分かたれた2人
「……」
『ブルルルッ』
ボロボロに崩れた修練室で目の前にいる鉄の塊の馬が寄り添っている鎖に繋がれた人物を僕は見つめた。
何度も何度もそれを見直すが、やはりその人物は僕であった。
もう一人の僕は先程の僕同様に両手両足が鎖に繋がれた状態で、ぐったりとしている。
「……は? なんで、僕が、もう1人?」
当然そんな疑問が頭を過る。
黒い瘴気の影響? 突然体が光り出したから?
思い当たる原因を思い返してみるものの、どうしてそうなったのかについてはまったくわからず、その場で頭を抱える。
しばらくそうしていると、どういうわけか苦しそうな声を上げるソルガの声が心の中から響き始めた。
『グッ、アアア……』
「ど、どうしたんだ、ソルガ?」
『この馬野郎……。お前が作ろうとしていた魔装武具の力にさっきの瘴気と俺の力を少し奪って存在を形成しやがった……』
「……それって、どういうこと?」
『簡単に言えば、十二星宮の王の力の一部と、俺の力の一部をそれぞれ引き抜いて、心獣としての存在を確立しやがった……』
「そんなこと、できるのか?」
『普通の人間の心獣ならできないだろうが……お前の存在は完全な正体不明だ。
それに果実のこともある。何が起こるのか、俺や朱雀ですら予想できない』
「ってことは、果実と瘴気とソルガの力が互いに作用しあって、存在が二分したんだろうな……。
なら……」
ソラは痛む身体に鞭打て、右腕に振り上げて力を込める。拳を作り出すと、そこに魔力が収束され、牛の頭が浮かび上がった。
そしてソラは、その拳を振り下ろした。
*
ガラガラガラッ!
「……おい。起きてください。
……マスター!」
「くっ……。……デルタ、=Ⅳ?」
「ああ、やっと起きましたか。
大丈夫ですか? 頭動きます?」
ソラはソラ自身が敵であると判断していたマスター呼ばれる十二星宮の男を崩れた瓦礫の中から助け出した。
これは決して男が命令をして助けたわけではない。ソラ自身の意思で助け出した。
心の中ではーーー
『なにやったんだバカ! テメェの敵をテメェで助け出してどうすんだ!』
とソルガにお説教されていた。
「今発見できたのは、あなただけです。確か、側にもう一人居ましたよね?
すぐに探しますので、少しだけ離れていてください」
「……」
そう言ってソラは、マスターを瓦礫のない身体を休ませれることができる壁の方まで運ぶ。
その後すぐにもう一人の捜索を再開。マスターは壁にもたれかかりながらその様子を見守っていた。
「……」
「……」
二人の間に会話はない。ソラはただ一生懸命瓦礫をどかしながら捜索を続け、マスターはその様子をじっと見つめていた。
「……なぜだ?」
「はい?」
「なぜ、私を助けたのだ?」
「……はい?」
突然そんなことを尋ねられ、捜索を続けていたソラは手を止めて本当に疑問に思いながら首を傾けた。
「よくわからないことを聞きますね? その問いになにか意味があるのですか?」
「……私は貴様には道具としての価値以外見出すことが出来なかった。貴様に行ってきた実験はすべて、貴様を依り代とした我々自身の意思での魔装を作り出すための実験に他ならない」
「はい。存じております」
「……ならば貴様は、なぜ自分の意思で我々の実験を手伝っていた?
それに、なぜ貴様には意思がある? 貴様の意思である心獣は、抜き取り、我らが王に献上させたはずだ」
ソラは今の言葉にマスターが自分に意思があることがバレたと判断した。よくよく考えてみたら、昔の自分の行動の仕方は命令されてからでなければなにもしない人間だった。
そんな人間が命令もなにもしていない主人を助けるなんてまずありえないし、していることの意図を理解しているなんてまずありえないことだと今更ながら気が付いた。
だからーーー
「……実験を手伝っていたのは自分の為。自分が強くなれば負けることはないからな。
負けたくない相手に負けることを考えるのは、正直屈辱的だ」
『そいつは俺のか?』
「(少し待ってろ)……意思なんてものは生きているだけで勝手に形付けられるものだ。それに存在の有無は関係ない。
心にどんな光が宿っているか……。前に読んだらのべ? とか呼ばれる古代語の書物に記載されてあった」
「……」
「マスター・『リブラ』。あなたにも、その光があるのではありませんか?
