アルバイトメイド2
レオナは不慣れそうに給仕を行なっていたが、やがて感覚やコツを掴んだのか、テキパキとホールの仕事をこなし始めた。
次第に客足も落ち着き始め、接客に疲れ切ったレオナは厨房の裏にある控え室でテーブルに突っ伏していた。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様。はい、これ」
初めての接客で、明らかな疲れを見せるレオナに空はティーカップに注いだコーヒーを置いた。!…
「ありがとうございます。……!? にっが!? なにこれ!?」
「苦いって……コーヒーは苦いのが当たり前だろ?」
「こうひい?」
「コーヒーを知らないの? なら苦いのを知らないのは当然か……。この小瓶に入っているのが、砂糖。で、これがガムシロップで、これがあればコーヒーを飲みやすくするよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
空から砂糖とガムシロップを受け取り、コーヒーの中に入れる。
ガムシロップを初めて見るレオナだったので、開け方がわからず首を傾けて、それに気づいた空が微笑みながら、レオナからガムシロップを取り、蓋を開けて差し出した。
受け取ったレオナは中にある水を首を傾けながら、コーヒーの中に入れ、コーヒー皿の上に置いてあったスプーンで混ぜ、恐る恐る口に含んだ。
「……あ、おいしい」
「それは良かった。
ところで……どうして働くことになったの?」
「それが私にも……」
「……大変だね」
控え室で休んでいた二人は微妙な空気で顔が苦い顔をした。
するとそこへ、ひと段落したエレナが休憩のためにやってきた。
「ふう……」
「お疲れ、義母さん」
「お疲れ様です」
「二人もお疲れ様。特にレオナさん。初めてにしてはよく頑張りましたね」
「い、いえ……」
「ところで、義母さんはどうしてレオナさんを雇ったの?
大人の事情って言ったたけど……」
「大人の事情です」
「もう少し説明が欲しい」
「大人の事情です」
「……」
「大人の事情です」
「……もういいです」
「終わりました……」
「お疲れ様、アイリス。
彼女と話がしたいから、二人は上がってくれないかしら」
「了解。アイリス、面接だから俺達は家に引っ込むぞ」
「わかった」
自身の仕事を終えて控え室にやってきたアイリスと、休んでいた空に、面接を行うというエレナに従い、「晩ご飯はなにがいい?」という会話しながら、家の方へと引っ込んでいった。
「……さて」
「……あなたは、アリエス様とお知り合いなのですか?」
「私個人は彼女を知らないわ。
でも……」
レオナがコンコンッ! って机を突き、誰かに合図を出す。
すると、彼女の背後にふわりと女性が微笑みながら、ゆっくりと舞い降りた。
『……こんにちは、お嬢さん』
「!?」
女性は自身の体がわずかに透けており、明らかに人間ではない人魚の姿をしており、手に持った水瓶を片手に遊ばせながら、挨拶をする。
その漂う雰囲気が自分達がよく知っているもの達、十二星宮のもの達が怒りを露わにしている時のような感覚が漂ってきていた。
レオナは顔面を蒼白とさせ、体全体が震えが襲ってきた。
「……っ、……あ……」
息が詰まって言葉が出ない。
『落ち着きなさい』
言葉を発することができないと理解すると、透明な女性はレオナの顔を両手で優しく挟み、額に短くキスをする。
それに驚いたレオナは頬を赤く染め、後ろに下がろうとするが、椅子の背もたれに引っかかり、後ろに下がることができなかった。
『ふふふ。まだまだお子様ね。
そんなに怯えることはないわ。私はあなたの敵ではないわ』
額にキスをした人魚の女性がとても柔らかな雰囲気でレオナに話しかける。
しかし、レオナは驚いておでこを押さえながら、目が点になって固まる。
それのやりとりを見ていたエレナはふふふっと笑みを浮かべていた。
「そう警戒することはないわ。
あなたのお母様からここに住み込みで働くように言い渡されたの。嘘ではないわ」
「そ、そうですか……。ですが、」
「あなたがどこの誰であろうと、あなたの背後に誰が居ようと、構わない。
私があなたを住み込みで雇うと言ったの。
二人が手伝うようになってくれたから、かなりお店が回るようになってくれたけれど……やっぱり、客足が増えてきて、どうしてももう少し人手が欲しいの。
手伝ってくれないかしら?」
自分の裏を把握されているにもかかわらず、さらに人魚の女性が十二星宮と同じような雰囲気が漂う女性がそばにいるにもかかわらず、エレナは単純にお店の従業員を増やすためにだけに住み込みで雇い入れたいと言ってきた。
「……いいんですか?」
「お店の従業員を増やしたいからあなたを雇い入れたいの。
受け入れてくれますか?」
「……そういう理由でしたら……」
エレナの頼みに最初は警戒をしていたレオナだったが、従業員に雇い入れたいという考えのエレナにレオナは折れて住み込みで働くこととなった。
*
レオナは住み込みで働くことが決まり、ここで暮らすためにメモを受け取り、買い出しのために山道を下っていた。
『うまく潜り込むことができたようね、レオナ』
そんなレオナに話しかけてくる人物がいた。
「……アリエス様……」
『驚いたわよね。突然こんな状況になって……』
「それは驚きましたけど……。どうしてこんな状況に?」
背後に現れたアリエスに一瞬驚くものの、すぐに落ち着いてなぜこの状況について尋ねた。
アリエスはそのことを簡単に答えた。
『監視の対象である『ソラ・オオゾラ』に接触するにはこの方法が一番的確だと思ったのよ』
「!?」
『これからどうするかは、あなたが決めることよ』
「……」
アリエスはそれだけを言い残し、姿を消した。
レオナはその姿をただ茫然と見ていることしかできなかった。
次回は1月19日に投稿します。




