お前にできること
「《ウォール・クッション》!」
炎の風が襲いかかる中、ソラはとっさに綿の壁を作り出した。
綿の壁は炎の風に触れると一瞬のうちに全てが燃え上がったが、その数秒でクロスフォードが炎の風が触れない時間を稼ぐには充分だった。
だが、ソラはその炎を回避することが出来ず、風に触れた右脚は激しく燃え上がった。
「ッ!!!」
悲鳴をあげそうになった。
痛くて、熱くて、今すぐ地面の上を燃え上がる右脚を抑えてのたうちまわりたい……。
ソラはそう思いながらも、必死にそれを堪えた。
目の前にクロスフォードがいるから……という理由もあった。
だがそれ以上に自ら行った行為に、そして、それに答えたものに失礼だと思ったからだ。
(炎払え! 身を守るために、これ以上体を燃やさないために、この炎を取り除け!)
一番最初に思い浮かんだのが、自分自身の脚を切り落とすという方法だ。そうすれば、これ以上炎が自らを侵食することはない。
しかし、この後に控える一戦のことを考えれば、ここで脚を切り落とすことは得策じゃない! 今のでさえ回避が遅れたんだ。これ以上速度を落とせば、あいつに触れる前に全身が灰になってしまう。それじゃあダメだ!
ならばどうする? どうする!?
『忘れたか? 魔法が使えず、心の力しか使えないお前ができるのは、せいぜい魔力操作ぐらいだ』
そんな呟いが聞こえたような気がした。
*
「まりょくそうさ?」
『そうだ。お前常に、そして無意識に、それを行ってきた。それが透過の正体だ』
マスターに言われ、戻り、透過が出来なくなったことを連絡して数日が経ったある日、ソルガ何気なく目を覚まし、そんなことを語り出した。
ソルガは基本、寝ているか、馬鹿にしてくるか、無知な僕に魔法について教えてくれるか。この三つを中心に行動している。
中でもソルガは眠っている時間がほとんどで、語りかけてもいつも返事がない。
一度だけ、その理由を聞いたことがあった。
『お前はまだ、俺の力の扱えていない。出来ることと言えば、力を切り分けたり、他の力に混ぜ合わせることだけだ。
それですら力の一部しか扱えない。俺の力を使うことができない奴のために、俺の力を与えてやる意味はない』
そう言って、また眠りに入っていった。
今の僕でさえ、その言葉の意味はわからない。
でも、ソルガが教えてくれる言葉はマスターよりもわかりやすくて、口が悪くて、意識だけのはずなのに、叩いてくる前足や尻尾がすごく痛かった。
『今のお前に出来るのは魔力操作だけだ。それを別の性質に変化させようと思うな。魔力をただ身に任せるのではなく、形ある剣と、鎧と思え。
全てが身を守る盾であり、剣だ。時には一つに集め、強力な槍となることもあれば、力を底上げし攻撃を弾く強靭な鎧となることもある。
そして、侵食してくる炎や毒は身に纏っている魔力を捨てることで、体内にある毒や体に付いている炎や氷を切り離し身を守ることができる』
*
「ッ!」
ソラはソルガとの特訓の時に教えられた方法を試した。
まずは『牛』で体全体を包み込む。
その後包み込んだ魔力量を燃えている右脚に少しだけ多く割り当てる。
そして右脚を強く蹴り抜きながら、自分と繋がっている魔力を切り離し、払い飛ばした。
払い飛ばした魔力は遠くの方に落ち、落ちた場所でメラメラと燃えてていた。
脚はズボンは燃え、真っ赤になり、火傷となりつつも、しっかりと炎がなくなり、魔力とともに炎の分離に成功した。
(脚は動く。力を込めれる。ーーー戦える!)
ソラは地面を強く蹴って、先程までいた場所に立ち、真っ直ぐにフロアを見つめた。
見つめる先には今もなお炎を纏った翼を広げ、その緑色の瞳が小さきに人間を見下ろしながらそのものーーーフェニクスはその嘴を開き、語りかけてきた。
『あなたですか? 私の聖域に害をなすものは』
「あんたの聖域には興味はない。用があるのはあんただけだ」
『……それだけのために、聖域を汚した……と?
