安心と信頼のカメ
「・・・私の友達に!そんなひどいこと言わないで!」
私は私のことを考えてよくしてくれたソラに対して、ひどいことをしたローブの人の手を払いのけ、そのまま彼を思いっきり引っ叩いた。
叩かれた男は少し固まり、しばらくしてようやく自分が叩かれたことに気づいた。
すると、沸々と怒気が湧き上がっていき、こちらを見て強く私の腕を握りしめた。
「痛い!」
「ガキが!子供だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
無理矢理握りしめられた手はあまりにも強く、思わず声を上げる。その力強さ振り払うことが出来ず、身動きをとることが出来ない。
そして、ローブの人が言い放った怒気に恐怖心が駆け巡り、完全に固まってしまう。
「おい」
すぐ横から声が聞こえ、顔を向けると、ウィザードさんが怖い顔してこちらを睨め付けていた。
「・・・いかがなさいましたか、カンナ様?」
「あんた、いくらなんでもやり過ぎじゃないから」
「そうでしょうか?」
「それに、彼は私達の民。その彼に言った暴言と攻撃はする必要はあったのかしら?」
カンナと呼ばれたウィザードさんも相当怒っているのか、その視線や言葉には強い怒気が含まれている。でも、その怒気には嫌な気分にならず、むしろ暖かくもあった。
「・・・何か問題でも?姫のことは私に一任されている。その姫を誑かす者にどんな報いを与えるのかは私の自由なはずだ。それに、私に歯向かうということは、私を支援する皇国を歯向かうと同義…カンナ様は、戦争したいのですか?」
「くっ!」
カンナさんは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、手を強く握りしめる。
だが、私にはこの人が言った『皇国』という言葉が私の頭に中を駆け巡っていた。
皇国…ということは、宮廷魔導師さんの?!
直後、私の頭に逃げ出す直前の出来事が頭をよぎった。苦しみの声を上げる父と傍で何かを呟き、邪悪な笑みを浮かべている宮廷魔導師さんの姿を……。
「・・・いや…離して!」
「おいおい。今更そんな抵抗したって無駄だぜ?」
私は先程よりも強く手を振り払うが、ローブの人の手を振り解くことができなかった。
むしろ、やっと抵抗を見せたと嫌らしい笑みを浮かべて、より力を強める。
誰か、助けて!!
目を瞑り、届くはずもない思いを念じる。助けてと。
恐怖に押し潰されそうになりながら、ただただ、そう願った。
すると、ローブの人に何かが勢いよくぶつかる。ぶつかった物を見てみると、それは丁度手に持てるほど大きさの石で、ソラが叩きつけられた壁と同じ色をしていた。
私は慌ててソラがいた方を見る。
そこには、フラフラながらも立ち上がり、こちらを睨め付けるソラの姿があった。
「貴様…」
「コレットを離せ。その子は俺にとって、大切な友達なんだ」
ソラは強い目でローブの人を睨めつけ、睨め付けられた本人はビクつき、少し後ずさる。
だがすぐに立て直し、再び怒気があふれ出す。ソラはそれに一切臆さず睨め続ける。
すると、ローブの人は何かを思い浮かんだようにニヤつき、私を掴んでいた方とは逆の手をソラに向けて手をかざす。
「だったら、お前がこの娘を殺せ俺がお前を操り人形にしてやるよ!」
その言葉に、ローブの人が何をしようとしたのかすぐに判断できた。
((催眠魔法!?))
私は急ぎ、止めようとするが、
「ドール・マインド!」
かざした手は紫色に光、ソラの体も同じように光が包み込んだ。
カンナさんは、ローブの人の行動に胸ぐらを掴み問いただす。
「トーラム!貴様、今何をしたのかわかっているのか?!」
「だから言ってるだろ?俺に一任させてると」
「だが、それは保護をすることを前提にしていることが条件だったはずだ!殺すなんて命令どころか、他人を操っていいという指示も命令も出していない!」
トーラムが王宮にやって来た日、私、そして国王は条件を出した。それは生きたまま連れてくることだ。
トーラムはしぶりながらも了承はしたが、その時の兵士達の指揮権を求めた。
最初はそれを受け入れないつもりだった。だが、彼を連れて来た兵士が目に映った。その顔にはまるで生気がなく、どこか上の空の様子だった。
そして、その兵士を見ていた私をトーラムが見た時、ニヤついた笑みがこぼれる。
国王は何かに勘付き、絶対の条件として私を第1指揮官として付け、第2指揮官として許可を出した。
(国王が言った嫌な予感に細心の注意をはらっていたのに!)
私の焦りの表情に、トーラムは満面な笑みを浮かべている。そんなこいつの顔面を殴り飛ばしてやろうと拳を挙げると、
「・・・カメ助、頼んだ!!!」
不意に催眠魔法で操ったと思っていた男がこちらに向けて何かを投げた。
それを見た最初は、平べったく、楕円形の石を投げつけて来たと思った。しかし、その楕円形の石から不意にニョキっと何かが生え、その生えた何かはジェラード姫を掴んでいるトーラムの腕に綺麗に着地すると、勢いよく噛み付いた。
「ギャアアアアァァァァァァ!!!」
トーラムはあまりの痛さにジェラード姫の腕を離し、何かを振り払おうとする。
私はすぐさま、トーラムから手を離し、姫をすぐに抱きしめ、保護する。
「どうだ!カメ助の噛みつき具合は!他の誰よりそれを体験している俺にはその痛みがすごくわかるぜ!」
ガッポーズをしながら言い放った言葉は全く褒められることも自慢にもならない。
呆れながら、ソラ少年を見ていると、それにつられて、何それ?っと楽しそうに笑う姫様。その顔からは一切の不安がなくなったように見える。
操られたのかもしれない。殺されるかもしれない。そんな不安を一切感じさせないその笑顔に、私も思わず笑みがこぼれる。
「この!ゴミガメが!」
トーラムに噛み付いたのをよく見てみると、それがカメだと理解する。そのカメは腕ごと地面に叩きつけようと、大きく振りかぶり、振り下ろす。
カメはそれを理解しているのか振り下ろされる直前こちらに向けて飛んでくるタイミングで離れ、綺麗な項を描いて姫様の胸にすっぽりと収まった。
トーラムが振り下ろした手はそのまま地面に叩きつけられる。
そして、その叩きつけた痛みで、先程と同じように叫び声を上げながら、駄々をこねる子供のように転がっていく。
「ああ、やっちゃった。カメ助には勢いよくとかダメだよ。その子、そういうことには天才的だから」
「カメちゃんはすごく頭がいいもんね」
「かめ!」
まるで本当に会話をしているような、そんなタイミングで声を上げるカメにギョッとし、目を見開いた。
すごいなぁ、このカメ…。
ゴロゴロ転がっていたトーラムはだいぶ痛みが治まってきたのか、今は手を抑え蹲っている。
「・・・大丈夫か?」
「黙れ!」
ソラが身の安否を尋ねると、トーラムが顔を真っ赤にして立ち上がった。目元には涙を浮かべている。
でも何故、顔を真っ赤にしているのを、涙を浮かべているのがわかっているのか。それは、
「大体、貴様があんな物を投げるからそうなるのだ!」
「それは悪かったな。そう顔を真っ赤にしてまで怒るなよ。魔族さん」
トーラムが頭からかぶっていたローブが立ち上がる拍子に取れ、尖った耳と額から生える1本のツノが生えている顔が露わとなったからである。




