迫り来る恐怖
大きな声をあげて、逃げるように言って、焦りの表情を浮かべているソラとは対照的に、2人はソラのそんな表情を見て困惑する。
『魔族』
この世界に生きているのなら誰でも知っている種族であり、もう既に絶滅された種族と言われている。
2つの世界がまだ別々あった数百年前より遥か昔。
世界は、魔族と呼ばれる種族の侵略にあっていた。
魔族の力は恐ろしく、当時の世界の勢力では歯が立たず、まだ魔法というのが人々の生活にまだ浸透していなかった為、多くの魔法を駆使していた魔族達に為すすべがなかった。
だが、そんなある日、1人の勇者が舞い降りた。その勇者はその絶大な力で魔族を撃ち払い、世界を救ったとされた、本となり、今では本屋の隅っこに追いやられている程度の昔話だ。
そんな昔話出て来る魔族のことを言っているにしても、いまいちピンとこない。
だが、今1番焦りを見せているソラの表情は真剣そのものだった。エリーゼは今まで見たことのない真剣なソラ表情を見て、
「・・・また、会える?」
そう尋ねるしかなかった。
エリーゼは完全に今のソラと自分の実力の差を把握できていた。
単純な体力や力の差ではなく、立ち振る舞いや覚悟などが、もう既に自分より、いや、他の生徒達よりかけ離れていることを肌で感じる。
今の自分では、彼の足元にも及ばないことに……。
それと同時に理解する。今彼が見ている敵は、今のソラより遥かに強いことを。そんな敵から私達を逃がすということは、彼が命を賭けているということを……。
「・・・難しいかもしれない……」
知ってる。
「ひょっとしたら、殺されているかもしれない」
わかってる。
「だから、ギルドのテントまで辿り着いたらすぐに王都に戻るように指示を出して。大丈夫だ。緊急事態になった場合、残った者達で王都に戻る手筈になっているから」
・・・知ってるよ。・・・わかってるよ。本当は残りたい。でも、今の私じゃあ、足手まといにしかならないから…。
「・・・待ってるから…ちゃんと帰って来てね」
「・・・ああ」
私の言葉に対して、こちらの方を振り向くことはなかったが、ソラは短く返事を返した。
私は手を握っているミンさんを引っ張って、テントの外に出て行く。入り口には、先程連れ出された女子生徒達が屯しており、その子達も連れてギルドのテントに向けて走った。
ミンは最後にした2人の会話を理解できていない。
突如現れた勇者様のような人が私達を助けてくれた。すごくカッコよかった。でも、別れる時、彼は「殺される」と言っていた。
だからミンは、エリーゼさんに残らなくでよかったの?っと尋ねたかった。だが、尋ねることは出来なかった。
ギルドのテントに向けて走っている今も、尋ねることは出来ない。
彼女は下唇を血が流れてしまう程、強く噛み付いて、目から流れ出ている涙を必至に堪えていたのでだから……。
*
2人が出て行って少しばかりの時間が経った。
俺もゴブリン達も動きを見せない。
恐怖を感じて動けなくなった体がやっと迫り来るプレッシャーになれ、動けるようになった俺は少し荒い息を整えながら、ゴブリン達の様子を伺う。
ゴブリン達迫ってくるプレッシャーに完全に固まっていた。その顔からはダラダラと嫌な汗が流れて出ている。
それを見た俺は、妙な親近感と共にテントの外に出て行った。しかし、絶対に後ろを見せない。後ろに歩きながら外に出ると、プレッシャーがもうすぐそこまで来ていることに気づいた。
テントから全員を逃した。周りには自分以外の障害物になりそうな物はあまりないが、テントの中よりは安全な場所にいる。
息を整えて気持ちを落ち着かせていると、
ドカーン!!!
突如目の前のテントが消し飛んでいった。
「〜〜〜??!!」
消し飛んだ衝撃に声にならない声が上がる。それほどまでにテントが突然消し飛んだ衝撃が強かった。
そして先程までテントがあった場所がぼうぼうと燃えていると、その火の中からこちらに向けて歩いてくる人がいた。
そいつはあの時あったトーラムと同じように耳が尖っており、トーラムより1本多い2つのツノを生やした
「全く、役立たずなゴブリン共め……。テメェもそう思うだろ? クソガキィ!」
真っ赤な魔族だった。




