はじめましてかぞく
アリアス様が部屋から出て行き、この病室は俺一人きりとなった……。
(……大丈夫だろうか……)
頭の中では彼らの元へ置いてきたもう一人の自分のことばかり考えていた。
『あいつらに任せておけば大丈夫だ。実力は肌で感じただろう?』
(それはそうだけど……。
そういえば、僕は何日眠っていた?)
『ほんの数日だ。わずかしか眠っておらんよ』
(……お前のわずかは信用ならないんだよな……)
本当……大丈夫だろうか……。
*
ーーーところ変わって『大空家』……。
ガチャッ
「ここが、今日から君の新しい家だよ」
「……」
翼はソラの頼み通り、もう一人のソラを自身の息子として引き取った。
戸籍などを作るために、一時的に施設に預け、『空申請を通すのに数ヶ月かかったが、どうにか息子として迎えることができた。
「おかえなさい、翼さん」
「ああ、ただいま。
エレナ。この子が僕が言っていた空君だよ」
翼はエレナの登場で後ろに隠れた空の背中を押して、前へ出そうとするが、翼の服を決して離そうとせず、脚にしがみ付いて前へ出ようとしはしなかった。
「……こんにちは、空くん。私、この人の妻で、エレナです」
「…………」
「……ほら空。挨拶をして」
「………こんにちは……」
空は翼の言葉に従って、エレナに小さく頭を下げた。
怯えながら緊張した面持ちで頭を下げる空の姿にエレナは優しく笑みを溢した。
「……やっぱりまだ、緊張しているんですね」
「すまない、不快な思いをさせてしまって……」
「いいえ。私もこの子の気持ちはわかるつもりですし。
それに……この子もこの子なりに私を受け入れようとしてくれているのはわかりますから……」
「そうか……」
エレナは翼にそう告げると、膝を曲げて視線を翼に合わせた。
「これからは、私があなたのお母さん」
「……お母さん?」
「ええ。お母さん。あなたの、家族です」
「……かぞく?」
「ああ……」
空の言葉に二人が頷くと、空は嬉しそうにする反面、恥ずかしそうに顔を赤らめ、下唇を口の中に入れて俯いていた。
「……」
空は恥ずかしそうにしながらも、身を隠していた翼の前へ出て、
「よ、よろしく、おね、おねがいします!」
声を裏返しながら、そう頭を下げた。
*
空が大空家で暮らすようになってから、半月が過ぎた。
大空家の二人はとても優しく、いい人であったため、すぐに馴染むことができた。
それに空も空で自身が置かれている状況に気がついているのか、エレナが開いているお店の手伝いを自ら進んでいたら組んでいた。
「……どうぞ」
「お! 偉いぞ、坊主」
「!?!?」
しかし、嫌がらせやいじめを受けてきたせいか、心を許していないものから声をかけらるたびに驚いて逃げ出していた。
「やっぱり……まだ声をかけられるのは苦手?」
「……」
空はコクリと頷く。
その目にはわずかに涙を浮かべていた。
「どんな人ならうまく話せるのかしら……」
「……」
俯いていた空が顔を上げてエレナから視線を逸らすと、その先には、小さな人がそばにあった角砂糖が入った小瓶をよじ登ろうとする姿が映った。
「……」
空はその人をつまみ、テーブルの上に下ろすと、小瓶から角砂糖を取り出して、その人のそばに置いた。
「すまないねぇ」
小さな人はお礼の言葉を述べると、その角砂糖を持って去っていった。
空はその姿を笑みをこぼしながら静かに見守っていた。
「……その笑顔をお客様にもすることができればいいんだけどね……」
エレナのそんな呟きに顔を赤らめ、恥ずかしさのあまり、テーブルにうつ伏せたことは言うまでもない……。
*
その日の夜……。
「空……」
「? なに、つばささ……とうさん」
「エレナから聞いたよ? お店にやってきた小霊には彼女もびっくりするような素手な笑顔を向けていたんだって?」
「!? いや、あれ!」
「ああごめん、動かないで。重心がずれるとバランスが合わなくなるから」
「……!」
「力を抜いて」
「……」
空は現在、翼が趣味で行なっている絵のモデルとなっていた。
