始まりの過去3
「ねえ! あなたの名前は何っていうの?」
「……」
「もう〜……。またなにもしゃべってくれないの?」
「………」
デルタが彼女に発見され、治療ということでこの場所に運ばれて早三日……。
彼女はデルタの隣で毎日話しかけにきていた。
デルタは自分の腕や足が消滅し、死にかけていたにも関わらず、どうしてこうして生きているのかを思考を巡らせているたびに彼女の話し声が聞こえてきて困惑していたが、二日が経過した今ではそのことも気にせず、思考を巡らせていた。
(人間の腕部の再生……構造上不可。同様に脚の再生も不可能。
なぜ奈落ではなく木のそばに倒れていたのか……自らの身体がそのように動いた? 腕、そして脚が消滅し、流れ出していた血液の量からしてそれは不可能。
それ以前に、致死量の出血により、生命維持が不可能……)
いくら考えても答えが出てこない疑問についに力尽きたデルタは、何気無くベットの近くにある窓を見つめた。
外ではこの場所の兵であろう人達が警備を行なったり、走り込みの訓練を行ったりしていた。
デルタが連れて来られた場所は間違いなくこの国で一番であろう城であった。しかし、血だらけで倒れており、さらにはまともに身体を動かすことが出来なかったこともあり、国を詳しく確認することが出来なかった。
その為、思考の休憩のついでに外を眺め、情報を得ようとしたのだが……そもそも兵達の身に付けている鎧が何処の国のものなのかわからなかったので、結局情報を得ることが出来なかった。
デルタは自分に呆れながら静かに上を見た。
そこでデルタが見たものは見たことがない水色と白い綿と、そしてあの獣とは違う優しい光だった。
「………」
デルタは初めて見るそれになぜか目を離せなかった。
「? お空に何かあるの?」
「……! ……おそら?」
「! うん! お空!
お空はね、どこまでも、ず〜〜〜っとどこまでも続いていて、夜になるととっっっても綺麗な星がキラキラ輝いているの!」
「………」
デルタがやってきて、初めて自分の言葉に反応したことに喜ぶコレットは自分が知る空について説明をした。デルタは言葉を返すことはしなかったが、コレットの言葉に必死に耳を傾けていた。
そんな二人の姿をたまたま立ち寄ったコレットの父であるアッシュが見守っていた。
「お空はね、たまに悲しくなって涙を流したりするの、それが雨で、すっごく寒い涙を雪って言うのって、お母様が言っていたの!」
「……なら、あれとあれは?」
「あれは雲さん。そしてあれは、太陽さん!
雲さんはすっごく柔らかくて、太陽さんはみんなを明るく照らしてくれるんだよ」
「……太陽さんは、誰も消滅させたりしないんだな……」
「うん? どういう意味?」
「………優しい光ってこと」
「……」
デルタはじっと太陽を見つめ、その優しい光を浴びながら、話しかけてくるコレットに優しく微笑んだ。
コレットはその姿を見て驚いた表情を浮かべたが、それ以上にデルタの方が驚いていた。
(!? 今……なにをした!?)
自分自身の口元を押さえ、なにがあったのかを必死に確認する。
(今……俺は……間違いなく笑った……。笑った? なぜ? どうしてあんなお飾りをものを……どうして……)
なぜ自分が笑ったのか。その理由がなんのか。それはわからない。
自分でも感じたことのない感情。
デルタは初めて感じるそれに、頭を悩ませるのであった。
そんなこともつゆ知らず、コレットは嬉しそうに語りかけてくる。
「うん……うん! 太陽さんはね、とっても優しく照らしてくれるんだよ!」
「………」
「それに、太陽さんだけじゃない。もっとたくさん、いろんな世界がいっぱいあるの!
だから、もっといろんなお話をしましょう! いっぱいいっぱい、楽しいお話を!」
「………」
「……ダメ、かな」
「……いいえ。その提案、了承しました」
コレットは不安そうにそう尋ねる。デルタはその提案に断る理由はなく、空のようにもっと知らないものに興味あった為、コレットの言葉に頷いたものの、自分の事がわからなくなり始めたデルタはその言葉を冷たく返してしまった。
「やった! 嬉しい!
