始まりの過去4
翌日。
コレットは元気よく目を覚まし、クッキーがなくなっていることに気がつき、嬉しそうな表情を浮かべた。
そばにいたはずのコレットの母親はクッキーを食べあげると早々に眠りに入ったため、眠っていたデルタはその場から一歩も動けず、そのまま朝を迎えることとなった。
そしてその日も、コレットは夜になるまでずっとデルタに話しかけ続け、デルタもコレットの言葉に少しずつ耳を傾け始めていた。
「でも、どうして最初はクッキーを食べてくれなかったの?」
「……以前手料理を食べた時、その味が理解を超え、震えが止まらなくなるほどの奇妙な寒気、強烈な吐き気、そして激しい痛腹を起こし、そのまま意識を失う手料理を食べたからです」
「………」
デルタの言葉にコレットは何も言葉にすることが出来ず、同情の眼差しを送ることしか出来なかった……。
その後食事の時間になり、夕食はともかくとして、昼食は共にすることとなった。
「はい、あ〜ん!」
「………」
「あ〜ん……。………しょんぼり」
「………ハム」
まだまだ身体がうまく動かすことが出来ないデルタの為にコレットはスプーンを持ってご飯を食べさせようとする。
デルタはその姿をなぜそんなことをしているのか疑問に思いながら見つめていると、悲しそうにしょんぼりとした表情を浮かべ、その表情を見ていられなくり、食べさせようとするスプーンに食らいついた。
スプーンの上にあったご飯が無くなると、コレットはパァッ〜!ッと悲しそうな表情から明るい表情に戻り、再びご飯をすくって食べさせようとする。そのため、デルタも同じようにご飯を食べた。まともな会話が無い昼食の間、ずっとそれが繰り返されていた。
そして昼食が終わり、コレットはまた語りかけ、デルタはそれを片耳に天気のいい空を見上げた。
それが繰り返され、すっかりと夜なった。
コレットはまだ話し足りなさそうな表情を浮かべていたが、早く元気になってほしいということ理由で、また明日と自身の部屋へと戻っていった。
静まり返る部屋……。
半分話を聞いていたデルタだったが、コレットがずっと話しかけられ続けていたため、急に静かになった部屋にもの寂しさを感じていた。
「………つまらないなぁ………」
そんな言葉を呟き、何気なく空に興味を持ち始めてからしていなかった自身への両腕両脚がなぜ再生したのかについての検討を始める。
しかし、始め見たもののすぐにやる気が失せ、ベットに横になりながら夜空を見上げた。
空には昨日のように小さな星がキラキラと輝いていた……。
「綺麗なものだなぁ……。………感情?」
ふと、夜空が綺麗だと思ったことが、自分自身への感性なのでは無いかと思ったデルタは、自分を作り出したあの男の事を思い出した。
『貴様の心獣は、我らが王と同質力を持っていたため、その力を王に取り込ませてもらった』
(心獣……。レオナは確か、強い人間の心が形となった神話や逸話の中に存在する獣って言ってた……。
あの男は俺の中にあった心獣は王に取り込んだと言っていたが……そのことが今の俺に関係しているのか?)
『その通り。さすがは俺の力を宿すことが出来ただけのことはある』
「!?」
デルタは聞き覚えのあるその声に大きく目を見開き警戒しようとするが、身体が光りの球体が現れ、目の前に獣の形となって着地した。
その姿は見覚えるのあるシマシマの獣の姿……ではなく、首を大量の毛で覆った真っ白な獣だった。
『今回はお前と話をしやすいように本来の姿ではなく、新たに身体を組み替えた姿で現れてみたんだが、どうだ? かっこいいだろう?』
「………」
『おいおい、何か話してみたらどうだ?