あなたが僕を依り代として復活させようとしている母、オヒュカス様のように」
「!?」
自身の名前、そしてすべての十二星宮の母であるオヒュカスの名前を呼ばれ、大きく目を見開いた。だがソラはそれに気付かず、瓦礫中に埋もれていた白いモコモコ発見した。
「コットン……マスター・『アリエス』!? アリエス様! 大丈夫ですか!」
「……はい。大丈夫です」
「よかった〜……。怪我でもあったら、レオナが心配しますよ」
「……あなたはどうなのですか?」
「え? それは当然心配しますよ」
「……嬉しいことを言ってくれますね」
ソラはアリエスのその言葉に少しだけ罪悪感を覚えた。心の底ではソラはアリエスに対して思うことはない。だが同時に敵という意識もない。少しだけ親切にしてもらっただけで、それ以上でもそれ以下でも無い。
ただこの施設で一番親しいレオナが尊敬している人で、少しだけでも親切にしてもらった人だ。それ故に罪悪感も持っていた。
「(こういったところは……無感情の方が、苦しく無いのだろうか……)……この部屋を出ます。立てますか?」
「はい……。毛皮のお陰であまり瓦礫に巻き込まれなかったので……」
「肩を貸します。マスター・リブラ。あなたは動けますか?
動けないのであれば、少し無理矢理にですが、体を起こし、肩を貸しますが」
「大丈夫だ。問題ない。神である私を侮るな」
「そうですか……あとで治療しますので、無理はしないでください」
「ならば治療法が不要だ」
「はい?」
「私達は死に直結する傷でなければ数分で体を癒すことができます」
「なにそれズル」
ソラは思わずその回復力に正直な感想を述べた。
その回復力を是非とも自分にも分けて欲しいと心から思った、
*
二人を医務室に運ぶと、レオナが泣きながら部屋に突撃してきた。
向かったのはアリエス様がいる方。マスター・リブラの方には視線すら向けなかった。
レオナがアリエスに泣きながら体を抱きしめる。アリエスはそんなレオナの頭を撫でて慰める。
対してマスター・リブラの方には十二星宮の面々が来た。
と言っても、そこにはアリエスを除き、四つの星が欠けているが……。
それでもここにはちゃんと残りの十二星宮の十人が集まっていた。
しかし、集まったのはいいものの、その言葉は、
「死んでなかったか」
「さすが知識だけの男」
「「ささっさとくたばれよ」」
ものの見事にけなすような言葉しか投げかけられなかった。
(こいつら……こんなに仲悪いの?)
静かに聞いていた僕は、その言葉以外思い浮かばなかった。
中でもひどかったのが、『スコーピオン』という男で……
「まったく……。貴様のような出来損ないのゴミどもと、そしてモルモットと醜女ごときがギャンギャン喚いたんじゃねえ」
といい、この場を去っていった。
正直怒りが湧き上がってきた。
スコーピオンというのは以前から自分が一番優れていると威張り散らし、ずっと同胞である他の十二星宮の者達のことや僕、そしてレオナを当然のように貶してくる。
僕のことは別に構わないと思った。事実その通りだし……。
でもレオナやお前の同胞である彼らのことを貶すことは違うだろう!
お前の同胞は、お前以上にオヒュカス様ってのを復活させようと頑張ってるのに、お前はただ威張り散らしているだけだろうが!
それにレオナのどこが醜女だ!? 任務とかで日が昇っている時間で空いているときが出来て軽く町を見て回ったけど、レオナの容姿は大勢の男が群がるぐらいの美人顔だぞ!
当時は知らなかったけど、僕を助けてくれたコレットといい勝負ができるほどの美人顔だぞ!
と、文句を言ってやりたかったのだが……。
あの野郎は早々と部屋を出て行ったので文句を言う暇すらなかった。
そんな部屋に取り残された僕……。
部屋には、泣く少女、慰める女性、ボロボロの男、その男に死ぬことを強要する連中……。
正直、雰囲気の中にはとても居づらかった。
そこで部屋を出る口実の為、マスター・リブラに報告した。
「……マスター・リブラ」
「あ、ああ、どうした?」
「救出を優先した為、報告が遅れました。先に謝罪しておきます、申し訳ございませんでした。
先程の実験後、お二人を救出しようとした際、空に駆ける何者かの姿がありました。
これから追跡をしようと思いますが、よろしいですか?」
「それは本当か?
ならば、すぐに追跡せよ」
「はっ」
僕はこうして部屋を出た。
二人を救出する以外のことはソルガと立てた計画通りに正式な任務として外へ向かう。誰も不審がられることなくーーー
もう一人の僕を逃す作戦だ。
次回は9月29日に投稿します。




