獅子
トーラム放った炎の煙で気づくのが遅れ、こちらに迫りつつある竜巻を見て、本気で魔力を杖に込める。
「姫様、お下がりください」
「は、はい」
おそらく、あの竜巻は完全詠唱で放たれたものだろう。
既に、無詠唱という概念は存在している中で、詠唱とは未だに使われている技法である。
無詠唱とは詠唱する魔法をより簡略化して発動できることであり、その威力は、詠唱するよりも強く発動することができる。その為、殆どの者は詠唱するより、無詠唱で魔法を発動することが多い。
だが、完全詠唱となれば話は変わってくる。
完全詠唱とは無詠唱や詠唱と異なり、発動する魔法の本質全てを、完成された1つの力として発動する。
その為、詠唱や無詠唱とは違って絶大な破壊力を持っている。
完全詠唱の魔法には、完全詠唱の魔法をぶつけるのがセオリーだが、迫り来る竜巻を見て、そんな時間は当然ない。
無詠唱の魔法で、どれだけ太刀打ちできるかわからないけど、後ろにいる姫様だけは守ろうと、杖を強く握りしめる。
そんな私達の前に現れたものがいた。
*
竜巻が俺の横通り過ぎていく。
だが、それでも足を止めなかった。
追い越されたのなら、追い越せばいい!ただそれだけだ!
(簡単に諦めてたまるかぁぁぁぁあ!!!)
不意に足が軽くなった。
動かなくなったわけでない。むしろ足に力がはいる。
ならばと、その湧き出る力を込めて地面を蹴る。地面を蹴ると、先程とは比べられない程早く走り、そして驚くことに先程追い抜かれたはずな竜巻を、今度は俺があっという間に追い越した。
いつもなら、何で?!とか、どうして?!とか慌てふためくのだが、そんなことしている時間はない。
俺は竜巻の正面にいく、くるりと反転させてブレーキをかける。
コレット達とは少し離れた所で止まると、左手に持っていた盾を胸の前まで持っていった。
「ソラ!そこにいたら危険だ!早く離れろ!」
俺を心配してか、カンナは俺にそう言い放つ。
しかし、俺はそこから動かない。
俺がこの盾を掴んだのは、紛れもなく、『自分が守りたいものを守るため』だ。
深い理由はない。ただ自分勝手で、ただのエゴだ。
だからこそ、俺はここに立っている。自分のために、自分の願いのために……。
「おい、誰かはわからない声の主よ」
俺は小さな声で問い始める。
「『守りたい』。その思いで掴んだこの力」
「本当に守れるのなら、俺にその力を貸せ!!!」
持っていた盾を強く握りしめて叫ぶ。そして、その願いに応える。
『思いを込めて盾を構えろ。それだけで力が手に入る』
声に従って力を込めて盾を構える。迫り来る竜巻が目と鼻の先まで迫り、俺は真っ直ぐに盾を構えた。
盾が竜巻にぶつかり合う直前、崩れていた盾は青く透明な状態で形を取り戻していき、竜巻がぶつかる時にはもう既に盾の形を取り戻していた。
しかし、竜巻の威力は凄まじく、盾を貫いてしまいそうなほど、力強かった。
俺はさらに力を込めて、盾で防ぎ、先程の声のことを思い出した。
力を込めるんじゃない。
込めなるのは、『思い』だ!
俺は盾を握り直す。今度は力ではなく、『守りたい』という思い込めて。
すると盾は応えるように強い光放ち始める。
その光は徐々に竜巻を弾き始め、押し始め、そして光が徐々に形を成していく。
その形は、まるで猫のような足に、丸い耳。首にいっぱいの毛を生やした、古代人が『ライオン』と呼ばれる姿をしていた。
現れた光のライオンは、トーラムの竜巻に襲いかかり、その竜巻を食い尽くし、飲み込み始めた。
竜巻は少しづつ、勢いが無くなっていき、力が弱まっていき、そして、竜巻は俺たちを巻き込むことなく、消滅した。
竜巻が消えると、ライオンの形となっていた光も同じように消えていった。
防ぎきった……。
そう思った俺は元の状態に戻った盾が、今度は完全に消滅するのを確認すると、すぐに意識を手放し、暗闇の中に落ちていくのだった…。




