巻きつけていたリボルバーを引き抜き、スノウに向けて突き付け、
ドパンッ!
引き金を引いた。
*
「イッッテェェ??!! ちょっと待て?! こんなもん注意とか言ってる場合じゃないでしょう!」
ソラが引き金を引いたと同時に、スノウではなく、ソラが後方に吹き飛んだ。
そして肩を押さえて地面に転げ回っている。
ソラを倒すのであるのならば、絶好の機会のはずなのにスノウは一向にソラを襲おうとしない。
地面にのたうちまわっている時、スノウは、
「・・・」
冷や汗を流しながら、動く事が出来ず、固まっていた。
視線を落とすと、持っている剣の刀身の中心から剣の先端部が綺麗に無くなっていた。
スノウは、ソラがリボルバーを取り出した時、一瞬それがなんなのか考えたのち、持っている剣を攻撃ではなく防御の為に剣の刀身部分で体を隠した。
突然の大きな音と、後方へ吹き飛んでいくソラを見ながら、同時にこちらに向けて何かを放っている事に気付いた。
スノウは自分に向かっている何かを剣で防ぐと、すぐにソラにとどめを刺そうと、考えていた。
それがなんなのかわからないが、所詮は魔力の塊だ。この剣で防げないことはない。
そう考えていたスノウの思惑はいとも容易く撃ち抜かれる。
その何かはこの剣の中心に見事にヒットすると、剣の魔力喰いを開始するよりも早く、衝撃の方が襲いかかり、防いでいた剣を打ち弾いたのち、後方の方に飛んでいった。
剣はその衝撃に耐え切れる事が出来ず、真っ二つに折れてしまった。
「ソラ、大丈夫?!」
「イタイ、チョウイタイ」
コレットは地面に転げ回っているソラの安否を確認するが、ソラは片言になって涙を浮かべている。
そんなソラにコレットは回復魔法をかけてソラのダラダラと流れていた血だらけの傷を塞ぎ、肩の痛みを和らげていく。
そんな2人に剣を納めて歩いていくものが1人。
「! ・・・スノウ」
「・・・君の勝ちです」
「「え?」」
徐々に近づいてくるスノウに表情を険しくするが、スノウが突然笑顔で言った言葉にソラ、そしてコレットは目を丸くした。
その後、スノウは片膝をつき、服の内側に手を入れて、何かを取り出そうとする。
今しがたまで横になっていたソラは肩に走る痛みに耐えつつ、体を起こして何かを探しているスノウを見つめる。
「これを……」
「・・・これは?」
「忘れましたか? これはあなたが持ってくるように頼んだプレートでございます」
「あ! そういえば! すっかり忘れてたよ」
スノウが取り出したのはソラが以前持ってくるように頼んでいたプレートであった。
ソラはそれをすっかり忘れており、優しい笑みをこぼすスノウから、恥ずかしそうにプレートを受け取った。
プレートを受け取ったソラは、プレートに模様が描かれていると言っていたので、その模様を確認する。
プレートに描かれていた模様は、以前夢で見た馬車のような模様が描かれているのではなく、中心に丸盾がついた二つの十字架が、プレートの中央で交差している模様だった。
「・・・これが、本当にあの時拾ったものなのか?」
「はい。本当にございます」
ソラはそれが本当なのか疑問に思いつつ、尋ねてみるも、やはり予想としていたものと同じ答えだった。
それにしても、これは一体……。
『お前の力だ』
先程まで聞こえていた声が、今まで以上にはっきりと聞こえ、左隣を見ると、座っているソラの頭一つ分大きい首にもじゃもじゃと毛が生えた動物が、ソラを睨め付けるように佇んでいた。
『何故偽物のお前なんかが、それだけの力を持っているのか、不思議でならんな』
「これが、俺の?」
『そうだ。今まで封じ込められていたお前自身の力だ。で、その封じ込めていた枷を外され、抑えられていた力解き放たれたんだ』
「枷……!」
動物が喋っている事に驚きつつも、言葉を聞いて思い出したのは、夢の中で言っていた俺だけに付けられていた枷を外すという言葉だった。
あいつは、本当に何から何まで俺を知っていた。枷のことも、俺がレインさんがスノウだと気付いている事にも……。
あいつは一体、何者なんだ……。
『それにしても』
ソラが考えを巡らせている時、目の前の動物がそんな言葉を呟き、思考がそちらに向く。
『相変わらず、絶妙なタイミングで助けにくるよな』
それはソラに言っているのではなく、ソラの隣を見ながら言っている言葉であった。
隣では今も俺の治療をしているコレット。動物はそちらを見つめていた。
『もう少しで、俺の力を取り戻せたのに……』
「え?」
コレットの方に向けていた視線を動物の方に戻すと、動物の姿は既になかった。
「それで、何故私が、かの者の目的を知っているか、という質問でしたね」
ソラが動物に気を取られている内に話が進んでしまったようで、スノウの方に視線を戻すと、スノウは立ち上がり、説明を始めようとしていた。
「これは絶対という確証はありませんが、彼らはおそらく……」
スノウが話し始めようとした瞬間、突如、空何が飛来してきた。
突然舞い上がった砂埃に視線が集まる。
「喋り過ぎだぞ。魔族風情が」
そんな声と共に、舞い上がる砂埃から何がこちらに向けて猛スピードと突撃してくる。
俺達はそれ気付いた時には、
「カハッ!!」
スノウが俺達を覆うように前に立ち、針のような物がスノウの心臓を貫いた後だった。
「?! スノウ!!」