あ、そうだ。これ、私が作ったクッキー。食べてみて」
「………」
喜ぶコレット。そして思い出したかのように、コレットは自身で作ったお手製のクッキーを取り出し、デルタに差し出してくる。
デルタは彼女が取り出したクッキーを見て、頭の中でレオナが作ったお手製の料理を思い出す。奇妙な寒気、強烈な吐き気、痛み訴え始めるお腹……。
デルタの顔は真っ青になり、腹痛を訴え始めた。
突然お腹を抑え始めたデルタにコレットは焦って、オロオロとするが、デルタはあまりにも強いトラウマにより、思考を切って、無理矢理気絶するという荒業を作り出し、そのまま意識を手放すのであった……。
*
その晩。デルタは目を覚ました。
真っ暗な夜空をまん丸な月と満天な星空を目を覚ましたデルタは不思議そうに見上げていた。
それ以前に、目を覚ました時からデルタの手を握って眠っている女の子のことを考えることを起こさないように静かにしていようと考えた末に、興味のあった空を見上げることにしたのだ。
そんな中、静かに扉を開き、入ってくる人物がいた。
「あら。目を覚ましたのね」
その人物はおっとりとした女性で、コレットと同じようにドレスを身に纏っていた。デルタはその人物が今目の前で眠っている女の子の母親であると理解し、礼儀として頭を下げた。
「こんばんは。娘は眠っているのね……」
「………」
「そんな警戒しないで。ただ一つ聞きたいことがあっただけだから……」
「は、はぁ……」
女性はそう言って、近くにハンカチで埃が付かなようにしていた皿を手に取って、もう一つあったイスに腰掛ける。
「私があなたに聞きたいことは……だった一つです」
「……」
二人の間に妙空気が流れ始める。そしてようやく、女性は口を開いた。
「……クッキー、嫌いかしら?」
「………はい?」
女性が尋ねてきた言葉にデルタは困惑した表情を浮かべる。
どういうこと意味だ?
疑問に思っていると、皿の上に被せてあったハンカチを取り、昼間コレットが取り出したクッキーをデルタに見せてきた。
「このクッキーね、この子が作ったの。最初は真っ黒にして、失敗ばかりだったけど、今では私やあの人、そして料理長やこの城で働いてくれている人みんなが美味しいって言ってくれるほど、美味しいのを作り上げたの」
「はぁ……」
「そしてね、そんなこの子の姿がたまらなく可愛らしいのよ〜」
「……」
デルタは初めて会う『親バカ』と呼ばれるの存在に困惑する。
一通りの娘自慢が終わると、女性は皿の上にあるクッキーに手を伸ばす。
それに気付いたデルタは痛む腕を必死に動かして、止めに入るが、それよりも先に女性はクッキーを食べた。
クッキーを口に含むと、美味しそうな表情を浮かべる女性。デルタはレオナの時のことを思い出し、不安そうな表情を浮かべながら気絶しないかを疑いながら見守る。
しかし、いくら時間過ぎようと、女性が意識を失うことはなく、さらに新たなクッキーを食そうと、再び手を伸ばす。
そしてデルタの視線に気づいた女性は皿を差し出し、クッキーを食べさせようとする。
デルタは不安ながら皿の上に置かれたクッキーを一つつまむと、嫌そうな表情を浮かべつつも、意を決して口に含み、食べた。
「…………。おいしい……」
その言葉を聞いた女性はもう一度皿を差し出す。デルタはもう一度クッキー食べる。そして先程と同じようにクッキーがおいしいと感じた。
その後、二人の間にはまったく会話が無かったが、皿の上に置かれたクッキーを本当に美味しそうに食べる二人の姿があるのであった。
次回は7月11日(木)に投稿させていただきます。




