炎の鳥
「……これはちょっと予想外でした……」
フロア一面が湧き上がる水で埋め尽くされている不死の泉の現状を見て、そう呟くソラ。
内心では凄まじく呆れていた。
「クロスフォード様。あなたの国はもう少し建物の構造を見直した方が良いのでは?
一フロア丸々浸水してますよ?」
「これでも何度も改良を繰り返しているのだがな……」
「……これで?」
クロスフォードの言葉を聞き、フロア全体が水に沈んでいるこの現状にもはや疑問にしか浮かばないソラ。
しかし、そんなことをいくら言っても現状は変わらない。そう判断したソラは、とにかく目的である泉の主、フェニクスに会うことだ。
ソラは中央にあるであろう泉に向けて前へ進んだ。
「あ、ここから先に床はないぞ」
ドボーンッ!
「先に言ってくれませんかね!」
「いやすまない。我々にとっては常識だったものでな」
ソラは足を踏み込んだ瞬間、一気に水の中に飲み込まれていった。しかし湧き上がる水の底には到達しなかったのか、すぐに水から上がり、ずぶ濡れになりながらクロスフォードを睨みつける。
クロスフォードも完全にこの先に道がないということを忘れていたため、急いで上がってきたソラに申し訳なさそうな顔を浮かべていた。
そんな表情を見たソラはクロスフォードに怒るに怒れない状況に陥り、怒りの拠り所を失った。
「〜〜〜ッ。………。言い忘れたことがあったら、次は早めに申してください……」
「うむ、そうだな。次から気をつけよう」
「ならいいです。……聞きたいのですが、不死の泉はこのフロアの中央に?」
「ああ。それは間違いない」
「そうですか……なら、ちょうどいい」
そう言ったソラはその場に膝を立てながら股の間に片手をついて、思いっきり飛び上がろうとする態勢を取った。
「『擬似心獣』展開。タイプ『牛』。身体能力向上・重力操作・体にかかる負荷を軽減」
ソラのつぶやきに答えるかのように身体に二足歩行でソラの身体に重なるように牛の形をした魔力がソラを包み込んだ。
クロスフォードはソラのそれによく似た力を知っていた。
魔法を志すものならば、誰もが目指す魔導の究極、『魔装』。ソラが行なっていたのはまさに現代の魔法を使用するもの達が未だに完成に至らない『偽・魔装』という力にとてもよく似ていた。
しかし、ソラのその力はそんな彼らが使用する『偽・魔装』よりも完成度が高い……いや、もはや『偽・魔装』というこの魔法は、ソラが行った偽・魔装こそが、完成形と言えるものだろう。
クロスフォードはそのだけでソラが『相当な実力者』と判断していた自分の考えを改めた。
『判断を誤れば、自らの首を跳ねることになる』
クロスフォードはこれからどんな行動をとるのかわからないソラの一挙手一投足をしっかりと観察する。
そんなことを知らないソラは自らか脚に力を込める。
地面にある床がソラの強い踏み込めでひびが走る。
ソラはタイミングを見計らってダンッ! と地面を強く蹴って、強い風圧とともに天高く飛び上がった。
そしてフロアの中央にあたりの天井に身体をくるりと身体を捻らせ、脚を天井につける。
「『牛』。その力を右足に集中。重力操作、加重倍加!」
ソラが天井を蹴って泉に向けて落下を開始すると、先程呟いた指令が伝わり、重力から強い負荷がかかり、落下速度が上昇し、右足に牛の形をした魔力が一点に集まって行き、右足を包み込んだ魔力が牛の頭の形を成した。
(これだけの力なら、水に邪魔されることなく泉にたどり着ける!)
重力が加算された落下とさらに高密度の魔力込めた右足。ソラはその力で沈んでいる不死の泉に到達しようと判断した。
湧き上がる水の表面に魔力を密集させた牛の頭部の形をしている魔力の右足。それを重力になったまま、水面に蹴り込んだ。
巨大な水しぶきをあげる中、ソラ水面に蹴り込んだ右足は、その魔力に触れ、水面にあった湧き水は触れた途端その密度さに触れた部分から蒸発し始める。
そして水をかき分け、蒸発させながら真っ直ぐに泉に向かって突き進む。
やがてその勢いが少しずつ弱まり始める。だが自分が予測していたよりも推進が浅かったのか、すぐに泉の本体に到達した。
ソラはその勢いのまま、泉に本体に蹴りを入れた。
バッチチチチィッ!
だが泉本体に蹴りを入れた瞬間、それを守るように結界が現れ、その攻撃を防がれた。
しかし、ソラはこの程度のことは予想……してたよりも弱々しいが、守るための結界があることは予想していた。
ソルガと出会う前でさえ、空間を操作する結界が張られてあったのだ。この程度のことは容易に想像できる。ただ想像よりもその結界が弱々しかっただけだ。
と言っても、その結界は現状のソラの力ではどうすることもできないほど強力でその結界を破ることには至らなかった。
だが目的は果たした。
ソラは結界を強く蹴って距離を取る。そして重力の操作で、かき分けた水に飲まれないように身体を浮かせて再び天井に張り付いた。
かき分けていた水が一気に流れ込み、自らが蹴り開いた泉への道が塞がっていく。
そんな中、ソラが見つめる泉の先で小さな明かりが灯される。
明かりは次第に大きくなり始め、湧き水を沸騰させながらその大きさを拡大させていった。
「ッ! やべえ!」
ソラはそれがなんなのか理解し、すぐに脚をつけている天井から離れる。そしてクロスフォードがいるフロアの中間地点。階段の一番上に着地した。
「……? どうしたんですか? そんなにずぶ濡れになって……。その歳で水遊びですか?」
「……」
階段の一番上段に着地したソラはいつのまにかずぶ濡れとなっている隣のクロスフォードの姿を見て首を傾げた。
突然クロスフォードのようにご高齢となれば水遊びなどはしない。
ではなぜずぶ濡れとなっているのか。
その原因は当然ソラである。
ソラが蹴りによって舞い上がった水しぶきが自分に降りかかり、ずぶ濡れとなったのだ。
だがソラはそんな簡単なことに本気にで気づいておらず、本当に水遊びをしたのではと思い込んでいた。
クロスフォードは本当に原因がわかっていないソラに対して、「……なんでもない」と言い、ソラも「そうですか」と言い、会話を終わらせ、泉の方へと振り返る。
泉の方へと振り返ると泉の中にあった小さな明かりはこのフロアにある湧き水の中を照らし、湧き水から白い煙が上がり始めていた。
「……来るか」
「ぽいね。危険ですので、クロスフォード様はお下がりください」
「私にはお主をここへ連れてきた責任がある。最後まで、見届けさせてもらうぞ」
「律儀ですね……来ます!」
泉のあるフロアが強力な熱を発し始めた瞬間、フロアを覆い尽くしていた湧き水の全てが一瞬にして蒸発し、巨大な炎がフロアの中央から浮かび上がった。
炎は次第にある形へと変化を始める。
炎を纏った一対の翼。炎が形となった長い嘴。そして美しく魅了する焔の尾羽。そしてソラ達を見つめる緑眼の瞳。
見るも美しい炎の鳥へと姿を変えた。
「……こいつが……『フェニクス』……」
『キュイィィィィイイイッ!!!』
咆哮とともに翼を広げる。
そして翼を広げたことにより、その翼から発せられた炎の風がソラに、そしてクロスフォードに襲いかかった。
次回は8月22日に投稿します




