鉄の馬と稲妻駆ける馬車
施設を出た俺は施設を隠している森を抜け、森と森を隔絶する谷を越え、さらに奥にある小さな洞穴の中を進んでいた。
ある程の中を進むと奥の方から光が差し込み、そこに向けて脚を進めた。
そして光が差し込むとことに到着すると、そこには小さな空間が広がっており、外壁が削れ、外からの月の光が差し込んでいた。
『ブルルルッ!』
そんな空間の中央で月明かりに照らされる一匹の鉄の馬がその背に何かを背負ってたたずんでいた。
「お〜よしよし。待たせて悪かったな」
『ブルルルッ……』
そんな馬の首を撫でると、馬は嬉しそうに喉を鳴らした。
『……それで? 逃すことには大賛成だが、どうするつもりだ?』
馬の体を撫でている男、ソラに語りかけてくるのは、ソラの心の中にいる者。心獣と呼ばれるソラの力である白き獣、ソルガが、ソラに対して尋ねてきた。
『人間……それも理由もわからず分かれたもう一人のお前を、どうやってあいつらから隠すつもりだ?
それよりも、隠し通せるつもりか? そこにいる馬は、俺の力だけじゃない。あのヘビの力だって持っている。
そんな存在を、あいつらが見逃すと思うか?』
「……」
ソルガの言葉に何も言い返さないソラ。馬を撫でていた手を止めてソルガの言葉を親身に受け止めていた。
「……ソルガ」
『なんだ?』
「……これから何も考えてないんだ! どうしよう!?」
『だあ! 俺に泣きついてくるな!』
……完全な無計画であった。
『ブルルルッ』
「……それにしても、目を覚まさないな……」
そういって鉄の馬の背の上で眠っているソラと瓜二つの人物はソラのとても大きな声を聞いても目を覚ますことはなかった。
『単純に考えられる理由はお前とほとんど一緒だ』
「僕と同じ?」
『それは心獣がいるかいないかの違いだ。
心獣がいるかいないかでかなり意識か心の持ちようは変わってくる。それが今のお前のように外部から心獣となって自我を確立し、しっかりとした意思を持つ場合。
もう一つは、もともと持つ強い思い、意思が心獣寄ってより増大される場合。
この二つのどちらにも属していないそれは、中身の入っていない空っぽの鍋と同じだ』
「だったら、それに中身を注げば、こいつは目を覚ますんだな?」
『つまりはそういうことだ』
「だったら、この中にソルガが入れば、」
『そうした場合、今度はお前がこいつと同じ状況になるがいいのか?』
「そうでした……。どうしよう〜」
ソラが頭を抱えて彼を目覚めさせる方法を必死に考えていると、馬はそんなソラの方を向き、顔をソラに擦り寄せてきた。
ソラはそんな馬の身体を撫で、穏やかな表情を見せた。
そしてその馬を撫でていると、ふとあることを思い出した。
「……ソルガ。お前って、もともとの三体の神獣のうちの一人……だったよね?」
『……不本意ながら、俺はお前が言っている神獣の一体だ……おいまさか!』
「よし! とりあえず、行き先は決まった!」
『バカかお前! ここからあいつがある場所まで何日かかる思ってんだ!
下手な動きをすれば、奴らに勘づかれる可能性だってあるんだぞ!』
「それでも、少しでも早く解決策を打たなくちゃ始まらないだろう。全力で走れば、二、三日で、」
『ヒヒィン!!!』
ソルガと言い合いながらも、今から全速力で彼女がいるあの町へ走り出そうとしたその時、鉄の馬は前足を上げて大きな声を上げた。
大きな声を上げた馬は自身の前足を地面につけると、その周囲から強烈な稲妻が迸り、地面をその稲妻で焦がしていく。
そしてその稲妻の激しさがどんどんと広がっていくと、馬の体の一部が変形を始めた。
後ろ足が後方へ向けて足を伸ばすと、胴体から伸ばした後ろ足にかけて駆動を始め、体がどんどんと伸び始める。ある程度まで伸びると、伸びた体の胴体の中央からさらに駆動し、新たな後ろ足が地面に着く。そしてさらに後方に伸びている体が馬につながる荷車台車を作り、後ろに伸ばした足が割れ、円形の形を作るとそれが車の車輪のような形となり、荷車の台車が鋭く厳つい形となり、座るところがなく、乗り込むと体がむき出しとなる馬車が完成した。
『ブルルルッ』
「……」
馬が作り出したであろうその馬車はソラが作り出そうとしていた魔装武具によく似ていた。
移動に特化していながらも、ソルガの力を加えることで、触れた敵をバラバラに破壊する轢き車……。
しかし、馬車の装飾には何も施さなかった。見た目は完全な一人用の木製の馬車を予想しており、無駄装飾は戦いの邪魔になると思いそもそも含んでいなかった。
正直ソラは感想に困ったが……。
「……まあ轢き車だし、厳つい方が牽制なるか……。ありがとう、お馬さん。名前、つけてやらないとな」
『ブルルルッ』
『ソラよ……これに乗っていくのか?』
「多分これ、魔装の馬車だよ。どれほどのものかわからないけど、きっと僕が走るよりも何倍も早くあの町に着くと思う」
そう言って馬の背になる彼を背中に背負い、体に縛り付けると、馬の後ろに付けられた馬車に乗り込んだ。
「さてと……確か馬車には、手綱があったはず……」
馬車に乗り込み、手綱を探してみるも、手綱が見当たらない。しばらく探していると、馬の口元からバタバタと電気が走り、それが手綱の形となってソラの手元にまで手綱が伸びてきた。
ソラは少し動揺しながらもその手綱を掴んだ。
「……頼むぜ。えっと……『トロイ』!」
『ヒヒィン!!!』
ソラが鉄の馬に『トロイ』という名前をつけ、手綱を強く打つと、トロイは大きな声を上げて駆け出した。
そして駆ける脚は次第に稲妻を生み出し、宙を駆け、空を走り始めた。
「スゲェ! 飛んだ!」
『さっきも見ただろうが』
「実際に見ると体験するとじゃあ、天と地ほどの差があるっての!
よっしゃ! このまま行くぞ、トロイ!」
『ヒヒィン!!!』
空を飛ぶ馬車は月明かりが差し込む穴から空に駆け出し、稲妻を迸せながら夜空をものすごいスピードで駆け始めた。
ものすごいスピードのまましばらく馬車を走らせていると、あっという間に北にある魔物領土から、中央にある中央国を超えて、南にある王都領土へと差し掛かっていた。
「……そういえば、クロスフォード様は元気かな……」
『意外だな。お前があの小娘以外に気になる人物がいるとは……』
「なんでだろうな? あの人の手はすごい暖かかったから、妙によく覚えてるんだ」
『そうか……。だが手元をよく見ていないと、落ちちまうぞ?』
「え? ……うわぁ!?」
馬車の下ばかりに意識が向かってしまい、手元が疎かになったソラ。
態勢を崩し落ちそうになるのを必死に堪えながら手綱を引っ張り態勢を整える。
強く手綱を引っ張ったことでトロイは苦しそうな声を上げる。そんなトロイに謝りながら、再び馬車を走らせ、目的に向かうのであった。
キラーンッ
そんなソラ達の後ろで、豆粒のような小さな光が王都近くの森に落下していった……。
次回は10月6日に投稿します