趣味といってもその実賞を取るほどの実力を持っており、いま二人がいる部屋には翼が表彰された賞状が数多く飾られている。
「それで? どうして彼ら妖には笑顔が向けられたのかな?」
「……彼らの中には人よりも優しい人がいますから……。
今日やってきた小人さんなんて、嬉しそうに頭を下げていったんですよ」
「そうか」
「エレナさん……かあさんやとうさんのそばにいる蓮さんやアクアさんみたいに優しい妖はたくさんいます。人よりも優しい、妖さん達が……」
空の話を聞いた翼はゆっくりと口を開いた。
「……空」
「は、はい」
「またエレナのお店の手伝いをするんだったら……次は君から、話しかけてみてごらん」
「自分から……む、無理です! そんなこと……」
「大丈夫。ただ挨拶をすればいい。
それだけでいいんだ」
「……」
空はそれを想像するだけで恐怖で震え上がったが、自分が信頼を寄せている翼の真っ直ぐな瞳に、
「……が、頑張ってみます」
そう頷くことしかできなかった。
*
その機会が来たのは昨日の今日であった。
次の日となり、その日もいつものようにお店の手伝いをしているとお客様がやってきた。
最初はエレナがその対応をしていたが、次第に客が押し寄せてくる人数が増え、空もホールに手を回さなければならなくなった。
オーダーを取るためメモ紙を手に持った空は昨日のことを思い出しながら少しだけ呼吸を荒くして緊張していた。
(……よし! やるぞ!)
そして意を決して注文をしようとしていた人がいるテーブルに向かい、大きな声で言い放った。
「こ、こんにちは! いらっしゃいませ! ごちゅうもんをうけたまわりみゃす!」
大きな声で言い放った分、噛んだ瞬間の静まり返り具合が凄まじかった。
視線がいっぺんに空に集まる。
「……うけたまわります……」
「あ、ああうん、わかった。えっと……」
視線が集まり、自身が思いっきり噛んだことに耳まで真っ赤になりながら今にも消え入りそうな声で噛んだ部分を言い直すと、その先に座っている常連の俺のお客は急いで注文しようとメニュー開いた。
お客様が料理を注文し、空がそれをメモしていく。そして最後に、
「ーーーよく頑張った」
という言葉を口にした。
空はその言葉に驚きながら目をパチパチさせる。
常連の男はそれ以上は何も言ってこないので、裏へ引っ込み、注文をした内容を読み上げてエレナと翼に伝える。
「……あと……『よく頑張った』一つ」
「は?」
「違うよ。それは注文ではなく、空を褒めた言葉だよ」
「……」
翼が先程の言葉の説明をすると、空はあまり表情を変えなかった。ただ無表情で翼とエレナを見つめていた。
しかし、次の注文からは自分から率先してホールへ出るようになり、注文を受ける際に大きな声で挨拶をするようになった。
こうしてこのお店には小さな子供が働く活気あふれるお店として地域の者達に広まっていくのは言うまでもなかった……。
*
「……」
『……なんだ?』
「蓮さんて……ライオンさん……ですよね?」
『だからなんだよ……』
「どうしてライオンさんがしゃべるの?」
『なぜって……俺が心獣だからだ』
「……なんですかそれ?」
夜。
空は翼の心獣である蓮に覆いかぶさり、その大きな背中に体を預けていた。
そんな一人と一匹を見守っていた翼は心獣についての説明を始めた。
「心獣というのはここの中にいるもう一人の自分だ。動物の姿をしているのは、その姿が一番その人の心を映しているからなんだ」
「……よくわからないです」
「わからなくてもいいさ。ただ、彼らにも名前がある。
名前は心と繋がり。その名前を口にして、中にいるもう一人の自分が答えてくれるなら、きっと姿を現してくれるはずだよ」
「名前……」
名前という言葉を聞いて、空が何かを思い詰めるように体を起こして胸を押さえる。
胸を押さえながら頭の中に浮かび上がったきっと名前であろうものを口した。
「……『トロイ』。……『フィアーラ』!」
空がその名前を口にした途端、空とその下にある蓮の周りを炎と雷が上がり、大きな鳥の鳴き声と馬の声が上がった。
次回は11月24日に投稿します