せっかく俺が、お前の命を救ってやったり、感情になってやっているっていうのに』
「!? それはどういう意味だ?」
『その前に、俺の姿を見てどう思う?』
「そんな動物は知らん」
『知らないのか? 少々以外……いや、空も知らない奴が動物なんて知るわけないか……。
この姿はライオンと言ってな、年頃の男にはそれなりに人気があるんだ』
「そんなことはどうでもいい。命を救ったとはどういう意味だ」
『言葉通りだ。お前の腕や脚を元に戻してやったのは俺だということだ』
獣の言葉にデルタは耳を疑う。なぜなら人間の身体の再生だ。そんなこと普通ありえない。しかし、目の前の獣は自分が治したと言った……。
「……どうやって」
『まずはお前の俺の魔力を宿らせる。俺達のような魔核で生きているもの達は、破壊されずに生きている状態の魔核を人間が取り込んだ場合、その魔核で生きている魔物や魔族がその者の心獣となる。
お前の心獣となった俺は、自身の光の一部をお前の手足として固定した。本物の両腕両脚として作り上げた。
だがそれだけでは人間は容易く死んでしまうからな。手足を完全にくっつける必要がある。
そこで、お前が俺の場所にたどり着くためのヒントとして置いてあった泉の効力を改変した。怪我をしている者の傷を塞ぎ、自己再生力を上昇させるようにな。
こうしてお前の身体は見事再生を果たしたというわけだ。
この俺にとっては、その程度朝飯前だったがな』
デルタは獣の話を聞いて、偽りではないかと疑いましたが、獣は全く嘘をついているようには思えなかった。
『消滅や破壊は同時に再生をもたらす。俺の光は破壊する力とともに新たな形となす力を持っている。その為、人間の腕の一本や二本、再生させることは容易い』
「そう……なのか?」
『ああ……。しかし、侵入者撃退用として作ってた水の中で光が乱反射する事で侵入者の身体を破壊し、消滅させる為に置いてあった泉が、傷を破壊し、再生能力をもたらす泉となったまま、放置してした。
なかなかのミスをした者だ。まあ、誰もあの泉を使うものなんぞいないだろう』
そう高を括る獣。
しかし、のちの未来で奈落に住む者やソラ達がその泉のそばで暮らすようになるのだが……それはまた未来のお話である……。
「つまり……お前は俺の恩人というわけか?」
『その通りだ。敬うがいい』
正直に嘘なのではないかと疑ってみるものの、あれだけの光の力を使えるのだ。何が起こっても不思議に思わなかった。
デルタはそんなことを思いながらコレットがこの場所に置いていったビスケットをつまみ始める。
『さらに、魔核を身体に宿すということは、お前の身体に心を宿すということだ』
「? ……心を、宿す?」
『心獣を奪われたものは心失うが、新たに心獣を心に宿すと、感情が元に戻る。
知らなかったか?』
「ああ。……知らなかった」
デルタはビスケットを食べながら純粋な感想を述べる。少し淡白な返事だったが、無表情ながらも純粋に驚いていた。
『そうか。いい勉強になったな。………』
「もぐもぐもぐもぐ……」
『……おい。昨日から気になっていたんだ。俺にもあの女の食い物をよこしな』
「え? 食べたかったの?」
『興味があっというだけだ。お前が随分、美味しそうに食べるものだったからな』
「そっか……ごめん。全部食べちゃった」
デルタがビスケットがあった皿を見せるとものの見事に空っぽとなっていた。
『………ふ、フハハ! フハハハハ!
お前はあの女には弱いのだな。まさか律儀に全部食べあげるとは……』
獣は楽しそうに笑い出した。デルタはそのことが少し恥ずかしくなって、そっぽを向いた。
『クフフ……。お前は本当に面白い。こんなに笑ったのは何年振りだろうな……。
……おい貴様。この俺を楽しませてやった礼だ。
お前には特別に、この俺に新たな名前を名付ける権利を与えてやろう』
この言葉が、今後の未来、長い時間を過ごす二人のスタートラインであった。
次回は7月21日に投稿させていただきます。