片腹痛いものですね』
「言ってろ。お前らはマスター達の感覚によく似ているからな。
あいつらを倒すためには同じ感覚のあんたらを超えるしかないんだ」
『……。あいつら?』
「話を聞きたいところだが、今の僕がどれほどのものなのか……この一撃で測る!」
再び体に『牛』纏わせると地面を蹴ってフェニクスに向かって襲いかかった。
フェニクス自身の炎を激しく燃やし、炎の塊となったものをソラに向けて放った。
ソラはその炎を一切避けることはせず真正面から立ち向かった。
炎を殴り、蹴り、その炎の塊を砕き、蹴り出した。
しかしその炎の密度は凄まじく、殴り蹴りを入れた手足が発火し、燃え上がる。
しかし、今のソラは最初から魔力で体を包み込んでいる。熱さはあるにしても大きなダメージは与えられない。
さらに、炎を殴り、蹴り飛ばしながら進むソラは身体に回転を加えることで、拳や蹴りを入れたと同時に発火する炎がまた体に侵食する前に少量の魔力で炎を他へ飛ばし、侵食を防いでいた。
だがそれをしているということの意味はフェニクスやソラには分かっていた。これ以上の長期戦はできないということに。
魔力を切り離す。それは自分から魔力を捨て、消費を早くしているのと同じ意味。それが分かっているからこそ、ソラはこの方法しかないと悟った。
通常な状態や《ウォール・クッション》を使えば、フェニクスの熱量に一瞬だけ灰になってしまう。故に単純な肉体強化である『牛』を使用していることが最も効果的であり、同時に唯一の突破手段だと思った。
炎で体が燃えるよりも早く炎を取り除けるから。体をこれ以上負傷すれば、まともに動くことができなくなると分かっていたからだ。
そんなソラの捨て身の攻撃にフェニクスは理解し、そして受けて立つことにした。
フェニクスは自身の体を完全な炎となり、その炎がフロアの天井ぎりぎりまで舞い上がり、ソラに向けて一気に急降下し始めた。
体全体を使ったフェニクスの攻撃を目の当たりにして、
(無理だ……この攻撃には、今の僕じゃ、絶対に届かない……)
ソラはすぐにそう理解した。
この一撃は、白虎の谷でソルガから受けたあの咆哮に近いものを感じた。しかも、その時のソルガ以上の、自分の存在そのものぶつけようとする全力の一撃。それを受け止めるだけの力をソラは持っていなかった。
しかし、ソラはそれでも諦めず思考を回した。何か、何か突破する手段を……。
そう思考を巡らすソラだったが、フェニクスはもはや目前にまで到達していた。
フェニクスの嘴がソラの体を貫こうとしたその時でさえ、ソラは諦めなかった。
(勝つ! 勝つんだ! 勝ってならず、あの子の元へ、帰るだ!!!)
頭をよぎる金色の髪の少女。笑顔でそばにいてくれた。必ず戻るって、誓った僕にとって、とても大切なーーー。
「約束なんだぁぁぁあ!!!」
そう言って手を伸ばした瞬間、2人の正面に小さな光が現れ、その光の中から、青色のリンゴが現れた。
フェニクスはそのリンゴが現れた時、目を大きく見開いたが、ソラはそれにだけをじっと見つめていた。
リンゴを見つめるソラにはそのリンゴが語っているように思えた。まるで、自分を手にしろと、使えと言ってるかのように……。
ソラは目の前にあるリンゴをしっかりと掴んだ。
フェニクスの攻撃によって、ソラの体を炎の中に包まれた。
全てを焼き尽くそうとする強大な炎。
そんな炎をーーー
ズバッ!
ソラは見事両断した。
炎の中から現れたソラの手には先程手にした青色のリンゴではなく……時計の分針のような透明なものを手に持ち、まるで剣を振るった後のような姿をして炎中から現れたのだった。
次回は8月29日に投稿します。




